第21話 世界中で大人気の香水、ラヴェーナ
「近々だけど、領内の大工事をやる予定なんだ! 道路の拡張と整備、公園の新設、そして水路の再構築……」
新しく領内で行われる都市計画の図面を見せながら、アレッサンダル様は興奮した様子で私に話しかけてきた。
図面を見ても、専門的な内容は、よく分からない。
だが、大変お喜びになられているアレッサンダル様を見てるだけで、私まで嬉しくなった。
「これも君の作ってくれた香水のおかげだよ! ヴィヒレア全土は今、ラヴェーナの話題で持ちきりだ。他国の社交界でも、大きな話題になっているという。本当にありがとう不毛の地獄と言われ続けたバルダハール領がこんなに豊かになるなんて思わなかった!」
「勿体ないお言葉です」
先日私が作った香水はラヴェーナという名前が付けられ、今やヴィヒレアの特権貴族階級や名のある豪商でも中々買う事ができない、大人気の商品になっているという。
たかが趣味に過ぎなかった香水作りと、それを作るための芸にしかならないと思っていた私の魔法が、こんな形で大きなお役に立てた事に自然と、目を潤む。
だが、高貴でお金が手に入る方々にも中々手に入らない品になった事には、不満があった。
あの香水が、平民や貧民の方々でも手軽に手を手を取れるものになってほしい。
「ゴメン、なにか気に障ることを言ってしまったのかい?」
アレッサンダル様が、慌てながら私に近づいてきた。
いらぬ誤解を与えてしまったようだ。
急いで訂正しなければ。
だが、間近にあるアレッサンダル様の顔に見惚れてしまい、声を発する事ができない。
顔がどんどん私に近づいて来る。いけない、私は奴隷……。
万が一、このまま唇が重なってしまう様な事があれば、アレッサンダル様の唇を奴隷の私の唇で汚してしまう事になる。
急いで距離をとらなければ。しかし、思いに反して身体が固まってしまい動かない。
心の奥底で、私はアレッサンダル様と口づけする事を望んでいる。
いけない。ご主人様の名誉の為にも、急いで身体を離さなければ。
……ダメだ。身体が動かない。
「なんで俺が来ると、いつもイチャコラしてんだ。気まじぃじゃねえか」
声の方向を見ると、私を誘拐した彼が立っていた。冷静さをなんとか取り戻した私は、アレッサンダル様から慌てて距離をとる。
「ゲス勇者! 貴様いつも突然表れて! ノックくらいしないか!」
「へ、へえ。ノックはいたしました。ですが、こちらは領主のお屋敷ですので、広くて音が届かなかったのではないかと思います」
「要件は例の件での報告だろう。……ラヴェンナ、少し席を外してくれ」
重苦しい顔で、アレッサンダル様が私を見た。
アレッサンダル様は、定期的に彼からなにかの報告を受けている。その度に私は席を外す様に言われて、いつもその通りにしている。
どんな事を話しているのか、とても気になるが、奴隷の私が聞いてはならないことなのだろう。
足早に立ち去ろうとした時、彼が口を開いた。
「いえ、坊ちゃま今日は、そちらの要件で来たのではございません。私に今流行中の香水をフランチャイズで私に製造、販売させて頂きたいのでございます」
「フランチャイズ? なんだそれは?」
「失礼いたしました。フランチャイズとは、異世界の言葉で、こちらの言葉でいう所の暖簾分けの様なものでございます。平たく言えばラヴェーナの製造と販売をする権利を、私にも与えて頂きたいのでございます。勿論、売り上げのキャッシュバックは致します」
「……ゲス勇者、貴様どうせなにかあくどい商売をするつもりだろう」
「め、滅相もございません」
「立ち去れ! ラヴェンナの作った香水を、貴様の邪悪な金儲けの道具にさせる訳にはいかない」
「ひいいい、坊ちゃま、その様な事はおっしゃらずに」
彼は惨めな姿で、アレッサンダル様に食い下がり続けている。
彼の評判や実際に会った人となりを見るに、アレッサンダル様の反応は妥当だろう。
「ん? ってかラヴェーナって、お前が作ったのか?」
彼が私に気づき、話しかけてきた。
「え、ええ。フレーバーの配分は私が考えました」
「香水の事は分かんねえけど、すげえなお前」
「魔法で香水を作るのが趣味だったので、それが活かせたようです」
「はー! あんな大道芸であそこまでカネになるもんが生み出せるもんなんだな」
「は、はい。私も自分で驚いています。……あの」
「なんだ?」
「そのフランチャイズでしたっけ? 私の考えたフレーバーを絶対に守って頂けるのであれば、やって頂いても大丈夫ですよ」
彼に何かしらの手を差し伸べたい気持ちになっていた。結果的にではあるが、あの時、彼に助けられたのは事実だし、そのおかげでアレッサンダル様にも巡り合えた。……彼が私の香水を悪用しない事が、前提での話ではあるが。それに彼は……。
私の言葉を聞いた彼は信じられないといった表情で固まっていた。
だが、すぐにすっごく悪い笑い顔を浮かべて、大はしゃぎし始めた。
「本当か!? 本当に良いんだな! ヒャホーー! 坊ちゃま、聞いての通りです! 是非! 是非! お願いいたします!」
アレッサンダル様は驚きの余りしばし放心した様な表情を浮かべていたが、少し間をおいて再び口を開いた。
「ラヴェンナが、そう言うならば致し方ない。だが、考え直した方が良いと思うぞ。この男は確実にあくどい金儲けに走る。断言できる」
「私は、この方を信じております。その理由はアレッサンダル様もよくご存じかと思います」
「……分かった。ゲス勇者、ラヴェンナの気持ちを決して踏みにじるなよ。もしその様なことをしたならば」
「も、勿論でございます。でもどうして俺をここまで信じるんですかね? いや、嬉しいんですけど……ハハ」
「そのフランチャイズとやらの契約書を、本日中に作成したいと考えております。明日、署名をしに来て頂けますか? ……書かれている内容は、厳守して頂けると信じております」
本当は全く信じていない。だからこそ契約でガチガチに固めて、彼の身動きを止めなければならない。
私の思惑を察したのか、彼はキツネにつままれたかのような滑稽な顔を浮かべていた。
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