第二王子のお相手を探せ!!

 魔塔のユールは最高でした。

 求められて開発していると言っているが、それに応えられる力量を持っているのが素晴らしい。

 私は学園生活を二年まで過ごしたので、描かれていた魔導式もある程度までは解る。けれどスカーレット様はまごうことなき十二歳児。髪色を変える魔導具を頂いたときに基礎の基礎を学ぶことを促したので全くの無知ではないが、それでも研究家からしたら赤子も同然だ。

 しかしユールはそれを嫌がることなく判り易い言葉で説明しようと努力してくれる。

 帰りにおすすめの教本のメモを渡してくれた。

「入学前ですから、もちろんわからなくて当然ですが、ここらへんを一通り目を通しておくともう少し楽しめると思います」

 そしてもう一枚メモを。

「リリアンヌ嬢はこちらの本を。あなたは基礎はもう理解しているようですから、もう少し応用を学ぶべきです」

 えーっ……なぜバレた?

「なぜバレたというような顔をしているが、バレバレだぞ。また君の兄上の仕業か?」

 グスマン伯爵がギロリと睨んでくる。

「兄は、終わった事柄に対してあまり興味はないのです……」

「学園の教本はのちのちも為になるのだがな」

 兄様、ごめんなさい!

 それにしても映写機。大変興味深いと言うか、必ず開発して頂きましょう。よくよく聞いてみれば本当に絵のような静止した場面も切り取れるし、われわれが話している風景も連続して写し取ることが可能だそうだ。

 完成すれば。

 ええ、完成させていただこうではありませんか!

 将来に備え、必ず作り上げていただきます。

 常々考えていたのです。

 その場にいたのいないの、見たの見てないのと人の口でしか証拠がないことに。

 かならずこれを利用し、スカーレット様に有利になるような流れを作り上げてみせる!

 次回からは女性の護衛を伴いお邪魔することとなった。


 月に一度のお茶会は、まだ子どもたちだけでは開けない。なので母親に便乗するしかなかった。同い年の令嬢のいる方を集めてもらって、ラングウェル公爵邸でお茶会だ。私たちは別室にしてもらう。

 今回は一番はじめの時の刺繍レース編みにした。すると、貴族の子女の教育の一環で、みなそれなりの技術はあるので、和気あいあいとなかなか良い雰囲気だった。

 次のお茶会のときも何かしないかというスカーレット様の提案に、皆が乗り気だ。

「別に得意なことでなくても良いの。皆で楽しめればね。それに、苦手なことも得意になり、あまり好きでないことも好きになるきっかけがあるかもしれないでしょう?」

 スカーレット様と私がやっていたときのように、順番でやりたいことを決めることにした。

 意外だったのが、あの引っ込み思案なカタリーナが割となんでも上手にこなす。わからないところを教えるのも上手い。

 カタリーナはあとは気持ちかな? もう少し自分に自信を持てたら化ける気がする。

 実はカタリーナ、割と力強めの伯爵令嬢だ。

 公爵は五家。それぞれに縁を結んでいる貴族はたくさんいるが、一番力のあるのがもちろんラングウェル公爵家だ。王太子の婚約者を出したということでそれがさらに強まった。

 私のこの先の目標の一つに、あの日、マーガレットの周りにいた男たちを一人でも数を減らすということがある。

 婚約者を持つ者たちは、一年のうちに彼らの仲をガチガチに固めればいいと思う。

 問題はお相手のいない人たちだ。

 魔塔の息子デクラン。男爵令息のフィニアスと、よく一緒にいる騎士のイライジャ、そして第二王子オズモンド。

 デクランはよくわからない。あの年から魔塔に出入りしているところを見ると、何か目標があるのかもしれない。フィニアスやイライジャは身分が低く、あの時点でお相手はいなかった。

 問題はオズモンドだ。

 彼は少し可哀想な状態だった王子である。もちろん婚約者はいた。

 しかし、前の年にひとつ下の公爵令嬢であった婚約者が、流行り病で亡くなってしまったのだ。

 直ぐに次の人を決めるというわけにもいかず、そうこうしている間に公爵家や年齢的に釣り合う年下の伯爵令嬢たちはお相手が決まりつつあった。

 第二王子というのも伯爵たちから取り結んだ婚約を破棄してまで望む、有意義な結婚相手にはならなかったのだろう。

 この国は基本長子が次期王となる。第二王子はあくまでスペアなのだ。

 そこでカタリーナである。

 伯爵としての力は強いが、なぜかまだ婚約者を準備してはいなかった。話をしてるとどうやらカタリーナの性格ゆえの部分があるようだ。

 カタリーナの父であるオーラン伯爵は、ラングウェル公爵に負けず劣らずの娘ラブらしい。同じ派閥というか、ラングウェル公爵家の傘下にあるのだから、その筋の伯爵家や、子爵家から婿取りをしてもいいと思っている。むしろ婿を取りたいと思っている。カタリーナを大切にして、家の乗っ取りを考えないような令息を、とないものねだりの毎日だそうだ。

 オズモンドの相手にどうだろうか?

 やがてはあのクソ殿下とは何が何でも婚約破棄していただきたい。そうなると、第二王子のお相手にこちらの派閥の者がいたほうがいい。

 そのためには――、

「リリアンヌ!」

「は、はい! スカーレット様のおっしゃる通りです」

「もう……あなたねぇ……」

 今日はカタリーナ主催の朗読会だ。場所はもちろん公爵邸。自分の好きな本を持ち寄り、好きなシーンを読み聞かせる。そして気になるなら本を借りで読むのだ。本を媒介とした交流会である。

「考え事をしだすとどんどん深みにはまるのは知っていますけど、あとにしてくださる? 今は皆で本を読んでいる最中でしょう?」

「申し訳ございません」

 大失態である。

「次はあなたが読む番よ、リリアンヌ」

「はい、それではわたくしは、最近平民の間で流行っていると噂の王子と男爵令嬢の恋物語を……」

 最近教本やユールに勧められた学術書しか読んでいないので、いざ本をと言われて困ったのだ。そして頼るは兄である。

 会の趣旨を説明したところ、読む場所まで指定して貸してくれたのがこれだ。

 身分差の恋というやつらしい。

 さすが兄!

 集まった十二人の令嬢たちだけでなく、周りに控えているメイドたちまでメロメロになる内容だった。

 私は王子と男爵令嬢というところでイライラが出てきてしまい、抑えるのに必死。過去、いや未来の出来事が重なるので冷めた目で皆に読み聞かせていた。

 最後に借りたい本の主張がなされるのだが、兄チョイスの本が一番選ばれた。まさかのスカーレット様もご所望だ。

 こんなとき普通なら身分という話になるのだが、スカーレット様がそれではダメだとくじ引きをすることになった。紐の先の結び目が少ない順だ。

 出会った頃のスカーレット様なら間違いなく一番を奪い取っていただろう。

 その後、この読書会が流行ることとなるのはまた別の話。



 さて、思いついたことを現実にするため、私はやる! やるしかない。なんとかこれから良い案を捻り出すのだ! つまりノープラン!

 秘密日記を前に、覚えている限りの第二王子に関する知識を絞り出していた。

 他国の姫君とという話が上がったと、スカーレット様から聞かされたのは覚えている。

 正直学年も違うし、王太子の地位を狙うような気概はなさそうだという話しは知っている。まともに顔を見たのはあの日だけだ。学園内でクソ殿下と接触しているのも見たことがなかった。

 もう少し近くで拝見して傾向と対策を考えたいのだが……。

 とりあえず仮想婚約者にカタリーナを勝手に立てたとする。彼女にどのようにその気にさせるかだ。

 一つ策は考えた。ただ、よいものがあるか、それが問題だ。

 リリアンヌはペンを走らせる。

「ニーナ! このお手紙をアシュリーお兄様に渡してちょうだい?」

 会って話をしたいというメモだ。

 アシュリーお兄様は次男で、結婚して領地にはいかず、タウンハウスで暮らしながら城で文官として勤めている。奥さんであるティファニーも同じく城で勤めていたが、先日子どもができて退職した。普通は結婚と同時に辞めるのだが、ティファニーは経済観念がしっかりとしている方だった。女性と言えども子爵ではなるべく稼ぐ方が良いのだと兄はもちろん父や母をも説得していた。しっかり者で、ちゃらんぽらんな兄にはもったいない女性だなと思う。

 兄とは、同じ屋敷にいるのだが仕事のせいかなかなか会うことが難しいのだ。勝手に兄の書斎に入って教本を覗くのは会えないから仕方ないよね、ということでもあった。

 夕飯を終え、湯浴みもしてすっかり就寝準備が整った頃、リリアンヌの部屋の扉がノックされた。尋ねると、俺だよ〜と軽い兄の声がする。

「お兄様。今日も、遅いですね。お疲れ様です」

「ねーめちゃくちゃ疲れたよ〜。リリー、兄ちゃんお仕事向いてないかも〜」

「実はお兄様にお聞きしたいことがありまして」

「リリー、お兄ちゃんの話聞いてくれないよね〜」

 兄も父に似て甘顔系。中身は誰に似たのかのらりくらりのゆるゆる系だ。

「お兄様のおすすめ本は令嬢たちの胸を撃ち抜きまくっております」

「そうだろうそうだろう。この百戦錬磨恋愛マスターが――」

「お義姉さまに言いますよ?」

 恋愛マスターはお義姉さまにはめっぽう弱い。

「で、新しい本かい?」

「今度は少し内容を指定したいのです。『王子様と奥手な伯爵令嬢の恋』」

「めちゃくちゃピンポイントだね、リリー」

「需要があるのです」

「うーん……奥手なの?」

「内気かもしれません」

 うーんうーんと唸っていたお兄様は、一週間だけ待ってくれと言って、夜の訪問を終えた。


 一週間経ち、ニーナが預かりものだと本を持ってきた。

 とても美しい表紙で、大人にはなりきれていなさそうな青年と、可愛らしい少女が見つめ合っているものだった。

「お望みの出来になっているか、一度読んで感想も欲しいそうです」

「なぜわたくしの感想が? まあ、今日は午前中こちらを読んで過ごしますね」

 ソファでゆったり読書だ。斜め読みでいいだろうと思っていたのだが、恐ろしいまでにカタリーナを体現していて、これを探し出したお兄様はいったい何者だ?

 作者はシュワダー•レフサー。変わった名前だ。

 そう言えば、兄に勧められた本の中にこのシュワダー•レフサーの本がいくつもあった気がする。

 次の集まりはお菓子作りを一緒にすることとなった。ラングウェル公爵邸の厨房を借りてのことだ。

 一週間ほどあとになるので、とりあえずスカーレット様にこの本を読んでいただこう。

 どちらかというと、公爵の目に留まって欲しいのだが、上手くいくだろうか?

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