神様のお告げ? そんなの知りません!

 鏡に映った自分の姿をまじまじと見る。絹のような金髪に透き通った肌。これ、本当に私!? 「まるで、お人形さんみたいだ」と言いたいが、少し違う。なんというか、野暮ったい。



「あの……ここはどこですか?」



 ゴチンと頭を殴られる。いや、当たり前の質問しただけなんですが。



「バカなこと言ってないで、さっさと教会に行くの! あなただけお祈りの時間に遅れたら、我が家の恥よ」



 もうこれ以上、怒られるのはごめんだ。無駄な質問はやめて教会に行こう。いや、行くしか選択肢がなさそうだ。





 家の外に出ると、爽やかな空気に包まれる。なんというすがすがしさ。あたりを見渡すと、広がるのは石造りの壁にかやぶきの屋根。これぞ、私の求めていた田舎そのものだ。



 さて、教会はどこかな。きっと立派に違いない。うん、待てよ? さっきの女性が話していたのはフランス語だ。私も第二言語で履修していたから、生活レベルなら分かる。ということは、ここはフランスということになる。そして、この家の作り。現代ではなさそうだ。まあ、それは置いておこう。今は教会を目指すのみ。





 教会を見つけるのは簡単だった。メインストリート沿いを歩けばよかったから。さて、教会でのお祈りとはどんなものだろうか。私はキリスト教徒ではないので、何をすればいいか分からない。まあ、見よう見まねをするしかない。出たとこ勝負だ。



 ドアを開けると「ジャンヌ、遅い!」と怒鳴られた。「もうすぐ、お祈りが始まる時間なのに、相変わらずだな」と。服装からするに、おそらく神父だろう。どうやら、私、つまりはジャンヌはめんどくさがり屋らしい。ここがいつのフランスかは分からないが、スローライフを送るのに好都合だ。いつも通りに振る舞えばいい。





 さて、どうやらお祈りの時間らしい。祈るって何を? よく分からないけど、まあ成り行きに任せればいい。その時だった。変な声が聞こえたのは。



「ジャンヌ、私の声が聞こえますか?」



 なんか、テレパシーなのか、よく分からないけど、頭に声が響く。なんだこれ。



「あんた、誰?」



 口に出したのがまずかった。その場が静まり返る。「あの、すみません」と、とりあえず謝る。これはさすがに変なやつ認定されたに違いない。



「ジャンヌ、フランスは今までにない危機に陥っています。イングランドとの戦争で。あなたにはフランス軍の士気をあげるカリスマ性があります」



 カリスマ性? めんどくさがり屋の私に?



「ええ、そうです。一言付け加えるのなら、あなたの心の声は私に直接届きます」



 なんと、便利なのだろうか。あ、この心の声もダダ漏れだ。



「さあ、ジャンヌよ。立ち上がるのです。フランスの未来のために!」



 立ち上がる? 未来のために? どういうこと?



「もう少し、分かりやすく言いましょう。イングランドとの戦争に参加して、フランスに明るい未来をもたらすのです。それが、あなたの生まれた意味です。



 ふーん、ジャンヌダルクね。それが私の名前なのね。一つ情報を得た。これはいいことだ。え、ジャンヌダルク!?



「そうです。あなたの名前はジャンヌダルク。フランスを導く者です」



 待て待て。ジャンヌダルクは中世ヨーロッパの偉人だ。確か、百年戦争でフランスに勝利をもたらすも、火あぶりで処刑されたはず。もしかして、私はジャンヌダルクに転生したの!?



「あなたがなぜそれを知っているかは追求しません。ともかく、フランスのために戦うのです」



 これが、ジャンヌダルクが聞いたという「神のお告げ」か。強引である。半分強制的じゃないの。



 戦争に参加すれば、死ぬ未来が見えている。スローライフを送りたいのに、その選択肢はあり得ない。神のお告げは聞かなかったことにしよう。そうしよう。神様、どうかそれでお願いします。



「そうですか……。スローライフが送りたいですか。それなら、いいでしょう。あなたの代わりに別の者でイングランドとの戦争を終結させます」



 これは願ったり叶ったりだ。中世のフランスでスローライフ。スマホがないのは不便だが、それくらいは我慢しよう。すべてはスローライフのために。



「スローライフを望むあなたに、とっておきのプレゼントをあげましょう。今夜、この教会を壊します」



 ふーん。教会の破壊ね。私には関係ないことだ。無視するに限る。



「では、私はこれにて失礼します。二度とあなたの人生に関与しません」





 翌朝、私は外から聞こえてくる怒鳴り声で起こされた。人が気持ちよく寝ているのに、なんて奴らだ。目をこすりながらリビングに行くと、お母さんがなにやらあたふたしている。



「そんなに慌ててどうしたの? 早く朝食にしようよ」



 お母さんは私を睨むとこう言った。



「ジャンヌ、今はそれどころじゃないの! 教会が倒壊したのよ!」



 ああ、それね。私は神様から聞いていたから、別に驚きもしない。



「そんなこと、どうでもいいじゃん」



 お母さんの表情は怒りから呆れた感じに変わった。え、何か変なこと言った? 正論じゃん。



「あなた、正気? 教会が壊れたってことは、私たちのコミュニティの場がなくなったのよ」



 え、教会ってお祈りするだけの建物じゃないの? コミュニティの場というと、現代ならSNSみたいなもの? 少し違うかもしれないけれど。そして、教会が壊れたのなら、予想される事態はただ一つ。この村の雰囲気が険悪になることだ。これが、神様の言っていたか。神様もとんでもないことをしてくれた。もしかして、私のスローライフは早くも終わるの? いや、早すぎない? 神様、助けて! あ、違う。教会を壊したのは、他ならぬ神様だった。もしかして、私は詰んだの……?

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