敗北魔王のリベリオン
中尾タイチ
第1話 王の亡き国
──この国の魔王は死んだ。
魔人国家インフェルドの初代魔王であるゼロ=ドラグロードが、三百年あまりの生涯に幕を閉じてから、早くも三年の月日が経つ。
ゼロの死後、インフェルドでは亡き魔王の側近らによる領土争い、王の後継を巡っての争いが勃発した。
内戦はやがてインフェルド全域に広がり、混沌の時代を迎えていた。
──────
ここはインフェルドの中心に位置するサンタマリア領。
領土内で最も大きな街の中にある屋敷の一室。
レオ=ウルガノは、自身にとっては大きな、側からみれば何とも小さな戦いの真っ最中であった。
「──レオよ。そろそろ観念して出てきたらどうだ」
部屋の外から声の主が語りかけてくる。
俺はここ三年ほど、部屋に引きこもりがちだった。
明確な理由があるわけではないのだが、ここ数年の間、自分というものがわからなかった。
そんな俺の部屋の前に突然現れた招かれざる客。突然部屋から出ろという。怖すぎる。
ここを突破されてしまったら最後、俺はどうなるかわからない。最悪、家を追い出されるかもしれない。
ここはなんとしてでも、俺が三年間の引きこもり生活で培った経験と知識をフルに活用し、乗り越えなければならない。これはそういう戦いなんだ。多分。
「俺はここから出ない。俺の意志は変わらない。諦めて帰れ‼︎」
全力で凄んだつもりだったが……。
普段あまり声を出さないせいか、悲しきかな、なんとも頼りない声である。
「あくまで聞く耳は持たず……か。ならば仕方あるまい。できれば手荒な真似はしたくなかったが……」
声の主の声音が一層低くなる。まずいか?
「い、一体なにを──」
ズドオオオオオオオオン!!!!
扉の外から凄まじい轟音がしたかと思えば、屋敷全体が揺れる地響きが伝わってくる。
恐ろしい怪力っぷりだ。もしあれをこの身に喰らったらと思うと血の気が引く。
──しかし、屋敷を揺らすほどの攻撃を受けた当の扉はぴくりともしていない。
俺はそれを見て思わず笑みがこぼれた。
「……はっはっは! 俺の結界魔法の前では、かつての魔王の右腕様もなす術がないらしい! いつまでも威張ってないでそろそろ隠居でもしたらどうだ!」
俺は自室に立て籠もる際、部屋の周りに結界魔法を発動していた。
我ながらよくできた結界だ。俺の引きこもりライフを支えてくれた心強き相棒である。
「調子に……のるなァァーーー!!!!!!」
俺が優越感に浸りながら高らかに笑っていると、
けたたましい怒号と共に衝撃波が巻き起こり、部屋の扉が俺の結界ごと吹き飛んだ。
ついでに俺も吹き飛んだ。距離にして五メートルくらいか。
無惨に破壊された扉の向こう側には、荒々しい銀髪を短く刈り込み、緑色の鋭い眼光を光らせる巨漢の魔人の姿。
彼こそが、サンタマリア領主にして、かつては魔王ゼロの右腕として、数多の戦場を魔王と共にした男。
ラーク=ウルガノ。俺の父親。
そんな彼が、憤怒の形相でこちらに迫ってきていた。
──前言撤回。引退なんてしなくていいだろう。絶対に。
──────
「レオよ、お前には色々と話さねばならんことがあるのだ」
「待て待て、待ってくれ親父殿よ。なんで俺は縛られてるんだ?」
「こうでもせんとすぐ逃げ出すだろうお前は、そこで大人しく話を聞いていろ」
──ここはラークの自室。
部屋の中央にある革張りの椅子にラークが腰掛けている。
俺はその正面に、手足を拘束されたまま座らされていた。ひどい扱いである。
……実際隙を見て逃げるつもりだったが。
「──まず話さねばならんのはこの国の現状についてだ。ゼロ様が亡くなられてからの三年間、インフェルドで内戦が起きているのは知っているか」
「魔人でそれを知らんやつもいないだろう。確か名前は…ルベ…ルバ……?」
「ルベリアル=グリフォード、この内戦を引き起こしている張本人の名だ。魔人なら覚えておけ」
そのままラークが、この国の現状について話し始める。
魔王ゼロには七人の側近がいた。この七人は通称、大魔人と呼ばれ、その中にラークとルベリアルも名を連ねていた。
七人の大魔人にはそれぞれに領土と領民が与えられ、それぞれが領主として治めている。
そのためインフェルド国は七つの区域に分けられていた。
しかしこれは魔王ゼロが健在だった頃の話で、魔王亡き今、大魔人の動きは様々であった。
領土を放棄しどこかへ消えた者、ある者は無関心。他の領主に与する者、沈黙を続ける者。
そして領土を拡大しようと野心を燃やす者。それがルベリアルだった。
「そのルベリアルって男は、どんな奴なんだ?」
「ルベリアルは、ゼロ様がご健在であられた時には、謙虚で静かな男だった。何を考えているのかわからない不気味さはあったが…少なくとも内戦を起こすような者には見えなかった」
「そんな奴が、魔王様が死んだ途端に豹変か…恐ろしい話だな」
魔王ゼロが亡くなる数週間前、大魔人達を集めたゼロは、自身の後継をラーク=ウルガノとすると遺した。
そしてゼロの死後、ルベリアルがこれに反発、自身こそ王に相応しいと名を挙げた。
これによりラークとルベリアル、両者間での対立が始まり内戦が勃発。
内戦は長期戦となり、現在に至るという。
「他の魔人達はルベリアルを止めなかったのか?」
「うむ……私が次の王となる事をよく思わない者も多かったようだな」
ラークがバツの悪そうな顔で呟く。
な、なんということだ……。
「親父…嫌われてたんだな……」
「やかましい‼︎ 放っておけ‼︎」
とは言ったものの、俺は大魔人達の感情がわからないこともなかった。
父、ラークは優しい男だった。領民達や配下からも、慕われている姿を、何度か見てきた。
俺がまだ小さい頃、魔人族は欲の深い種族だと、誰かが教えてくれたことがあった。
……あれは誰が教えてくれたんだっけ?
──とにかく、そんな欲の深い種族である魔人だ。どこか魔人らしからぬ性根の父が王になることが、つまらないと思われるのも理解できない話ではない。
「しかし、魔王様も魔王様だよな。こういうことが起こる事を想定して、自分の子供でも遺しておけばよかったのにな。」
俺が冗談めかしくそう呟くと、ラークが目を丸くしてこちらを見ていた。何かまずいことを言ってしまったのだろうか。
「レオ、その事なのだが……」
しばらく黙っていたラークが口を開き、何かを言いかけたその時──。
「ラーク様はおられますか!!!」
部屋の扉がものすごい勢いで開かれた後
ラークの配下達数名がなだれ込んできた。
「何事だ。」
ラークが立ち上がり配下達に目をやる。
「敵襲です! 我が領の東、北、南、三方向より軍勢あり。ルベリアル殿の軍勢に加え、少なくとも2名以上の大魔人殿がいると思われます!」
「……敵のおおよその数と、すぐに動ける我が軍のおおよその数はわかるか」
「我が軍およそ一万。敵勢は……少なくとも……五万以上。」
「──そうか、わかった。」
「広場に兵を集めてくれ。私もすぐに行く。」
「承知いたしました! すぐに!」
配下達が出ていった後、ラークは俺の拘束を解き始めた。
「お、おい親父……どうするつもり──」
「悠長に話している暇はない。亡き魔王ゼロ様の命に従い、私は今からあなたを逃がす」
「よいですな──魔王レオ様」
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