第10話 ご主人様が私の口元に……
「これは……」
アレッサンダル様と農地を見回っている途中、私はあるものが目についた。
鼻が曲がってしまうほどの強い異臭を放つ枯れた木々や作物が大量に積み上げられ、沢山の虫がたかっていたのだ。
「見ての通り、枯れた木や腐った作物の山さ。このバルダハール領の土壌には養分を吸収しない呪いがかけられているから、大半の植物は植えても十分成長する前にこうなってしまう」
「ですがこれでは余りにも勿体ないです。畑の下に埋めて、肥料にはされないのですか?」
「土壌にかけられた呪いの力はとても強力なんだ。これを土に埋めても分解されないから、肥料としては役に立たない」
「ではこれらはどうするのですか?」
「燃やすしかない。だが、灰にしても養分を吸収しないから、領の隅に捨てにいく。それを運ぶ人件費もかかる」
「そんな大変……も……」
勿体ない、そう口が出そうになったが慌てて言葉を飲み込んだ。アレッサンダル様の心情を考えれば、この様な事は決して言っていい事ではない。
「ああ、勿体ない。だがそれも今日で終わると思う。ラヴェンナ、君のおかげでね」
どういう事だろうか? 私に、この酷い状況を打開できる力などない。
「君の魔法で、この枯れた植物の山からミネラルや窒素を取り出すことはできないか?」
「はい、植物であれば……そういう事なのですね!」
アレッサンダル様の意図が、やっと理解できた。植物から肥料になる成分を抽出して、それを農地の土壌に付加するつもりなのだ。
確かにこれならば、土壌を養分に満ちた豊かなものに改良することができるかも知れない。
グリマンディの農地の土壌は、どこも農作物が問題なく育つ環境だったために、土壌改良にこの魔法を使ったことはない。だからこの発想は出てこなかった。
「ああ。でも、土壌が取り出した栄養素を、そのまま吸収してくれる保証は全くない。……やってくれるか?」
「分かりました!」
枯れ木と腐った作物の山に手をかざし、リンや窒素といった肥料になる成分を抽出する。
(……苦しい)
私が一度に抽出できる成分の量は限られている。この積もった枯れ木や作物から土壌の栄養になるものを一度で全部取り出すのは無理だ。
でも、出来る限り多く抽出する。
「はあ、はあ……」
疲労困憊になりながら、抽出した栄養分をやせ細った畑の地面に開放した。
地面が輝き、畑の土の色が濃くなった。
感触も湿っぽくなっている。
「凄いな。この領でこんなにも豊かな土壌は見たいことがないぞ……」
アレッサンダル様は、喜びと驚きが混じった表情を浮かべながら感嘆したようにつぶやいた。。
私も驚いている。趣味や大道芸にしか役に立たないと思った私にしか使えない魔法にこんな使い方があったなんて。
グリマンディで、私は家柄だけに恵まれたお嬢様だった。そのおかげで王子との婚約まで内定していたが自分の力で何かを成し遂げて、誰かの役に立ったことなど一度もない。
だが、ここならば主人であるアレッサンダル様の役に立ち、苦しんでいる多くの領民を自分の力で救う事ができる。
「アレッサンダル様! あちらの畑も直ぐに蘇らせます!」
「待て、そんな身体では……」
「今こうしている間にも、領民たちは苦しんでいます! 領主として、奴隷である私の事など2の次にお考え下さいませ!」
私は再度、枯れ木と腐った作物の山に手をかざし栄養分を出来る限り抽出した。そして別の畑に、それを注ぎ込む。
◇
「目覚めたか、ラヴェンナ!」
気がつくと私は、ベッドの上で横になっていた。目の前には心配そうな顔をしているアレッサンダル様がいる。
私はたかだが奴隷だ。にも関わらず主人であるアレッサンダル様に、この様な表情をさせてしまうとは……。恥ずかしい。
直ぐにでも飛び起きて、元気であるところを見せなければ。
だが身体中とてつもない疲労感に包まれていて、指一つ満足に動かすことができない。
「アレッサンダル様……」
口は普通に動いた。
何とか喋ることは、できるようだ。
言葉を続ける。
「私は魔法で土壌を回復させていたはずです。どうしてベッドの上で寝ているのですか?」
「2回目に畑の土壌に養分を与えた直後、君は意識を失って倒れたんだ」
「今すぐに農地に行き作業を再開いたします」
「そんな身体では今日は立ち上がる事も出来ないだろう。無理はするな」
「申し訳ありません。私の魔力が少ないばかりに本当に申し訳ありません」
自分が情けない。瞳から大粒の涙がボロボロ流れてくる。
「……まずは身体を休めてくれ。あとこれを飲んで欲しい」
「これはなんでしょうか?」
「エリクサーだ。これを飲めば体力も魔力も全回復するだろう。だが、一応大事をとって今日は、このまま休んでくれ」
「私は奴隷です。その様な高価なもの口にする分けにはいきません」
「この領に赴任する時、伯母上に餞別としてもらったものだ。使いどころが見つからなかったが、売る訳にもいかず持て余していた。だからていよく処分したいんだ。遠慮せずに飲んでくれ」
エリクサーをていよく処分したい人間などいる訳がない。ここまで気を使わせてしまっているのに、口をつけなければ逆に失礼にあたる。
重い気持ちになりながら首を縦に振った。
だが、飲もうにも口を開ける事はできるが、疲労で瓶がとても重く感じる。持つ事ができない。
「すまない気が利かなかった。口を空けてくれ」
アレッサンダル様は、私の口元にエリクサーを近づけてきた。
「なりません。私は、たかが奴隷です。その前も小国の貴族の小娘です! だから……」
「だからなんだと言うんだ? 僕には君の力が必要なんだ。一刻も早く元気になってもらわなければ困る」
そんなに私の力が必要とされているとは。不甲斐ない自分を強く恥ずかしく思いながら、口を開けてエリクサーを受け入れる。甘くて少し苦い味が口の中に広がり、体中に温かい力が、みなぎってきた。
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