【短編・一話完結】染谷くんの日常

東雲 晴加

一皿目 アップルパイ


『ダイー、俺今日一限から入ってるから鍵ポストに入れといたぞー』


 朝まで我が家に滞在していたはずの悪友からの着信で染谷そめや だいは目が覚めた。

起きたなら声をかけてくれればよかったのに、と寝起きの頭で文句をいうと悪友は『声かけたけど起きなかったのはお前じゃん』と返ってきた。


 今日は大学もバイトもシフトが入っていないし、昨日の夜は酎ハイ片手に悪友とネット動画を見ながら午前様。気がつけば現在八時二十分。完全に怠惰な休日の過ごし方だ。


 梅雨入りした六月の空は朝なのにくすんだ灰色で。雨はまだ降っていないがこれは時間の問題だろう。空気が水分を含んでいる。

適当につけたテレビのお天気リポーターが「関東地方の空は晴れ、カラッとした陽気になるでしょう」とにこやかに言っているのが妙に腹立たしい。


 こちらの地方ではそのカラッとした空気が年に何回感じられると思っているんだ。関東の物差しで天気を語るんじゃねぇ。


 なんの罪もないお天気リポーターに八つ当たりしてエアコンのスイッチを付けた。





「うぉ……」

 ちょっと遅めの朝食を、と思って冷蔵庫を開くが、ろくなものが入っていない。

昨日バイト帰りに買った酎ハイの残り二本と、バイト先のカフェで貰った余りのりんご一個。

空は今にも雨が零れそうな色をしている。とても何か買いに行く気がしない。

ダメ元で冷凍庫を開けると、こちらには冷凍の餃子、冷凍牛丼、食べかけのバニラアイスとだいぶ前に買ったパイシートが一枚。


 ……なんだこのラインナップ。使えない。ちゃんと買い物に行け、自分。


 ため息が出そうになったが、今日は休日。どうせなら休日っぽいことをしてやる、と冷凍のパイシートを取り出した。


 パイシートを常温で解凍している間にりんごの皮をく。「今どき料理の出来ん男はモテんよ!」と小学生の時に一通りの事を母親に叩き込まれた上に、個人経営の小さなカフェでバイトをしていることもあって、大学生男子ながらりんごの皮むきはお手の物だ。

皮を最後まで切らさずに剥ききって種を取る。くし切りに薄くスライスした。


 本来なら変色を防ぐために塩水などに漬けるのだろうが、自分が食べるので割愛。

フライパンに適当にマーガリンを落とし(バターなんて高級なものは家にはない)りんごと砂糖を適当に投入する。しばらくするとキッチンに甘い香りが漂ってきた。

りんごからの水分がじゅわっと出てきてフライパンの中でグツグツと小さな泡ができる。

味見に一欠片食べてみるが少しあっさりとしているか。今日は甘めの気分なのでもう少し砂糖を足そう。


 りんごが透き通ってきたところで火を止める。

 よく煮たほうが旨いとか作り方には色々あるだろうが、今すぐに食べたいのだ。商売で無いのでこれでよし。

いい感じにパイシートが解凍されたので、半分のサイズにカットしフォークで適当に数カ所穴を開ける。りんご煮は粗熱をとったほうがいいのだろうが、もう待てない。

パイシートの上に適当に作ったばかりのりんご煮を乗せてもう一枚のパイシートでふたをする。周りをフォークの先でぐるっと一周押し潰して封をした。


 後はアルミホイルを敷いてトースターにぶち込むだけ。トースターのつまみをぐるりと回すと何故か無駄にワクワクしてきた。


 待っている間にお湯を沸かし、バイト先のコーヒー豆をマグカップの上にセットする。一人分のコーヒーはメーカーで淹れるよりハンドドリップの方が片付けも楽だと最近学んだ。バイト先での練習にもなるし一石二鳥。


 十分程で焼き上がった簡単アップルパイもどきはこんがりと焼けていて、朝の気だるい気持ちなど吹き飛んでしまった。

一人暮らしを始める時に妹と母から貰ったちょっとお洒落? な皿にアップルパイを乗せる。妹いわく、「ちょっとお洒落なお皿くらいないと、彼女が来た時困るよお兄ちゃん!」らしいが、残念ながらこの皿で今まで一緒に食事をしたのは男の友人だけである。


 コーヒーとアップルパイをテーブルに運んだところで、そうだバニラアイスが残っていたんだと思い出して冷蔵庫に戻る。バニラアイスはアップルパイに乗るために残っていたかのような絶妙な量で、ついでに残りのりんご煮も乗せる。


「うぉおお……」


 完璧なアップルパイプレートの完成である。


 口の中で熱々のアップルパイと冷たいバニラアイスの融合を噛み締めながら、「俺、天才じゃね?」と一人で呟く。なんで彼女いないんだろう。コーヒーが美味い。


 さて、せっかくの休日。今から何をして過ごそうかなと思っているとスマホが鳴った。表示はバイト先のマスター。


「もしもし」

『あー、染谷くん? お休みの所ごめんね? 今日授業ないって言ってたよねぇ。十四時から来られないかな?』


バイトの子風邪ひいちゃってさー、とさして悪いとも思っていない口調でお願いされる。


「マスター、俺、昨日までもう四連勤なんすけど」


 しかも今、アップルパイを食べている。もう完全に休日モードに入ってしまった。


『悪いとは思ってるんだよー? でも代わりの子が見つからなくてさぁ。お詫びにまかないカツサンドにするから』

「カツサンド……」


 今、アップルパイを口にしていたのにゴクリと喉が鳴った。……大学生男子の胃は元気だ。いつものまかないのミックスサンドも持って帰ってもいいからと続けて言われて、断ろうと思っていたのに口からは「行きます」と出ていた。


 食器を片付けて服に着替える。バイトは十四時から十八時。四時間で給料をもらえてカツサンドと土産付きはかなりお得だ。


 朝食が遅かったので昼は食べずに出かける。腹にカツサンドの場所を開けておかねば。


 外に出ると案の定もう雨が降り始めていた。エアコンの効いていた室内とは違い、梅雨独特の空気に押される。


(カツサンドと一緒にマスターにコーヒー淹れてもらお)


 図々しくもそんな事を思いながらダイは軽い足取りで歩みを進めた。


 もう、雨は気にならなかった。 


 

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