あいつの素顔
夏葉緋翠
第1話
ウチの隣の席の影森の顔は、たぶんクラスの誰一人として見たことがないんじゃないかと思う。
全体的にボサボサに伸びた髪の毛で目元はすっかり隠れちゃって、口元はマスクで覆われている。
流行病が落ち着いてきて、ウチの学校でもマスクの着用が個人の自由になってからも、影森はマスクを外すことはなかった。
誰かと喋っているところも見たことない。
休み時間も自分の机から離れないで、ずっと突っ伏している。
男子はそういうお年頃なんだよって、幼馴染のさなちが言ってたから、そういうもんなのかって、そっとしておくことにはしていた。
「おい影森起きろって〜!本当は起きてんだろ?真中さんにかまって欲しいからって、わざと寝たふりすんなってw」
いつも騒いで注目を集めたがる英太たちが、わざわざ影森の席まで来てイジったりしても微動だにしない。
「英太やめたげなって。本当に寝てたらどうすんのさ〜」
「真中さんは優しいからな〜」
ウチがそう言うと、英太たちはゲラゲラと笑いながら影森から離れていくことに気づいてからは、なるべく直ぐに止めるよう声をかけたりはしていた。
まぁ、やんわりとだけど。
「あいつら、みおちんに話しかけて欲しいからって影森使うのダサすぎw」
「え、あれってそういうことなの?」
「みおちんがこれだからな〜影森、席替えまで何とか耐えような……」
ウチの席に椅子を寄せて話していた幼馴染のさなちとあーちゃんが、さっきの光景を見てそう言った。
二人が言ってることはいまいち、ピンと来ない。
話したいならわざわざ影森のことイジらずに、直接話しかけてくればいいのに。
そう呟いたら「それが出来てたらあいつらも苦労しないだろ」って、またさなちに笑われた。
てか影森も影森だよ。言い返してやればいいのに。
まぁ、あいつらに比べて体の線が細いもんね。
帰宅部だったっけ。
それが喧嘩早いあの野球部やサッカー部の筋肉たちに勝てるイメージは湧かない。
むしろあっという間にボコボコにされちゃいそう。
時々英太たちがこっちまで聞こえる声で、「この間生意気な後輩シメたわ〜」とか話してるのが聞こえてくるし。
ウチはそういうの嫌いだから、あまり耳に入れないようにしてる。
その影森と、保育園の体験学習のペアになった。
ウチの高校では、町内にある数箇所の保育園に生徒が出向いて、園児たちと触れ合う体験学習の機会が設けられている。
義務ではないにしろ、いつも定員に満たないから、先生たちが誰か参加してくれないかって声をかけることになってるらしい。
ウチもそうして声をかけられた一人だ。
まぁちびっ子たちと遊ぶのは好きな方だから、軽い気持ちでOKを出したけど、まさかあの影森が参加を決めるなんて思いもしなかった。
ウチが行くのは今週で、さなちとあーちゃんは来週の予定になっていた。
案内のプリントを見てみると、どうやらウチが割り振られたのは、年長さんのクラスみたい。
「わ〜……みおちん影森とペアじゃん」
「ん。そうみたい」
「あんま興味なさそうw」
実際誰がペアとかは興味なかった。
ちびっ子と遊べたらそれでいいし。
ウチはちびっ子たちの、あの無邪気な笑顔が好きなのだ。
ウチはウチで楽しむだけ。
影森のことをちびっ子たちが怖がらないかどうかだけが心配だけど。
まぁその時はその時で何とかするしかない。
普段あまり声を発さない影森にも、その時ばかりは無理にでも頑張ってもらおう。
そんなことを考えつつ、ウチらがお喋りしている間も、影森は一人案内のプリントを静かに見つめていた。
……たぶん見つめてる。
ちゃんと見えてるかは分からないけど、プリントに向けている顔の角度的に、たぶん読めてはいるんだと思う。
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