第32話 アレッサンダルとの夜
「えー!?」
見本市当日。私は思わず、嬉しい悲鳴を上げた。
ブースの前は、人の海が広がっている。
こんなに多くの人々が、私の作った香具を求めているというのか……。
チラリと他の領のブースに目をやる。始まったばかりなので、まだ何とも言えないが、とても閑散としている。
私が作った香水よりも他の領の特産品の方が、遥かに魅力的だと思うのだが……。
なんだか申し訳ない気持ちになってくる。
「ラヴェーナはヴィヒレア全土、いや世界中で大好評ですからね。これ位は当然ですよ!」
見本市を手伝いに来てくれた家臣の方が、力強く私に微笑んだ。
「ラヴェーナはもう十分すぎる人気があるからな。今回の目的は他の香水や、アロマオイルを広めることだ。 どれも種類が豊富で、出来栄えも素晴らしいから、きっと喜ばれる。さあ皆頑張ろう!」
アレッサンダル様は力強く周囲を鼓舞する。領主であるにも関わらず、このような場所に出向いて、商品の宣伝までする情熱と誠実さに、私の胸はとても熱くなる。
「この香水がラヴェーナですか!? ください!」
「このアロマキャンドル、可愛いから、すごく気になるんだけど」
お客さんが次々とやってくる。感慨に浸っている場合ではない。気を引き締めて、接客に専念する。
沢山の人達を接客する中、2人の少女が興奮してブースに駆け寄ってきた。私は笑顔で少女達を迎えた。
「いらっしゃいませ」
「見て! ラヴェーナだよ! やっと見つけた!」
「良かったあ。どこの雑貨屋でも売り切れだったからね」
「ありがとう、ラヴェーナも良いと思うけど、こっちの香水はどう? ベルガモットとミストローズっていうバラをブレンドして作ったの」
少女2人が瓶を手に取り、顔を近づけ匂いを嗅ぐ。
「うわあ! いい香り! これも欲しい!」
「ダメよ。私たちのお小遣いじゃ足りないわ」
「大丈夫よ。これはおまけであげるわ」
「本当!? やったね! ヴィオレ!」
「はしゃぎすぎよ、スカーレット。……こっちのヤツも、おまけでつけてください」
「え、ええ……良いわよ」
かなり、ちゃっかりした娘たちだ。
苦笑いをしながら、彼女たちに商品を手渡した。
「ちょっとラヴェンナ様、勝手におまけなんてあげちゃ……」
「そうね。ごめんなさい」
手伝ってくれている家臣の方から、釘を刺されてしまった。
理由は分からないが強い親近感を感じてしまったので、自分でも気づかないうちに、あの娘達を甘やかしてしまった。
あの2人は目立つ特徴があった。1人は額に角が生えていた。恐らく鬼(オーガ)族だろう。もう1人の女の子の耳は尖っていたのでエルフ、いやそれにしては、耳が短かったので、ハーフエルフなのかも知れない。
私は人間以外の種族と今まで接した事がないが、話しに聞く外見と同じなので、多分そうだろう。
初めて見る種族なのに、どうして親近感を感じたのだろうか。不思議だ。
そんな事を考えていると、別のお客さんに声をかけられた。
「このアロマオイルなんだけど……」
「はい、少々お待ちください」
次のお客さんが、どんどんやってくる。忙しさに追われながらも、私は充実感を抱いていた。こうして見本市は最初から最後まで、大盛況のまま進行していった。
◇
「私の作った物が、とても大盛況で驚きました」
「今日は本当に大変だったろう」
「はい。ですが充実していました」
「何度も言うが、こんな新婚旅行になってしまって申し訳ない。本当ならもっと二人で静かに過ごしたかったが」
「いいえ、アレッサンダル様のお役に立てて嬉しいです」
見本市が終わり、宿に帰った私は、アレッサンダル様と共に過ごしていた。
「ラヴェンナ、君がいてくれて本当に助かっているよ。領地のために尽くしてくれるその姿勢に感謝している」
部屋の片隅に座り、暖炉の火を見つめながら、私たちは静かに話し合った。
「これからも、アレッサンダル様とバルダハール領の為に、全力を尽くします。とは言っても大したことはできないと思いますが」
「そのことなんだが……」
アレッサンダル様が、少し困ったような表情を浮かべながら話しを続ける。
「バルダハール領はもう十分に発展、復興したということで、伯母上は再び僕の移封を考えているようだ。どこの領になるかは、まだ決まっていないんだが……」
「そうなのですね」
やっと見つけた新しい場所を、離れることになるかと思うと、胸が締め付けられるような気持ちになった。
私でさえそうなのだ。私よりも早く領に赴任し、復興に尽力されてきたアレッサンダル様は、私などよりもっと辛いに違いない。
「どこに行くことになっても、私はアレッサンダル様と一緒です。一緒に新しい領地を良くしていきましょう」
私の手を、アレッサンダル様が握りしめた。
「ありがとう、ラヴェンナ。君となら、どんな困難も乗り越えられる気がするよ。ただ、君はそれでいいのかい?」
「え?」
「君は誘拐されて、奴隷としてこちらに連れてこられたんだ。故郷のグリマルディが恋しくはないのかい?」
「私には、もう帰る所がありません。グリマルディのことは忘れました。これからはアレッサンダル様と共に生きていきたいです」
嘘をついた。もう帰る場所がないとはいえ、グリマルディ王国のことは、こちらに来てから片時も忘れたことはない。本当は今すぐにでも帰りたい。だが、それを口に出したところでどうにもならないし、アレッサンダル様と共に生きていきたいという気持ちもまた本当だ。
「そうか……。ありがとう、ラヴェンナ」
アレッサンダル様は私を優しく抱きしめた。その温もりに、私は共に生きる決意を新たにした。
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