第20話 復興するバルダハール領と亡国に向かうグリマルディ王国

「君の香水のおかげで復興費用だけじゃなく、直近の財政も潤いそうだよ! ありがとうラヴェンナ!」


 あの女性が残していった蒸留器を設置して作った香水の蒸留所で、アレッサンダル様は得意気に話し続けた。


「香水事態の売り上げも大好評だけど、ミストローズを採取しに山に入っていく冒険者も沢山来てて、それがもたらす経済効果も絶大だ!」

「私の力ではありません。あの方のおかげです。私は何もしておりません」

「そんな事はない! 君があの時、彼女を助けなければ絶対に力を貸してくれなかったはずだ! 本当にありがとう!」

「アレッサンダル様、あの方はいったい誰なのですか?」


 聞いたことを後悔した。あの女性はアレッサンダル様の婚約者、そうに決まっているではないか。なぜ態々そんな事を聞いてしまったのだろうか。

 それに……私は奴隷。ご主人様の婚約者に横恋慕をするなど、余りにも身分をわきまえおらず非常識だ。


「……すまない、言えないんだ」


 アレッサンダル様は、気まずそうに目を伏せた。私の気持ちを察して言葉を濁している事は明らかだ。奴隷なのに主人に気を使わせてしまうとは……。


「自分の立場をわきまえず大変失礼いたしました!」


申し訳ない気持ちで胸がいっぱいになり、深々と頭を下げた。


「違う! そういう訳じゃ……」


 私はいたたまれず、この場を走り去った。



「貴様! 私のラヴェンナを連れ去った男の一味だな」

「な、なんのことです!?」

「うるさい! おい連れて行ってはかせろ!」

「や、やめてください……」


 多数の兵士たちに取り押さえられて拷問部屋に連行される外国人を、文官は冷ややかな表情で眺めていた。

 ラヴェンナ嬢を拉致したのは外国人、ただそれだけでデューク伯は、自ら国境に赴きグリマルディ王国に来訪する外国人たちを徹底的に調べ上げるよう兵士たちに命じていた。

 調べ上げるといえば聞こえは良いが、ようは苛烈な拷問を行うという事だ。そのせいでグリマルディを素通りする外国人すら最近はいなくなっている。


「デューク伯、もうこの様な事は……」

「なんだ!口答えするのか!? 貴様もラヴェンナをさらった男の仲間だったのか!?」

「滅相もありません。ただ、無暗に外国人を拷問していても解決には結びつかないと思います」「なるほど。貴様の言う事は確かに一理あるな……そう言えばあの男はヴィヒレアの商人だと自称していたな。よし! ヴィヒレアの人間は特に念入りに搾り上げろ!」

「ですが、ヴィヒレア人は皆優れた人間なので疑う事なく国境を通す様にと指示がでておりまして、殿下から通達が出ておりまして……」

「あの様な無能な言う事など聞く必要はない! しかし兵士の数が全く足りてないではないか! どうなっているのだ!」


 領地の乱開発と、農地の召し上げにより、国費は大きく圧迫されていた。それにより治安も急速に悪化し、一揆が多発している。兵士はどこも足りない状況で文官の自分すら治安維持の現場に動員されている。

 国内ですらこんな状態なのに、デューク伯は国際的にも孤立する行動を招いている。もはやなにかを達観した文官は面倒になり、この場を離れ周囲を散歩する。

 焼かれた家、食料を奪い合う領民たち……ひどい情景ばかりが目に映る中、ある一団が目に留まる。

 1人の女と数人の男達が雑談しているようだ。状況を見る限り、女は男達のリーダーで報告を受けている様だ。


「この国の為政者は随分と酷いことをするのですね。以前来たときこんな事はなかったと思うのですがなにがあったのですか?」

「はい。先王が亡くなったことで、王子が実質的に政治を取り仕切るようになったのですが、それが暴走しているのです」

「はあ。ですが、どうしてこんな事を? 誰がどう見ても亡国に向かっている事は明らかではないですか」

「女王陛下の表敬訪問の日に合わせて、グリマルディを我が国のような偉大な国にするとの事でして」

「愚かですね。グリマルディにはグリマルディの良い所がありますのに。それが分からないとは諫める臣下の方はいらっしゃらないのですか?」

「デュークなる有力貴族であれば、それができるかも知れないとの事でしたが、現在、ラヴェンナという自分の娘がさらわれてしまったとの事で、その捜索に職権を乱用して、非常識なほど注力しております」

「そのさまは、さらわれた娘を助けるというより、逃げられた恋人を追い回している様だと聞いております」

「ラ、ラヴェンナさんですか!? ……か、変わったお名前の方ですね。あ、あの、その方の特徴などが、なにか分かればお伺いしたいのですが」

「申し訳ございません。詳しい事は……」

「そうですか。では、お調べを頂きますようお願い致します。1週間ほどで、お願いしたいのですが大丈夫でしょうか?」

「かしこまりました」

「しかし随分と都合が良い状況になりましたね」

「都合が良い状況ですか?」

「はい、前々からグリマルディを我が国に併合したいと考えておりましたので、この状況は絶好の機会です」


 物陰に隠れて話を聞いていた文官は、青ざめた。この者達はヴィヒレアの斥侯で、この機会に乗じて我が国を手中に収めようとしている様だ。無気力に達観している場合ではない。


「ところで今回お願いした事はどうなりました?」

「どうなったと申されますと?」

「決まっているではないですか! あの方の行方です! こちらに頻繁に出入りしているらしいではないですか! どこにいるのです!?」

「……全く調べておりません」

「いったい何をしているのです!? わたくしがここまで来た意味が全くないではないですか!」

 


女と男たちは、なにやら違う話で盛り上がり始めた。今のうちに急いで、王子とデューク伯に、この事を伝えて方針を改めてもらわなければ。

文官は急ぎ足で、この場を立ち去ろうとする。

だが、次の瞬間、足に激痛が走り地面に倒れ込んだ。

見るとアキレス腱にナイフが刺さっている。


わたくしが気づいていないとでも思いましたか?」


 ナイフを投げたのは、雑談の輪の中に入っていた女のようだ。

こちらに近づいて来る。

 恐らくかなりの手練れだ。

命の危険を感じ、身体中から油汗が流れ出る。


「怖がらないでください。アナタに良い話があるのです」


冷たい笑顔を浮かべる女に文官は恐怖で、言葉が出なかった。


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