圧の強い家族たち

 目が覚めたのは二日後。

 全部片付け終わった後だった。


 目を覚ましたら知らない部屋だった。

 声を出そうにも口の中がカラカラで、息を吸った反動で咳き込む。

 その音を聞きつけ、メイドが現れ水差しからグラスへ水を入れてくれた。体を起こすのを手伝ってくれる。

 やっと乾いた喉が潤って、声を出せる。

「何が……」

「人を呼んで参ります」

 一礼してメイドは部屋を退出する。お仕着せが王城のものだ。ということはまだここは城の中なのだろう。

 熱かった首筋からの皮膚に触る。

 今はあの痛みが嘘のように引いていた。

 触った感じでは特に違和感はない。鏡が欲しい。魔毒だとイライジャが言っていた。魔毒には色々なタイプがあるが、以前のものと同じなら、魔毒のなかでも触れるものを腐らせる腐毒の類だったはずだ。

 そこまで考えたところで、扉の外が騒がしくなる。

「男性は外で待っていらして」

 母のピシャリとした声が聞こえて、開いた扉が閉められる。

「リリアンヌ……何か違和感はある?」

 連れ立って来た男性は失礼しますと私の顎を掴み、痛みに襲われた場所を眺める。

「今は何も。肌に跡は残りますか?」

「いいえ、綺麗なものです。彼の者の能力だけは嘘ではなかったようです。ただ身体への負担とショックで少し目が覚めるのに時間がかかったようですね」

 侍医が一通り確認すると頭を垂れて退出する。すると人の塊がなだれ込んでくる。

 家族たちだ。

 代わる代わる手を取り無事を喜ぶ姿を眺める。ティファニーお義姉様までいた。お腹の子に障るから落ち着いて欲しい。

「あのあとどうなったのか教えていただけます?」

 私の質問に答えたのは父だった。

 フィニアスに飲み物を渡した者は捕らえられ、フィニアスの本当の身分は明かされた後だった。

 取り調べから、彼の命を狙ったものだということがわかり、身分を隠したままでいることが難しくなったのだ。

 本当は、来年の新年の挨拶の場で繰り広げられるはずだったことだ。未来が変わってきている。

 あのときも現場に居合わせたが、私は彼らとそこまで仲良くなかったので、同じ会場内にいたとは言え、詳しく知ったのはずっとあとだった。

 当然ながら晩餐会は中止。

「イライジャさんは?」

「彼も大丈夫だ。魔毒の影響はもうない。フィニアス様が正式に謝罪をとおっしゃっていたが、周囲の者の証言から彼らにはまったく非がないだろう? お断りしておいたよ」

 とはジャスティンお兄様。

「それは良かったです」

「身体が動くなら屋敷に帰りましょう。ドレスも準備してあるわ」

 フレデリカお義姉様が奥からドレスを抱えて現れた。

 一人足りない。

「アシュリーお兄様は?」

 家族たちは気まずそうに顔を見合わせる。

「可愛い可愛い妹がこんな目に遭って、あの人が平静でいられるはずがないでしょう? 怒り狂ってやらかして、今自宅謹慎中」

「えっ!? フィニアス様たちは悪くないですよ!!」

「もちろんよ〜、アシュリーが攻撃したのは、聖女と神殿」

 笑顔でふふふと言いながら話しているティファニーお義姉様からの圧が怖い。

「あ、物理的にじゃないわよ? 口でリリアンヌと同い年の女性を罵り倒したからね。まあ、気持ちとしてはわたくしも同じよ?」

 家族全員が頷いた。

 これは……一家丸ごと神殿に楯突いたのか!?

「ジャスティンお兄様もその場にいらっしゃったのですか……?」

「私だけではない。父も母もすぐに来たぞ」

「ジャスティンお兄様と……お母様と、怒り狂うアシュリーお兄様……」

「わたくしもいてよ、リリアンヌ」

 圧の強いときのフレデリカお義姉様……。完全に弱いものいじめ状態!!

「さあ、男性は出てお行きなさい。着替えますよ、リリアンヌ」

 お母様とお義姉様たちに身なりを整えてもらって、部屋を出ると、フィニアスがお父様と話しているところだった。

「リリアンヌ嬢!」

「フィニアス様……ご心配をおかけいたしました」

 私の首筋をチラリと見て、ホッとしてすぐ目をそらす。

「フィニアス様にはかかりませんでしたか?」

「ああ。それは大丈夫だ。……跡が残らなくて良かった」

「そう言ったわけですからフィニアス様がご心配なさることはございません」

 お父様がそう宣言すると、フィニアスは苦笑いを浮かべる。

「イライジャ様も大丈夫でしたか? ご自分も辛いところを支えてくださりありがとうございますとお伝え下さい」

 あの痛みの中よくあれだけ体が動かせたと思う。そしてあの支えがなかったら、崩れ落ちて頭を打っていたかもしれない。

「ああ、彼も大丈夫だ。伝えておく」

「さ、リリアンヌ早く屋敷に帰ろう。ゆっくり休ませたいので、失礼いたします、フィニアス様」

「ああ……リリアンヌ嬢、また」

「はい。また学園で」

 お父様の拒絶っぷりがすごい。

 まあ、娘に傷をつけられたとかそういった感情なのだろう。

 私の周りを家族がぐるりと取り囲んで馬車まで移動する。父と母と一緒の馬車に乗り込むと、すぐ走り出した。

 さて、聞いておかねばならない。

「それで、全体的な雰囲気はどのような感じですか?」

「もう少しゆっくりしてからでもいいだろう」

「たぶんわたくしが屋敷に戻ればお友だちやスカーレット様からお手紙が届くと思うので。休暇が終わるまではもう家にいるつもりですが、何かしらのやり取りは発生します」

 だから主観的な情報を手に入れたい。

 私の言葉に渋々とお父様が話し始めた。

 白の光はやはり聖属性のマーガレットの癒しの光だったそうだ。

 聖属性は何十年に一人いるかいないかで、その仕組はほとんど明かされていない。魔術式すら発現せずにただ力の塊が注がれているような状態なのだ。

 マーガレットが悲鳴を上げた通り、私の状態は皮膚が赤黒く焼けただれ、そのままでは体に穴が開くような有り様だったらしい。だがすぐさま癒されたことにより、魔毒は無効化され肌も元通りになった。イライジャの手も無事で、彼はすぐ動けるほどだったという。

 警備のものが捜索を始め、私をフィニアスが抱えて侍医の元に届けられたところで、父と母は私に付き添い、アシュリーお兄様がやらかした。

「アシュリーは、賢い子だ」

 お父様が言う。お母様もその隣で頷いている。

「いきなりリリアンヌを預けた相手であるフィニアス様を責めるようなことはしなかった。まあ、リリアンヌを届けたあとはその周りに物々しい警護の者たちがついて回ったから責める事はできなかっただろうが」

 あまりの騒ぎに他の貴族たちは早々に返された。その際、フィニアスの身分が明かされたという。

 新年のめでたい宴が中止になるだけの納得のいく理由が繕えなかったのと、フィニアスがそれを望んだそうだ。

 そして残された関係者から、貴族らしからぬ振る舞いで人の間に入ってきた挙げ句、私の持っていたグラスにぶつかりドレスに魔毒がかかったという事実が判明したところで、貴族らしい丁寧な物言いに数々の毒をまぶした上、聖女に食らわせたという。

「話の途中で、あの男爵令嬢が、『ちょっとドレスに染みを作ってやろうと思っただけだ』と口を滑らせてな……」

 え、アホだぁ……。

「つまり故意にやったことだと、護衛や多くの貴族の前で漏らしたのだ」

 前々から思っていたが、ほんとうに迂闊な人だ。

「まあ、その傷を治したのが聖女の力だったから、不問まではいかずとも大した咎めはなかった。元は毒を盛った者が悪い。それは間違いない。そして聖女の力の偉大さもまた広まった。難しいところだな」

 プラスマイナスゼロ、とまではいかないか。聖女に今まで悪感情を抱いてなかった者は、素晴らしい聖女の力の部分だけが残り、何かしら思うところがあった者はさらに深く考えることとなる。そんな気がする。

「とにかく、ご心配をおかけしました」

「何をいう。リリアンヌは何も悪くないではないか。それよりも毒に気づき、フィニアス様を救ったのだ。そなたはもっと褒められてよい。今後の王宮の空気は私がよく見ておく。残りの休暇は家でゆっくり休みなさい」

 母も隣で頷いている。

 お言葉に甘えて残りの予定は全てなしということで。

「リリー! 私が側から離れたばかりに、ごめんよぉぉ」

 大号泣のアシュリーお兄様は半日私を離してくれなかった。


 翌日から大量の手紙と見舞いの品が届いた。その中でも、スカーレット様からのバラの花束に私は歓喜の涙を流した。スカーレット様が丹精込めて育てたバラだ。

「ニーナ! 花瓶を用意して!! 一日でも長く飾るわよっ!!」

 届いた手紙に返事をしつつ、日に何度もバラを見てはニヤけているのを、ニーナに気持ちが悪いと言われた。

 失礼な!

 あらためて行われた晩餐会ではこの話で持ちきりだったそうだ。どこからか、私の手袋の、毒反応は偶然購入時居合わせたマーガレットが勧めたと言う事実が漏れて、未来を予測できる聖女という話にまでなっていた。

 予測できるなら飛び込んでくるなと。

 晩餐会にはフィニアスも参加していて、ギルベルトと並んで談笑していたそうだ。

 そして、次の日、たくさんの荷物が届いた。

 届けたのはイライジャだ。

 ニーナが呼びに来て慌てて玄関へ向かうと、騎士の正装で、イライジャが采配している真っ最中だった。

「ご無事で良かった」

「イライジャ様も、変わりなくて安心しました」

「様……なの?」

「身分を明かされたんですから、それが当然かと」

「フィニアスが寂しがってるのをバカにしたけど、バカは俺だった。リリアンヌ嬢に距離を取られるのはすごく辛いな」

「ですが……」

「守りきれなかったことを許してくれるのなら、今まで通りがいいなぁ」

 すべての荷物が運び込まれ、イライジャが胸に手を当て礼をする。

「我が主人よりお詫びの品です。受け取っていただけると幸いに存じます」

 いつの間にかお母様が隣に立っている。

「詫びることなどないと申し上げたはずですのに」

「直接的ではないにしろ、女性の肌を傷つけるようなことになって、我が主人はひどく……落ち込んでいます」

 最後のは本当なのだろう。お母様も軽く息を吐く。

「あまりお断りするのも失礼ですから、有り難く受け取りますが、これで謝罪は終わりとさせて下さい。休暇が終わったあとも、学園ではリリアンヌをよろしくお願いします」

 お母様の言葉にイライジャはパッと笑顔をのぼらせた。

「ありがとうございます。寛大な御心に感謝を」

 

 届けられた品物は、上から下まで空色だった。手袋のビジューもよりフィニアスの瞳の色に近い青だ。

「まあ、ずいぶんと積極的だこと……あの人の血圧がまた上がるわ」

「他の手袋とビジューの色が違う……二日続けて付けられない……」

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