第30話 悪役パート:ついに起こる謀反
「おいなんだ! この不味い飯は! なにを食材を使っているんだ!」
「殿下のおっしゃる通りよ! こんな、どぶ臭いものを食べさせるなんて! アンタたち田舎者は舌もおかしいの!?」
食事をコックに投げつけて、激昂するエドワード王子とセリーナ嬢を、文官は冷やかなで眺めていた。
「大変失礼ながら、折からの財政のひっ迫と食糧不足で、食材の調達は厳しく。また先日の異臭騒動で近隣の作物が汚染されてしまったので、これでもこの料理に使われている物はまだ良い方なんです」
料理を作ったコックが、おろおろしながら弁明する。
しかし2人の怒りは収まらない。
「そんなものは遠くから取り寄せればなんとかなるだろ! それを思いつかないくらいお前らは低能なのか!?」
「輸送するお金が用意出来ないなら、借金すれば良いでしょ! 」
「も、申し訳ありません……」
理不尽な罵声を浴びせ続けるコックを、不憫に感じた文官が間に割って入った。
「お言葉ですが我が国の経済は完全に崩壊しており、もう資金を貸してくれる商会はございません」
「クソ、それもこれもお前達臣下が無能だからだ! 事が収まれば責任を追及するから覚悟しておけ! しかしどうすればいいのだ? 食事すら当分は、まともにできないではないか……」
「殿下、情けないですが他国に援助を頼みましょう。今行っている都市開発は近々完了予定です。そうなれば莫大な利益が手に入ります。そのおこぼれにありつくために、我々に媚びへつらいたい国は多いはずです」
「なるほど、流石はセリーナだ! おい、私とセリーナの食事だけで構わん。早速、他国に援助を要請する手配をしろ!」
都市開発……この2人はまだそんな事を言っているのか。ありのままの現状は、しっかりと伝え続けてきたはずなのだが……。文官は再度国内の現状を伝える。
「現在我が国は、国際的信用も完全に失墜しております。手を差し伸べる国は皆無です。それに、完全に各地の工事は、現在全て中断しております。復旧の目途は立っておりません」
「なに!?」
「工事の為の莫大な増税と、補償がない強制的な土地徴収により、治安は大幅に悪化しております。各地では一揆が頻発し、貴族の中にも反乱を起こした者がおります」
「おのれ、この国の人間は民も貴族も皆バカなのか。これも田舎の国で、田舎の愚かな思考に毒されている事が原因だ」
「他国もそうですわ。我が国がヴィヒレアの様な偉大な国になる事を恐れているのです」
「文官! さっさと反逆者共を全員殺してこい! 臣下で異を唱えるものがいれば、その場で処刑しろ!」
文官は大きなため息をついた。どうせ今日で仕えるのを辞めるのだ。何故こんなことになったのかを、馬鹿2人に改めて教えてやることにした。
「こうなった原因は、なんだと思っている?」
「アンタ! 私と殿下になんて口聞いてんのよ! 身分をわきまえなさいよ!」
「この国には、私とセリーナの崇高な計画を理解できない、馬鹿な田舎者しかいないからに決まっているだろう!」
「馬鹿は貴様らだ。国の実態も見ず、無謀な計画ばかり押し進めた結果が、これだ」
「アンタ、どこまで無礼なのよ!」
「我が国とヴィヒレアでは、経済規模も国力も違う。そんな中で多額の予算を投資して、民の生活や国の伝統文化を破壊する計画を推し進めたのだ。これでは破綻しない方がおかしい」
「黙って言う通りにしていればいいものを! 貴様のような反逆者はいらん!」
「誰か、この無礼極まりない文官を拘束して、公開処刑の準備をしなさい!」
周囲の兵士に、セリーナ嬢が大きな声で命じる。しかし、誰一人動こうとはしない。
「なにしてんのよ! 早くこの反逆者を拘束しなさい!」
兵士たちは皆動かない。十分な根回しが出来ていなかったので不安だったが、みんな同じように不満が蓄積していたようだ。
「いい加減にしろ!」
兵士の1人が声を上げた。他の兵士たちもそれに続く。
「無能は貴様らだ!」
「そうだ! そうだ!」
兵士たちは、王子とセリーナ嬢を睨みつけながら、次々に凄まじい罵声を浴びはじめた。
「なんなのよ、こいつら! 全員、私達にふざけた態度とって!」
「誰かいないか!? ここにいる反逆者共を捕らえろ!」
しばらくして、王の間の扉が開き、デューク伯が精鋭の兵士達を連れて入ってきた。
デューク伯を目にした兵士たちは、一瞬で沈黙する。
「デューク伯か! 姿を現しただけで、この愚か者どもを制するとは。流石、我が国一の将軍だ!」
「お父様聞いてください! この醜悪な愚物共は私や殿下の言う事を聞かないばかりか、愚弄するのです。早く罰してやってください!」
助けを求めるセリーナ嬢に、デューク伯はゴミを見るような視線を向けていた。
「どうしたのですお父様!? アナタの優秀な娘であるセリーナが、悪辣な者達に反旗を翻されて苦しんでいるのですよ。どうして無視するのですか!?」
デューク伯はセリーナ嬢を無言で見つめ続けたが、しばらくして拳を振り上げた。
「黙れ! 醜悪な愚物が!」
デューク伯の武骨な拳がセリーナ嬢の顔面を直撃し、座っている椅子ごと床に倒れる。周囲には血と歯が飛び散った。
「お、お父様?」
何が起こったのか分からないまま、セリーナ嬢は茫然としていた。
デューク伯はセリーナ嬢の顔に、何度も拳を振り下ろす。
「貴様が愚かなせいでラヴェンナは! ラヴェンナは! 私の愛するラヴェンナは! うおおおおお!」
憎悪に満ちた叫び声と鈍い音が、王の間に響き続けた。
やがて殴り疲れたのか、デューク伯は荒い息を上げながら手を止める。
「どうひたにょのです……おちょうさま……どうひて……」
「黙れ! 殺さない程度に手加減をして殴ってやったのだ! これは親としての愛情だ! ありがたく思え!」
大きく腫れ上がり血だらけになった顔で、セリーナ嬢は呂律のまわらない言葉をつぶやき続けている。
エドワード王子は、それを顔面蒼白で見ていたが、デューク伯の視線が自分に向くと怯えながら喋り始めた。
「そ、そうか……知行に不満があるのだな。よし、所領を増やそう。それとも役職に不満があるのか? そうならば望みのものを与えるぞ」
狼狽するエドワード王子に、デューク伯は憎悪に満ちた瞳を向け続けている。
「ひ、ひ、ひいいいい……な、な、ならば、なにが欲しいのだ!? 金も宝石も好きなものを好きなだけ――」
恐怖で震えながら、喋りつづけるエドワード王子の首を、デューク伯は片手で締め上げた。
「そうか。ならば、この国を丸ごと頂くことにする」
必死に手を振りほどこうとしているエドワード王子をものともすることなく、デューク伯は片手で身体を宙に持ち上げる。そのまま強く、首を圧迫する。
「貴様らが下らぬことにばかりにカネを使い、いらぬトラブルばかりを増やして、それを鎮圧するために、どれだけの人を割いた!? それだけのカネと人を使えばラヴェンナを連れ戻す事など、とうの昔に容易にできているのだ! ラヴェンナ探索の邪魔をした、貴様とセリーナは絶対に許さん!」
必死に逃れようとエドワード王子は、身体をバタつかせていたが、やがて泡を吹いて意識を失った。
それを確認したデューク伯は、王子の身体を床に放り投げた。
「今は、この愚物共に構っている暇はない。処分は、おいおい決める。それまで牢に放り込んでおけ!」
「そうですね。いち早く国を復興しなくては」
「ああ、これで全てが終わる」
「なにを言っている? これからグリマルディ王国の全予算、全人員を動員してラヴェンナの捜索にあたるのだ」
歓喜する兵士たちにデューク伯は、吐き捨てるように言った。
「え!?」
「デューク様、お嬢様の事が心配なのは分かりますが、今は国の復興が最優先かと……」
反論する兵士を、懐に携帯している剣でデューク伯は斬りつけた。
辺りには兵士の鮮血が飛び散り、亡骸が床に崩れ落ちた。
「私の命令に異を唱える者は、このように処分する! 早くラヴェンナを見つけて来い!」
デューク伯の凶行を見て、兵士たちは何も言えず、呆然としている。
皆、魔族との戦争の英雄であるデューク伯ならば、この国を救ってくれると強い期待をしていたのだろう。だからこそ、彼の狂気に戸惑っているようだ。
もっともラヴェンナ誘拐以降、デューク伯の異常な言動を見てきた文官にとっては、予想通りの結果だった。
さて、あの女の計画に従い、デューク伯をけしかけて、反乱を起こさせて実権を奪取させることには成功した。
これから計画の最終段階に入るが上手くいくだろうか? 文官は緊張しながら口を開く。
「実はうわさ程度ですが、ラヴェンナ嬢によく似た人物を見たという話を耳にしました」
「なに!? どこで見たのだ!?」
「ヴィヒレア連合王国の王都ヴェルジュです」
「ゴメスとかいう誘拐犯は、ヴィヒレアの商人だと自称していたな……だとしたらただの噂ではないな。よし、これより全軍を動員してヴィヒレアへ進軍する!」
「お待ちください、良い策がございます」
「なんだ?」
「全軍で動いては目立ちます。ゴメスはラヴェンナ様を連れて別の場所に逃げてしまうかも知れません。ここは少数の精鋭だけで王都ヴェルジュに隠密に潜入して、ゴメスを捕らえるのが賢明かと存じます」
「確かにその通りだな。では、すぐに精鋭部隊を編成せよ! 私も指揮をとるため同行する」
デューク伯は、上手く策に乗ってくれたようだ。もっとも、あの女の言った通りにしただけで、全容は知らない。だが、現状を打破するにはそれしかない。文官は計画の成就を祈った。
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