新年のご機嫌伺いと大惨事
新年の挨拶は、家格が上の者から始まる。二日かけて行い、二日目の夜、当主または当主代理が夫婦で夜の晩餐会に出席するのだ。
謁見の間にはずらりと着飾った貴族たちが列をなし、挨拶の終わった当主たちは初日はそのまま帰る。二日目は晩餐会に出席しない者は帰るのだが、大きなホールが開放されていて、そちらで他の貴族と談笑する者も多い。
「リリー、少し話をしてから帰りたい。私と一緒にいてくれ」
ティファニーお義姉様はさすがに今年は来られなかったので、アシュリーお兄様が私をエスコートしてくれていた。父と母、ジャスティンお兄様とフレデリカお姉様も社交の旅に出ている。
初日、早々に挨拶を終えたスカーレット様は、たぶん晩餐会が始まる前に一度顔を出すと思う。この会場に来られるのは、学園に入学する年齢以上のものなので小さい子どもはいない。
親の晩餐会が終わるまでいるツワモノもいるらしい。飲み物や軽食も用意されているのでまあなんとかなりはする。
私はお兄様に言われずともスカーレット様が来るまで残るつもりだ。新年の挨拶をしなければならない。
「おお、こちらが噂のアシュリーご自慢の妹君か」
「リリアンヌ•クロフォードにございます」
「君によく似ているね。可愛らしいお嬢さんだ。たしか学園の成績も大変優秀だとか。もうお相手はいるのかな?」
「やあアシュリー、そしてリリアンヌ嬢だね。ごきげんよう。アシュリーのシスコンぶりが納得のいく可愛らしいお嬢さんだ」
「あら、アシュリーの妹君? 食べちゃいたいくらい美味しそうな唇をしているのね。どちらの口紅かしら?」
「グランド商会の新作だよ。春から販売らしい
が、連絡させようか?」
「ええぜひ」
次々話しかけてくる人たちは、ほとんどがリリアンヌを知っているようだ。
「お兄様……普段どんなお話をされているのですか?」
「うちの妹が可愛いという話をしているよ」
「わたくしの結婚相手探しをしているの??」
「まさか! リリーはずっとうちにいたらいいよ!」
「嫌ですよ」
何目的で人の話をしているのだ、この兄は。
学園の友人たちに何人か会う。スカーレット様周りはだいたいが伯爵令嬢で、すでに前日挨拶を済ませているのでここにいない者も多い。魔力練りクラブの子爵令嬢たちや、火魔術の知り合いが何人かだ。
しかし圧倒的に兄の知り合いと挨拶をして回っている。
「やあ、アシュリー。こんにちは、リリアンヌ嬢」
「やあ、ダスティン。リリアンヌこちらは――」
「ファーマー伯爵様の弟君でいらっしゃいますよね。リリアンヌ•クロフォードでございます」
私は精一杯笑顔で挨拶をする。印象! 第一印象大事!!
「アシュリーの自慢に違わず可愛らしいお嬢さんだね」
「お兄様が何を言っているのか……心配になってきました」
憂いた目線を横へ流す。
「いつも君の可愛さを話しているんだよ」
ニコニコと笑顔で答えるダスティンに、アシュリーお兄様が私の腕を取る。
「ダスティン悪いけど失礼するね、また」
「ああ。リリアンヌ嬢もまたね」
「失礼いたします」
兄に引っ張られて退散だ。
「ちょっとリリアンヌ、今の態度何? え、あーゆうのが好みなの?」
「お兄様こそ、わたくしの主張お忘れですか? 国政に関わり、伯爵家の次男の第二夫人あたりを狙っていると言ったでしょ?」
「り、リリー、お前は……え、まさかもう嫁ぎ先選別してるの!?」
「もちろんしておりますよっ!」
「何をしているんだリリー!」
壁際でコソコソ話しているところに、笑いを含んだ挨拶が振ってくる。
「新年おめでとうございます、アシュリー様、リリアンヌ嬢」
正装のフィニアスはそれはもう完璧に完璧だった。さすが隠れ王子様。隣にはイライジャも騎士の正装をしていた。二人とも背が高いので映える。
「新年おめでとう、リリアンヌ嬢。お兄様のアシュリー様ですね? イライジャ•エフモントです。先日はフィニアスが大変お世話になったとか」
「新年おめでとう。アシュリー•クロフォードだ。お世話になったのはリリアンヌの方だよ。完璧なエスコートに感謝してる」
「また機会があれば完璧にエスコートしてみせます。今日のドレスも素敵だね」
「ありがとうございます」
ニーナが本日も死力を尽くしてくれた。新しいドレスに新しい宝飾品。全部新調している。そこまでしなくてもと思ったが、貴族としての最低限だとか。特にうちは子爵の中では経営が上手くいっている方だった。
「新しい手袋だね。魔力を通すものかな?」
「この間、兄と買いに行ってきました」
「百合の花、素敵だね。リリアンヌ嬢が刺したの?」
「刺繍は苦手で……」
「いや、上手にできているよ」
え、あ、違う。違うの。苦手だから外注……。
「本当に上手だ。私の手袋にも刺してもらいたいくらいだ」
とはイライジャ。フィニアスに間髪入れず肘打ちされてる。
お兄様が面白そうに眺めている。まずいこのままだと刺繍が得意になってしまう!!
私が否定の言葉を述べようとしたところに、お兄様へ声がかかる。
「少しリリアンヌを預けてもいいか? すぐ戻る」
「ええ、お任せください」
フィニアスの言葉にイライジャも頷く。
「ではよろしく頼む」
お兄様があちらの男性の輪に混ざった姿を見届けて、イライジャが口を尖らせた。
「フィニアスが抜け駆けしたでしょう」
「素材採取ですよね? イライジャさんは用事があったんですか?」
「うん……国を出てた」
「それは、さすがに無理ですねぇ」
「まだ休暇になってないときから約束してたんでしょ? フィニアスがわざと隠してて――」
「言ってもどうせ一緒には行けなかったろ?」
「そうだけどさぁー」
知ってるのと知らないのは違うと文句を言っている。
「ふふ、また春の素材採取がありますから、都合が合えばお願いします」
「もちろん! どうせフィニアスも行くんだろ?」
自分は護衛だからと口には出さないセリフが聞こえた。
「ぜひ」
「お礼を考えなければなりませんね」
「また試験勉強見てよ」
「それでいいなら」
イライジャ頑張ってるし、来年はBクラスに上がれるんじゃないかな?
「じゃあ私は――また一緒に観劇に」
「あ、それ! ずるい! リリアンヌ嬢と抜け駆けデートしてるし」
「一緒に公演を観に行っただけですよ?」
「だけ、じゃないよ……」
イライジャがションボリしてる。私は笑って流す。ほんと、来年どうなるかわからない。まだ年が始まったばかりだし、二人に迷惑は掛けられない。
と、会場の出入り口がざわついた。
何事かと思えば、噂の聖女様だ。駆け寄るのは学園でも彼女の周りをうろついている面々だった。かなり離れているが、白をベースとして青い花をあしらったドレスのようだ。わけわからない時を除けば、ほんとうに可愛らしいのだ。あちらこちらで聖女と囁きが交わされる。
「ドリンクはいかがでしょうか」
思わずマーガレットに注目していたが、会場のあちらこちらで提供されている飲み物が目の前に差し出される。トレイにたくさんの赤い飲み物が載っていた。
「リリアンヌ嬢は?」
「いただきます」
フィニアスがトレイからグラスを取ると、渡してくれた。
「どうぞごゆっくり」
その語尾に違和感を覚え振り返るが、彼は次のまとまりへと向かい、また飲み物を進めている。未成年に見えるまとまりへと渡しているようだ。
「ではかんぱ――」
「フィニアス、わがままを言って良い?」
二人揃って瞳を瞬かせる。
口をつける寸前で止めることができた。やはり呼び捨ては、無礼なことだ。けれどわたしはそのまま続けた。これが緊急なのだと二人に伝わるように。
「グラス取り替えっこしよ?」
「グラス?」
あの男の言葉の語尾が、最初にフィニアスたちと遭った時の訛りに似ていた。
「私の手袋、オプションに毒反応が付いています」
二人の顔が険しくなる。
「今の男性、少し訛りがありました」
「訛り……」
イライジャがそちらを見るが、すでに人混みに紛れて見つからない。
「いいよ、取り替えっこだ」
グラスを交換する。受け取った側から、私の手袋の甲の部分に魔術式が浮かび上がる。
「……イライジャさんがお忙しかったことに関係がありますか?」
「ある、だろうな」
まったく同じように見えるグラスにどうやってと思うが、今はとにかくこれを然るべきところへ持っていかねば。
「アシュリーお兄様に――」
「新年おめでとうございます! フィニアス様、イライジャ様」
ドンっと、掲げていたグラスにぶつかってきた。
目の前のグラスに集中していて、まさかこの短時間でこれだけ距離を詰められているとは気付いてなかった。
グラスの中身がこちら側へ飛び散る。
その殆どが私のドレスに吸い込まれていく。
咄嗟に目を閉じて顔を背けた。
けれど、飲み物が首筋あたりからの肌に触れる。
その途端、皮膚が燃えた。
燃えるような痛みが襲ってくる。
「あ、ああああっっっ」
熱い!!
飲み物が触れた部分が熱くて痛くて、堪らずグラスを落とす。
「何よ! そんな大げさ――」
振り返ったマーガレットの目が見開かれる。
「リリアンヌ!!」
フィニアスの手が伸びてくるが、それをイライジャが止めた。
割り込んできた時、ぶつかるマーガレットを押さえようとしたイライジャの手にも、飲み物の飛沫が飛んでいる。手袋の生地はドレスほど厚くない。
「魔毒だ、お前が触れるな!」
あまりの痛みに立っていられず崩れ落ちるところをイライジャが抱きとめるが、彼の腕も震えて支えきれず共に倒れる。
「何それ! なんでそんな事になってるの!?」
恐怖に染まったマーガレットの顔が歪む。
私の肌がどうなっているのか、まったくわからない。ただ、とにかく痛みが体の芯まで襲ってきて、令嬢らしからぬ叫びとも言えない、声を上げるしかなかった。
「くっぁっっっ」
「イライジャ!!」
フィニアスが叫ぶ。
「なんで、なんで今なの……」
そんなマーガレットのつぶやきが、耳元で聞こえた。
そして、真っ白の、あの光に視界が塗りつぶされる。
引く痛みとともに、私の意識も消え失せた。
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