第24話 ラヴェンナの未来

「うーん、もう少し爽やかな木の匂いを強くした方が良いわね」


 手元にあったジュニパーのエッセンスを抽出して、私は再度新しいブレンドを作っていた。


「よし!」


 いい匂いだ。これならばラヴェーナにも劣らない、領の特産品になるだろう。

 彼が提案した都市計画を端的に説明すると、温泉と香りの都市。

 掘り当てた温泉を活用して大浴場を作り、そこを中心にリゾート施設を整備して、訪れる人々に、アロマオイルやアロマキャンドルを販売するというものだ。

 私はその販売するための新商品を、毎日1人で研究、開発している。

 もっとも研究、開発という仰々しい言葉を使ったが、毎日楽しく趣味の延長の様な事をしているだけなのだが……。


「いい匂い。これなら売り物にしても大丈夫かな」


 新しく作ったアロマキャンドルは、満足いくものだった。しばらく達成感に浸っていたが、部屋に置いてあった柱時計を見てとんでもない事に気づく。


「ああ、もうこんな時間!」


 温泉の採掘をやっている彼にお弁当を作って届けに行かなければいけないのに、夢中になり過ぎて、すっかり忘れていた。

 慌てながらキッチンに行き、お弁当を作り始める。

 これは私からアレッサンダル様に進言したことだ。

腹立たしく悲しい事だが、どうやら私は色々な事を彼に感謝してしまっているようだ。

 お母様を捨てて、私の存在すら知らなかった彼に……。

 お弁当を作りながら、色んな複雑な感情が胸中に乱れた。



「畜生あのクソガキ! 足元みてこき使いやがって! 完全にヴェルデの悪影響だ!」


 ゲス勇者はピッケルで地面を掘りながら、大きな声で不平不満や悪口を叫んでいた。

 かなり酷い罵声を連呼している、が不思議と怒りは感じない。

 いや、むしろその人間性に憐みの心すら覚えた。

 ここで自分が目の前に現れたら、どうするのだろうか?

 物陰に隠れていて様子を伺っていたアレッサンダルは、そのままひょっこりと顔を出した。


「ゲス勇者、僕がどうかしたのか?」

「ゲヒッヒ、ひいい……ぼ、坊ちゃまは容姿端麗で慈悲の心を持った素晴らしい領主さまだと独り言をつぶやいておりました」


 とてつもなく驚いた後、いつもの様に媚びへつらって来た。

 予想通りの反応に飽きれながら、アレッサンダルは話しを続ける。


「ところで進捗状況はどうだ? 人手が欲しいようならば、バレない程度の人数を手配して隠密に手伝わせる事もできるが」

「い、いえ、明日中には温泉を掘り当てられると思いますので……」

「そうか。では僕も手伝おう」

「お、おやめください。坊ちゃまのような高貴な方が、このようなむさ苦しい労働など」


 言葉とは裏腹にゲス勇者の目は、手伝えとこちらに訴えかけている。

 ため息をつきながら上着を脱ぎ、近くのスコップを手に取る。しばらくは互いに無言で地面を掘り続けたが、ずっと憂いていた事を聞いてみた。


「ところでゲス勇者……」

「はい、坊ちゃま」

「ラヴェンナを故郷に戻す段取りは、整えられそうか?」

「うーん、厳しいですね。今は色々なこと考えてやめた方がいいです」

「そうか。残念だ」

「あのう、坊ちゃま」

「なんだ?」

「アイツを解き放つ必要ありますかね? 坊ちゃまの奴隷って立場にすっごくやりがいを感じてエンジョイしている様に見えるんで、このままで良い気がするんですが」

「奴隷は我が国では違法だ。私が彼女を所有することは許されるものではない」

「でも、本人がやりがいを感じている事ですし……」

「ダメだと言っているだろう! ……この温泉を掘り当てる事が出来れば、今までの諸々の功績と合わせて、バルダハールはヴィヒレアでも有数の豊かな所領になる。そうなれば、もう力を借りる必要はない」


不毛の地獄と言われたバルダハール領を発展させるには、ラヴェンナの力がどうしても必要だった。

だからこそ法を犯し、奴隷として自分の元に縛り付けたが、その事に心を痛めない日は無かった。

 だが、それももうすぐ終わる。

 そうなれば、ラヴェンナは自分の人生を自分の生きたいように生きる事ができる。

ラヴェンナと別れる事が寂しくないかと言われれば、嘘になる。

いや、本音を言えばずっと自分のもとにいて欲しい。

ひたむきで自分の為に尽くしてくれている彼女を見ると胸が高なる。恐らく自分は今、恋というものをしているのだろう。

 だが、所詮こんなものは一方通行の感情だ。

金で自由を奪い、色々な労働を強いてきた自分など、ラヴェンナにとっては嫌悪と憎悪の対象でしかない。

そう自分に言い聞かせながら、アレッサンダルは力強く地面を掘り進めた。



(私は、もうアレッサンダル様に必要とされていない……)


 遠くで会話を聞いていた私は、ショックで持ってきたお弁当を地面に落とした。

 ずっとアレッサンダル様のお傍で、お仕えできるものだと思っていた。

 アレッサンダル様は行き場のない私に衣食住だけではなく、生きがいと、やりがいも与えてくれた方だ。

 奴隷の分際でと自分で思いながらも、いつしか私はアレッサンダル様に恋心を抱くようになっていた。

 無論、結婚などできるとは思っていない。だが、先日会った女性の方と結婚し、子を成し、領主として善政をふるうアレッサンダル様を陰で支え、それをお近くで見守り続けることはできると思っていた。

 

(領の復興が出来れば、私は用済み……。奴隷は体面が悪い邪魔なもの)


 心の中でそう呟いた瞬間、強い自己嫌悪に襲われた。

 私はアレッサンダル様に恋をしている。

だが、それはあくまで私の一方的な感情にすぎない。

それに私は奴隷だ。主人にそんな感情を抱くなど汚らわしい。

それだけでは飽き足らず、身勝手な未来の妄想を勝手に広げて1人のぼせ上っていたのだ。

アレッサンダル様から見れば気色悪いこと、この上ないに違いない。

 さらに言えばアレッサンダル様は、ただの主人ではない。行き場がなかった私に衣食住だけではなく、皆の役に立てる生きがいまで与えてくれた大恩人だ。

そんな方に私は被害妄想に凝り固まったような事を、心の中でつぶやいてしまった……。

 そして何度も繰り返すが、私は奴隷。血も肉も人生も感情も全てアレッサンダル様のもの。だからアレッサンダル様が私をどう使おうが、自由だ。

 そう。私をお払い箱にするのも、アレッサンダル様の自由だ。何も悪い事ではない……。

 それなのに辛くて耐えられそうにない。気づけば私は、涙を流しながら、その場から走り去っていた。


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