第12話

「俺だから、まぁあれだけど、普通は若い男女が同じ部屋で寝るのはよくないから。気軽に男を泊めんなよ」


輝夜が和室に並べて布団を敷くのを手伝いながら、実廉が口うるさく言ってくる。


「わかった。実廉を男として意識はしていないから大丈夫だ」


「は?……俺も男だし……」



そもそもこの家は和室が一室しかなく、リビングとして使っている板間と台所、納戸があるこじんまりとした家だ。

離れっぽい大きめの納屋があるが、今は編んだ籠の竹製品が所狭しと積み上げられていて眠れそうな場所はない。


徳島でも一緒の家に泊まったんだし、そう気にすることはないだろう。二つ並んだ布団に入ってから、実廉といろんな話をした。


「実廉は年が明けたら下宿に帰るのか?」


「そうだな。大学が始まるまでには帰るから、四日とかには帰ると思う」


「家族がいるのに離れて暮らすのは寂しいだろうな」


「いや、別に……そうだな。家族がいるのは有り難いことだな。ここも、田舎のばあちゃんちを思い出す。今はもう改築して新しくなってるけど、昔はこんな感じだったかも。趣があっていいな。布団で寝るのもたまにはいい感じだ」


「ああ。その布団はここの死んだばあちゃんが使っていたやつだ」


ちゃんと干しているし、シーツも洗濯している。


「え……そういえば何となく、ばあちゃんの匂いがするな」


「洗濯機という何とも便利な家電があったので、シーツは洗ってある。初めのころは楽しくて、この家にあるすべての物を洗濯した。本当に賢い機械だと感心した」


「お前、本当に何時代の人間だよ。記憶喪失じゃなかったら頭のおかしい人認定されてる。その割に教えたらどんな事でもスポンジみたいに吸収するし、学習能力高いし、謎だらけだな」


知らない事ばかりだから、何でも興味深い。学習能力は並外れたものを持っているのは当たり前。だって前世はかぐや姫なんだから。


「身分証明書が手に入ったから、スマホが買いたい。できればパソコンが欲しいが、インターネットの環境を整えるのに時間がかかるってネットに書いてあった」


この家でパソコンを使うのにはいろいろ面倒な工事が必要らしい。

そう輝夜が言うと、実廉が頷いた。


「俺がこっちにいる間に、手伝えることはやってやるから」

「うん。そうしてもらえると助かる」


「輝夜がこれからどうやって生活していくか、ちゃんと考えなきゃな」

「……うん」


「十八はもう成人だから。自分の足で立って、ちゃんと生きていかなくちゃならない。輝夜はつらい過去があって、家族も連絡が取れない状態だし不安だろうけど」


「……う……ん」


「今はまとまった金があるからいいけど、アルバイトは探した方がいい。この間見た感じ、この竹藪の土地はお前のばぁちゃんが持っているっぽいから、売ったら結構な額になるかもしれないし……輝夜、もう寝る?」


「……ん」


「まだ十代の女子が一人でこんな場所に住むなんて、怖いに決まってるよな。ただでさえ凶悪犯に命を狙われたんだし。誰も頼る人がいないのに、こいつよくやってるよ」


実廉は輝夜の寝顔を見ながら短いため息をついた。輝夜はぐっすり眠っている。


「こいつ顔めちゃくちゃ可愛いし、なんなら俺のタイプど真ん中だし」


男としてみてないって誉め言葉じゃないだろ……

そう思いながら、輝夜の方に背中を向け、できるだけ彼女を意識しないように目を閉じた。



朝一番に電話がかかってきた。

実廉はまだ眠っている。起こすのも気の毒だ。着信相手を見ると実廉の母上だったので輝夜は気にせず電話に出た。


「え、輝夜ちゃん?」


「はいそうです。おはようございます」


「おはよう。なんで実廉と一緒にいるの?え、これ間違えた?実廉の携帯よね」


「大丈夫です。これは実廉の携帯電話です」


バタンと布団を蹴り上げる音がしたかと思うと実廉がスマホを取り上げた。


「あ、かぁさん。今、あれだ。偶然、輝夜と会ったから。土産があるって、代わりに渡してくれって言われたから一緒に家に来た。……うん。そう。ああ、そうだ」


実廉は、スマホをもって家の外へ出て行った。


しばらくして実廉が戻ってくると。


「とりあえず、家に一度帰らなくっちゃいけなくなった。車も使いたいから、ちょうどいいっちゃいいんだけど。輝夜は午後に迎えに来るのでいいか?」


「かまわない。商店街に買い物に行きたいからその方がいい。今この家にはあまり食べ物がないから」


「そうか、わかった。あのさ、一応言っとくけど、輝夜の家に俺が泊ったって、うちの親に言うわけにはいかないから。んとだな、変な勘繰りされると面倒だし、正直に話すと、なおややこしい事になる。殺し屋に狙われたとか、輝夜の過去の話とか。そういうの全部話すわけにいかないだろ」


「ああ。そうか、そうだな。人身売買とか母親が海で行方不明だとかは言えない」


そうだろう、と実廉が相槌を打つ。実廉の母上にまで心配をかけるわけにはいかない。


「だから、俺が輝夜の家に泊まっていることは内緒の事だ。それと人の電話には出るな」


「承知した」


母様だからいいと思って実廉の電話に出てしまったのは失敗だったみたいだ。

よく考えてみたら、母上は『天の羽衣』効果で輝夜に好印象を持っている。という事は、本来、輝夜は嫌われているという事だ。


効果がなくなるまであとどれくらいだろう。そう考えると少し寂しい気持ちになった。『天の羽衣』を使い、人の気持ちを操作する事はよくない。本来その人の感情はその人の物で、それを輝夜が勝手に変えてしまってはいけない。


この世界で生きて行くために仕方がない事だったとしても、たくさん知り合いができて、相手の事を自分が好きになっていくうちに信頼関係の大切さを学んだ。

それは心地よいもので気持ちが温かくなる。

輝夜は現代の生活を気に入ってきている。この状態をできるだけ持続するために、ズルはしてはいけないなと思った。



実廉は輝夜が買った莉子へのお土産と金時饅頭。鳴門のわかめをもって実家へ帰った。

途中まで一緒に行こうと輝夜もついて家を出た。


「実廉、今夜もうちに泊まってくれるの?」


首をかしげて実廉に聞いた。


「お前、ところどころ……なんだよその可愛さは。あざといかよ」


実廉は少し顔を赤くしていた。


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