魔力は増やしてなんぼ

 水の日がきた。

 ユールに勧められる本は、だんだん専門色の強いものになってきている。十二歳児にこんなものを貸すなと思うのだが、興味はあるのでつい読み耽る。学園の二年生までの下地があるのでわりと読めるので結局面白くなってしまう。

 初めは自宅でも手に入れやすかったが、今は魔塔の図書館から貸出手続きをして借りていた。

「スカーレット様、こちらお兄様のお勧め本です」

「あら、シュワダー•レフサーの作品なのね。ありがとう」

「シュワダー•レフサーというのは聞いたことのない作家だな」

 公爵邸に待ち合わせをしてグスマン伯爵が迎えに来てくれるのだが、その前にラングウェル公爵も一緒にお茶をすることが多い。

「恋愛小説家なのです。とても素敵なお話が多いのですよ?」

「わたくしたちが魔塔へ行っている間に、ぜひ公爵様も読んで感想を聞かせせてください」

 すかさず勧めてみる。笑顔でなく真顔の私に何か思うことがあったのか、公爵はそうだねと頷いた。



 最近魔塔では、デクランも一緒に映写機の魔導具開発に取り組んでいた。静止画を写し取ることには成功しつつあった。

「若者のアイデアってすごい……」

「すごいのはユール様ですよ。ちょっと言ってみたことを確実に再現していくんですから!」

 あの無愛想はどこへ消えたと問い詰めたい。デクランのユール持ち上げがすごい。目がキラキラしてる。尊敬の念が溢れ出ていた。

「この魔術式もとても判り易くて美しいです」

 ウットリしてる……。私はそこまで嵌まれないな、と思っていたら、隣でスカーレット様もウットリしてる。

 ええー、どういうこと? ちらりと魔塔主を見れば、口元にほんのり笑みがのぼっている。

 しかもスカーレット様の学びの姿勢がすごい。たぶんあと数ヶ月で魔道具に関することは、基礎のあった私を超える。

 ちなみに、私の魔力回路は完成したので、最近またこっそりと魔力を練っていた。そしてバレた。魔力量を抜き打ちで測られて、普通ではあり得ない増え方をしているとご指摘を受ける。

「君は、懲りないたちだな」

「スカーレット様の護衛魔術師になるのもいいかなって思いまして……」

「確かに護衛魔術師になるにはもう少し魔力が欲しいところだな。しかし、放出孔が開いたとはいえ、君はまだ十二歳だ。監督者がいないところでやるべきではない」

 でも、我が家には見張ってくれる魔術師がいないのだ。こっそりバレないようにやって、これからもあとから怒られよう。練り方は十分わかっているし。

「……やってしまえば問題ないと思っているだろう」

 ギクぅぅ……。

 こちらの反応で思っていたことが丸バレしてしまう。

「やるならここでやりなさい。私が見ている」

「いいのですか?」

 家では暴走懸念で思い切りできない。大丈夫だと思うが探り探りでやっていた。グスマン伯爵がいるのならば最悪の事態も避けられる。

「リリアンヌ嬢は、言うほど魔導具に興味ないだろ」

「まあ、作るよりも魔術を使う方が今から楽しみです」

「ならばこの時間を魔力を練る時間に当てなさい。その代わり家ではやらないこと」

 三人は真剣にああでもないこうでもないと討論していた。たしかにあの中に入っていく気は全く起きない。

「ありがとうございます!」

 思い切りやる!

 体内にある魔力を循環させ巡らせることにより、少しずつ体内にある魔力が増えてくるのだ。

 手袋を外し、両手を合わせる。

 人前で女性が手袋を外すのは本来は避けられるべきことなのだが、魔術の授業になると少し変わってくる。

 手のひらにある放出孔から魔力を吸い上げ、魔力を放つ。手袋をしているとそれができなくなるので、吸い上げる道具として杖を使うのだ。杖は強力な魔力集約具で、手袋程度の遮蔽物は問題なかった。

 しかし、自分の杖を作るのは一年の後半だ。前半は恥ずかしがりながらも手袋を外すこととなるのだ。

「先日も思ったが……思い切りがいいな」

 視線の先には手袋がある。

「そう、ですね。わたくしはなにも後ろ指さされるような拙いことをしているとは思っていませんし……今貞操を守るような相手がいませんから」

 相手の魔力を味わいながら行為をすることで、子をなすことができる。魔力を味わうのは口づけか、手のひらの放出孔からだ。

 だから女性は自己防衛ということで手袋をし、男性も女性を思いやってという体で手袋をする者が多い。婚約者のいる者は、婚約者以外と触れ合わないということで手袋をする。

 この場ではユールも含めて魔力を使わない時は手袋をしていた。

「今は婚約者がいなくとも、将来は違うだろう。子爵とは言え、そなたの家はそれなりに保っている。同じ子爵、あるいは伯爵家からも望まれるレベルだ」

 将来……正直この言葉にピンとこないのだ。私の将来はあの二年の星降る宴で止まっている。

「先日、魔力回路を調べたとき、そなたは私の魔力にそれほど拒絶反応を示さなかったな……親と子の魔力の色は似る。うちのデクランの嫁にどうだ?」

 私は十二歳児だ。

 中身はもう少し年をとっているが、表情筋は追いついていない。

 瞬間的な私の表情に、グスマン伯爵はすまなかったと謝罪を述べた。

 夫となる人が魔導具狂いでは困るのだ。魔塔主なら話は別だが。

「誤解しないでいただきたいのですが、デクラン様が嫌だとかではなく、わたくしが夫に望むのは城での役職を持ち、少しでもスカーレット様のお役に立てるような情報を得てくる方なのです」

 すると、先日見せた複雑な表情で私を見つめる。

「君は……まあいい。さあ、あまり時間はないぞ」

 お言葉に甘えて魔力の練りを始めた。

右手のひらからはじまり、体内を魔力の塊を作り巡らせる。その際少しずつ魔力をぎゅっと集めて細くするのだ。

 濃い魔力は回路を刺激しさらなる魔力を産む。

 ただ、加減を間違えると、現在耐えうる魔力量を超え、暴走する。抑えきれない魔力に身体が耐えきれなくなるのだ。

 私はこのギリギリ限界の少し下限を狙ってコソコソと魔力を増やしていた。

 だが魔塔主が見ていてくれるなら遠慮することはない。思い切りやってギリギリの上限を探る。

「リリアンヌ! そこまでにしなさい!!」

 突然肩を掴まれてハッと目を開ける。

 今まで練っていた魔力が暴れだしそうになったので、体の方々へ散らす。

「君には、本当に驚かされる……」

「ええっと……でも暴走してませんでしたよね?」

「いつするかとハラハラし通しだ! 時間の感覚がないだろう? もうすぐ帰宅時間だぞ」

「あらまあ……」

 あれから三時間か。ずいぶん飛んだ。

「グスマン伯爵様が見ていてくださったからここまでできましたね」

 にこりと微笑んでみるが、あちらの眉間の皺は取れそうになかった。

 手袋をして、椅子から立ち上がろうとするが身体がとても重い。

「立てる君に驚きだ。ギリギリまで座っていなさい」


 スカーレット様たちはまた一歩進んだようで、とても有意義な時間となったようだ。

 皆が笑顔で私も嬉しい。

 ユールも貴族二人に囲まれ物怖じするのかと思いきや、魔導具談義が始まるとそんなものは関係ないとばかりにがっつり話し合っていた。正直リリアンヌがここに来る必要性について考え出していたので、魔力増加をできるのは嬉しかった。

 しかし、魔塔主の貴重なお時間を良いのだろうか?

 気になるところだが、とても有意義だったのでまたお願いしたい。


 グスマン伯爵の転移でラングウェル公爵邸へ飛ぶと、そのまま別れの挨拶をして馬車で自宅へ戻る。

 のはずなのだが、なぜかラングウェル公爵とグスマン伯爵が乗り込んできた。

 ガタイのいい大人二人とか、狭っ!! この馬車うちの馬車なのだ。子爵の馬車なんてせませまですよ。

「ええっと?」

「少し話し合いが必要そうでな。パーシー外してくれないか?」

「私もクロフォード子爵に忠告しなければならん」

「忠告?」

「娘がむちゃくちゃな魔力練り上げをしているとな」

「何!? 君はまたそんなことを」

 隣と前から順番に怒られるの辛い。

「もういい。パーシーが行かねばならぬのもわかった。……リリアンヌ、あの小説は誰に貸す予定だ?」

「スカーレット様の次はカタリーナ様ですね」

「やはりか……」

「カタリーナ様、わりと多芸なのです。刺繍もレース編みも乗馬も。人に教えることもお上手でした」

「家門のバランスというものがある」

「ですが、誰もが手を出さないではありませんか。婚約者がない状態で学園に入学することの方が、色々と波乱が起きて大変だと思うのです」

 いやホント。そのせいであの女にたぶらかされたと言っても過言ではない。

 というか、兄であるクソ殿下とマーガレットがあんな風にイチャイチャしてるのを見ていて何を考えているのだろう?

 きっちりお相手が決まっていたら、兄弟揃って同じ女にたぶらかされることもなくなると思うのだが。

「このまま入学したら何かが起きそうだと言うのか?」

「兄であるク……ギルベルト殿下がシッカリと学園内を統率できたら良いのですが、正直どのような方なのか私は存じ上げませんし、憂いは潰しておきたいなと」

「スカーレットのためにか」

「ええ。スカーレット様のためにです。わたくし、スカーレット様に楽しい学園生活を送っていただきたいのです。王妃となればなかなか楽しむ生活だけとは言い難くなるでしょうし、授業のない陽の日は王城に上がるんですよね? なるべく他のことには気を揉まなくてよいようにしたいです。学園生活がスカーレット様の全力で楽しめる最後の時間かもしれませんから」

 まあ、王妃にならないように婚約破棄しなければなりませんがねっ!

 ふぅ、とラングウェル公爵は深く息を吐き、背もたれへ身を預ける。

 グスマン伯爵は例の複雑そうな顔。

「スカーレットは幸せ者だな」

 ポツリと呟いた言葉の真意を聞き返す前に馬車が止まった。


 突然の公爵と伯爵の来訪に父は目を白黒させつつ応接間へと向かった。私はそれではと下がろうとするが、同行するように言われる。もうお腹が空いたので夕食へと向かいたかった。まあ、二人の相手を父がするので食べられなさそうだが。最悪の場合はみんなで夕飯だ。厨房がその可能性に大忙しだろう。となると、私は一緒に食事とはならないかもしれない。その方が気楽でいいな。

 話の内容はグスマン伯爵からは先ほど告げられた通りだ。家では絶対にやらないように厳命された。兄の教本も見せないように言われた。史学や算術は問題ないが、魔術に関するものは与えないよう釘をさされてしまった。余計なことをして家を吹き飛ばす可能性があるとか、そんなことはさすがにしない! たぶん。

 父は顔を真っ青にして必ず監視すると宣言した。

 監視されてしまう。くっ……。

 そこで私は部屋から退出した。グスマン伯爵も一緒だ。

「週に一度でもかなり違うだろう。入学すれば学園には教師がいる。もし暴走してもすぐに駆けつけてくれる。だから絶対にやってはダメだ。宣誓契約を結ばなくてはダメかな?」

「いえっ! さすがに自重します……」

「それでは私は先に失礼する」

 グスマン伯爵は杖を振るって転移していった。

 メイドに促され、食堂へ向かうと母が席に着いていた。

 メイドたちが準備を始める。

「いつまでかかるか分かりませんから、先に始めましょう」

「はい。もうお腹が空いてしまって」

 空腹は美味しい夕飯をさらに美味しくしてくれる。

「今日の魔塔はどうでしたか?」

「皆様楽しそうに魔導具開発をしておりました」

「……あなたは何をしていたの?」

「わ、わたくしは……」

 蛇に睨まれ、冷や汗が背中を伝った。

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