第28話 始まる奸計(悪役天誅のフラグ)

「もぐもぐ……おい、この後は2人でベッドにしけこむんだろ。役に立ちそうなもん色々売ってやるぞ……クチャクチャ」


 テーブルの上に置いてある食事を下品に食べ漁りながら、彼が話しかけてきた。私たちは、慌てて身体を離す。


「コウスケ様♡ 若い2人の純愛を見て私は胸がトキメキました♡ 今宵は私達も熱い夜を共に過ごしましょう♡」


 女王陛下は色ボケしたギャグキャラのような表情で、彼に迫っている。いったいさっきまでの凛とした姿は、どこにいったのだろうか? いやそれ以前に彼のどこがそんなに魅力的なのだろうか?


「てめえなんか抱けるか気持ち悪りい! ってか商売の邪魔すんじゃねえ」


彼と女王様が、また大立ち回りを始めた。私とアレッサンダル様は屋敷が壊されないように必死に2人を止めに入ったが、抑えられないまま周囲には物が飛び交い、結局有耶無耶なうちに解散することになった。



「ぐぬぬぬ……今宵こそはコウスケ様に抱いて頂けると思いましたのに!」


 騒動の後、アレッサンダルは密かにヴェルデの元を訪れていた。

 父を早くに失ったアレッサンダルにとって、叔母のヴェルデは滅多に合わないが、親しみと同時に畏怖も感じさせる姉と父が混ざり合ったような存在だった。


(前々から婚約者がいるとは聞いていた。眉唾ではないかと勘繰っていたが、まさかゲス勇者だったとは……)


君主として他を寄せ付けない、威厳と聡明さを持った叔母が、男を見る目がこんなにないとは思わなかった。


「失礼いたします。伯母上、アレッサンダル、只今まいりました」

「アレッサンダル、私は今、愛が破れた悲しみに打ちひしがれているのです。一人にしてください」

「どうしても、お伺いしたいことがあります。ラヴェンナについてです。どうして彼女を私の婚約者に指名したのですか?」

「……未熟なアナタを支えてくれる、素晴らしい女性だと思ったからです」


 コメディリリーフされた様な軽薄な表情から、微笑を浮かべた冷厳な顔に変化した。どうやらヴェルデはラヴェンナの出自などを全て察した上で、彼女を謀略の道具にするために自分と結婚する様に促したようだ。アレッサンダルは恐怖しながらも、自分が知っている情報を整理して叔母を追及する事にした。


「彼女の片目は黒のオッドアイです。つまり勇者の血族です」

「……当代の勇者であるコウスケ様を見れば分かりますが、勇者の血族は、皆、本来この世界には存在しないはずの黒目と黒髪です。ラヴェンナさんは違うではないですか」

「それは純粋な勇者の血族であった場合です。勇者の血族である者とこちらの世界の者が交わった場合、髪と目の色の特徴が混ざり合い、黒目の片目を持つ者が生まれることもあります」

「……」

「勇者の血を受け継ぐものには何かしらの形で、その絶大な力が遺伝します」

「はあ、ですがラヴェンナさんの素晴らしい調香技術が、勇者の血と関係があるとは思えないのですが」

「お戯れを。植物からエッセンスのみを取り出すような、精密な魔法を使える者など、ごく限れた名のある魔法使いだけです。さらにそれを杖など魔力をコントロールするための媒介を使わずに、難なく行える事など普通あり得ません。間違いなく勇者の血による遺伝がなせるものです」

「……ご名答です。稀少で巨大な力を持つ勇者の血族である者を、我がヴィヒレア王家に迎え入れることができるのです。これほどの国益はありません。成長しましたね。アレッサンダル」


 ヴェルデは冷酷な笑みを浮かべ続けている。だが、目的はそれだけではないはずである。アレッサンダルは額に汗をかきながら、言葉を続けた。


「伯母上はグリマルディ王国の領土が欲しいのではありませんか?」

「なんの事でしょうか?」

「グリマルディは地政学上、我が国の戦略的な要になる土地です」

「……」

「伯母上もご存じかと思いますが、グリマルディは今、大変混乱し、統治する王子と夫人に民の不満は高まっております。ラヴェンナは婚約破棄されたとはいえど王子の婚約者で、民は勿論、貴族階級からも人気があると聞きます。伯母上は彼女を利用して、グリマルディの混乱に介入するつもりなのでしょう」

「だとしたらどうだと言うのです?」

「知れた事です! ラヴェンナを政争の道具にする事をやめて頂きたいのです!」

「フフ……若いですねアレッサンダル。あなたも知っての通り、政治とは時に冷酷な決断を必要とするものです。私たちは常に大局を見据え、国の未来を考えなければなりません」


 叔母のヴェルデは国と民の為とはいえ、奸計謀略の限りを尽くし国内外から恐れられる悪魔のような存在である。それを間近に感じ、あまつさえ敵対する事に心臓が押しつぶされそうな重圧を感じる。だが、引き下がる訳には行かない。


「しかし、ラヴェンナがその計画について知ったらどう感じるでしょうか? 彼女もまた感情を持つ人間です。彼女の意志や幸福は考慮されるべきではありませんか?」

「おっしゃる通りですね。ラヴェンナさんが今、私の考えている事を知ったらショックを受けるでしょう。ですが彼女は近々心変わりを致します」

「心変わり?」

「ええ。その為の布石は撒いてまいりました」

「なにをなさるつもりなのです?」

「秘密です♪」


 冷酷な笑みが消え、まるでいたずらっ子の様な無邪気で子供っぽい笑みをヴェルデは浮かべた。逆にそれがより一層アレッサンダルを恐怖させる。


「私が一体何をしているのか気になりますか? アレッサンダルが統治者として成長できるようヒントを出しますね。統治する為政者がその民に嫌われて、私達が信望得ているだけでは国を乗っ取る大義名分としては弱いのですよ。向こうの国の歴史や文化も考慮しなければいけませんし、周辺諸国を納得させるための国際的な大義名分もいります」

「……それが、これから手に入ると言うのですか?」

「はい、これからその全てをこちらが手に入れる事が起きて、ラヴェンナさんの気持ちも変化するのです」

「なにをするつもりなのですか?」


 アレッサンダルの問いに、ヴェルデは微笑を浮かべ続けている。これ以上は何も話すつもりはないようだ。

 強い不安にかられながらも、アレッサンダルは部屋を後にした。


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