げに恐ろしきは先入観

なぎ

誠二と麻里は、不仲ということになっている

 祐也は、今、大学近くのマンションで暮らしている。その祐也の部屋に、ご近所さんでもなんでもない友人・水原誠二が訪ねてきた時、祐也は一瞬だけ、嫌な予感がした。

 廊下に困ったような様子でたたずんでいる誠二を一瞥してから、祐也は眉を寄せて誠二に言った。

「今、部屋に加奈子と司と華さんがいるぞ」

「あ~、まあ、予想はしてた」

「なんだ、それ。何か相談事か?」

 加奈子と司と華は、祐也や誠二と同じ大学に通っている共通の友達だ。祐也の住んでいるマンションが、彼らの通う大学からとても近い場所にあるため、暇さえあればしょっちゅうこの部屋にやってくる。

 課題期間なんてひどいもので、もはや祐也の部屋を自習室か何かだと思っているようなメンバーたちなのだが、その分、助けてくれることも多いので、今のところ、目をつぶっている。


 祐也の言葉に、誠二は少し言葉につまった。けれどもやがて、視線を落として頷いた。

「うん、まあ、」

「……ん、」


 祐也は身体を後ろにひいてドアを大きくあけた。そして振り向きざまに

「加奈子!ちょっと机の上を片付けろ!お客さんだ!」


 奥の部屋から部屋着姿の加奈子が現れ、誠二を見て嬉しそうに顔を輝かせた。ついでに司と華も顔をのぞかせる。奥の部屋からはテレビゲームの音が聞こえており、食卓の上に攻略本やなにかのコピー用紙が散乱しているところを見ると、皆でゲームでもして遊んでいたところらしい。そういえば、加奈子と司が割り勘をして、新作のアドベンチャーゲームを買うような話をしていたな、と誠二は思い出した。


 奥の部屋で加奈子達3人がゲームをしている中、食卓に通された誠二は小さくため息をついた。祐也が台所から温かい紅茶の入ったマグカップを二つ持ってくる。かわいらしいクマとウサギが描かれた、メルヘンチックなカップである。


「なんかずいぶんファンシーなカップだね。祐也ってこんな趣味だっけ?」

「……桜岡にもらった」

「っ」


 誠二が、カップを受け取ろうと伸ばした手を滑らせる。祐也はそのことを予想していたのか、どこか冷めた目をしてカップを誠二の前に置いた。

 そして誠二の斜め前に座ると、紅茶を一口飲んで肘をテーブルにのせる。


「砂糖とミルクは?使う?」

「……ありがとう。よくあったな。使わないだろ、祐也」

「加奈子と華さんが置いて行ったんだよ。勝手に」

「そう。………」

「…………」

 

 沈黙が落ちた。奥の部屋から聞こえるゲームの音楽がなんともえいない空気を和らげている。

 祐也が何も言わないので、誠二はため息をついて肩を落とした。

「いや、それで相談なんだけどさ」

「なんだよ」

「………麻里って、オレのことをどう思ってると思う?」



「………それを、どうして俺に聞く?」



「だって、今さらあいつに聞けないじゃん!聞いたってひどい答えが返ってくるに決まってるだろ!」

「………聞いてみたのかよ?桜岡本人に」

「聞いてないよ。でもさ、普段からのあいつのあのつんけんした態度見てるとなんとなく想像つくだろ?ああ、オレって嫌われてるんだなって」

「……………」


 祐也は黙りこんだ。誠二がため息をついて紅茶を飲んだ後で、不思議そうに小首をかしげて祐也を見やる。

「どうしたの、祐也」


 祐也は額を押さえると視線をそらせた。

「いや……」

「あ~、やっぱりあいつに嫌われてるよなぁ、オレ。この大学で再会した時にちょっと関わり方を間違えたよ……」

「……ずいぶんと桜岡のことを気にするんだな。突然どうした」


 誠二は奥の部屋の気配に目をやった後で、祐也を見て声をひそめた。

「あのさ、内緒にしてほしいんだけど……」

「その内緒というのは、桜岡には、ということで大丈夫か?」

「へ?」

「話の内容にもよるけど、時と場合によっては加奈子達にはもれるかもしれん」

「加奈子、達?」

「まあ、簡単に言うと加奈子と司と華さんだな」


 祐也と誠二の視線がぶつかる。 

 祐也の言わんとしていることを察した誠二は、なんとも言えない顔をして天井をあおぐと、肩を落として髪をかきあげた。

「うん。そこまでならオーケー」

「なら、どうぞ」



※※※



 「なあ、誠二のやつ、なんだって?」

 奥の部屋からやってきた司が、隣りの席に腰をおろして祐也の顔をのぞきこんだ。

 誠二はすでに帰っており、祐也は空っぽのマグカップを前に頭を押さえてどんよりとしている。

 食卓にはすでに加奈子と華もおり、ゲームの音はいつの間にか止まっていた。

 

 祐也はあいまいな返事をすると立ち上がり、台所にいって人数分のお茶を入れなおしてテーブルにおいた。そして 司の隣りの席に戻ると、三人を見回して疲れたように目を細めた。

「桜岡と仲良くしたいらしいぜ、誠二は」


「え!?……誠二が?」

 加奈子が大きな目を祐也にむけて、瞬きをした。祐也は頷き、珍しく砂糖をとると封を切って紅茶に混ぜた。

「〝今からどうしたら関係が修復できるだろうか、できたらもう少しだけでもいいから仲良くなりたいのだけど″、というような相談だったんだけどな………」

「関係の修復って……、誠二はこれ以上何を目指しているの?」

 加奈子が不可解そうに首をかしげて華と司を見る。

 司が腕を組みながら眉をよせた。

「誠二は、あれでもまだ足りないのか?……どういうことだよ。今でももう、かなりギリギリなラインだろ?大丈夫なのか、あいつら」

「もしかして、……誠二くん達は自分達が仲が悪いと思っているんでしょうか」

 華が、おっとりとした口調で言って三人を見た。

「え!?」

 虚を突かれたように、司と加奈子が目をみひらいた。祐也がため息をつき、疲れたように視線を落とす。

「……そうみたいだな」

「え?いやいや、ちょっと待ってよ、祐也!」

と加奈子。

「おいおい、さすがにそれはないだろう」

と司。

「いえ……」

と祐也が首を横にふり、それに加奈子と司が目を丸くする。

「本当に?」

「マジかよ」

「………」



 しばらくあっけにとられていた司が、驚いたような顔をして椅子の背もたれによりかかった。

「だってあいつら、………最近は一緒に寝てたりするだろ!?」

「え?何その話!私、知らない!」


 驚く加奈子をみやり、司は話しだした。



※※※



 あれは、たしか何週間か前の、土曜日の朝のことだった。誠二に用事のあった司が、朝の九時すぎに誠二が一人暮らしをしているマンションに顔を出してみると、いかにも低血圧そうな顔で誠二が出てきた。部屋着に黒いカーディガンを羽織っている。なにげなく部屋の中をのぞいてしまった司は驚いた。

 誠二のベットに、きれいにカバーがかかっていたからだ。ここしばらく使われていないらしく、ベットの上には折りたたまれたタオルとか座布団とかが重ねてあった。

 代わりにその横のサービスルームの上に布団が引きっぱなしになっており、たった今まで使われていたらしく掛け布団が少しだけ乱れている。そこに、なぜか枕が二つあり、その片方にもう一人、寝ている人物がいる。

 司は玄関に立ち尽くしたまま、足もとを見た。

 誠二の物ではない靴が、置いてある。

 誠二の幼馴染・桜岡麻里が、よく履いている靴だった。


 ぼう然としてしまった司を見て、誠二が不思議そうに首をかしげる。

「………どうしたの、司」

「いや……。誠二、おまえ、今までどこで寝てたんだ?」

「どこって布団だけど」

「布団って……、もしかしてこの部屋、布団が二つあんの?」

「一つしかないけど」

「桜岡は?」

「明け方まで課題をやってたらしく、さっきつぶれた」

「いや、そうじゃなくて、桜岡はどこで寝てんの?」

「布団。あの山。あの、あれ。あれ、麻里………」

「一緒に?」

「うん。寒いんだって。オレ、普通にベッドで寝たいのに、ベッドは落ちるから嫌だって言って、麻里にいつも掛布団がわりに布団に引きずり込まれてる」

「……………」




「ということがあったんだよ」

「えええええ、えええ!?」

加奈子がもはやなにを言っていいのかわからないように頭を抱えた。

「え?いや、寒いって……、寒いからって一緒に寝るの!?ええええええ?」


「私も司くんからその話を聞いた時はびっくりしました」

「え?ねえ、もう、ギリギリっていうかアウトなんじゃないの、それ。友達同士で一緒に寝る?第一、布団じゃ狭くない?誠二の家にある、あの布団でしょ!?さすがに狭いって、あの布団じゃ…!」

「加奈子、そういう問題じゃないだろ……」

 そう言って咳払いをした祐也が、三人を見やって目を細めた。

「そういうことなら俺からも一つ、話があるんだけどさ」

「なになに?祐也も何かあるの?」

と加奈子。

「いいぜ!毒を食わらば皿までってな。話せよ」

と司。

「ええ、聞きたいです」

 華もにこにこと頷いた。

 すると今度は祐也が話だした。


※※※


 あれは、年末の忘年会の予定を立てるために祐也が皆の予定を調整していた時のことだった。

 皆の予定を書き込んだ手書きの12月のカレンダーを見せた時、麻里がふと何かがひっかかったような顔をしたのだ。

「桜岡?……どうかしたか?」

「ううん……」

麻里はカレンダーをのぞきこみながら、ほんのわずかに眉をよせた。そして、誠二の書き込んだボールペンの文字を指で追う。


 祐也もカレンダーをのぞきこんだ。見ると誠二は、12月の第二週の金曜日と24日、25日、そして27日、28日、そして31日に×をつけている。

 麻里がぽつりとつぶやいた。

「忙しいんだな……」



「で、どうなったと思う?」

 祐也が三人を見回した。三人は首をかしげる。

「さあ」

 それをうけて、祐也がバンと机をたたいた。

「その時にすごくいいタイミングで誠二が通りかかったんだよ!それでな!桜岡がカレンダーに書き込もうとしているのを後ろからのぞきこんで、“いいかな?”って。そうしたら桜岡も何かにピンときたみたいで、誠二と同じ日に×をつけていってな!……なあ、どう思う、これ?」


「いや、どうって………」

司が困ったように首の後ろをかいた。華はやっと納得がいったような晴れやかな顔をして頷いた。

「ああ、だから誠二くんと麻里くんのダメな日が一緒だったんですね!それならわかります~!」


「いやいやいや、待ってよ華!待って!そこで納得しちゃうの!?……どういうことなの?誠二と麻里って、12月はそんなに二人でどこかに行くってこと?」

「………まあ、クリスマスイルミネーションもきれいだし、今年はクリスマスが連休だし、……桜岡の誕生日もあるし……」

 祐也がお茶を飲みながら遠い目をして答えると、加奈子は残念そうに机の上に指で文字を書いた。


「え~、麻里の誕生会は皆でしたかったなぁ」

「当日は無理だろ、あの感じだと……。誠二が渡さないだろうな、桜岡のこと……」


 祐也の言葉に、加奈子が心底納得できないといった顔で祐也を見返した。

「ねえ、もう一度聞きたいんだけど、なんで誠二はそれで麻里と仲良くなりたいとか言ってんの?まだ足りないの?」

 司が苦笑しながら肩をすくめ、

「それは俺も聞きてえよ……。課題の後に同じ布団で二人で寝てて、クリスマスや誕生日も二人ですごして、しょっちゅう痴話げんかしながら二人で外出して……。なあ、それってもう、恋人とかの領域なんじゃねえの?なんで付き合ってないの、あの二人」

「麻里ちゃんと誠二くんは、いったいどこを目指してるんでしょうねぇ」

 華がにこにこと笑って紅茶を飲んだ。

 それからカップを持ったまま、ふわりと首を傾け、にこにこと笑う。

「そういうことなら、私からも一つ話したいことがあるんですけど、いいですか?」

「ああ、話せよ……」

と司。

「うん、もうこのさいだから全部出し切ろう……」

と加奈子。

「ああ、話せ、話せ……」

祐也も、額を押さえながら頷いた。



※※※


「誠二くんの部屋の棚の上に、桃色のタオル地で作られたウサギさんのぬいぐるみが置いてあるのをご存知ですか?手のひらサイズの、ちょこんとしたやつです」


「ああ、あるな」

「あるね。たしか大学の誰かからのプレゼントなんでしょ?前に誠二がそう言ってたと思うけど」

司と加奈子が頷くと、祐也が怪訝そうな顔をして眉をよせた。

「……誠二は、あまりそういうの、もらってこないだろ。桜岡が気にするとかなんとか言って。実際には、桜岡は全く気にしてないんだけどな!」

加奈子も首をかしげる。

「あれ?そう言えばそうだ……。どういうことだろう」

 華が声をひそめた。

「あのぬいぐるみ、実は誠二くんが自分で買ったものみたいですよ」

「え!?そうなのか!?」

 司が目を丸くする。加奈子も驚いたように華を見て、

「え~、すっごく意外。誠二ってぬいぐるみとか好きだっけ……」

そんな司と加奈子の前で、祐也がなんとも言えない顔をして目を細めた。そして、ぽつりとつぶやく。

「………あのウサギ、どことなく桜岡に似てるよな」

「え!?」

「は!?」

 加奈子と司があっけにとられる横で、今度は華が顔を輝かせて手をたたいた。

「そう、そうなんです!さっすが祐也くんです!鋭いですねぇ」

「ちょ、……おい、どういうことだよ」

「麻里に似てたっけ……。よく覚えてないんだけど……」

「似てるというか、まあ、タオル地の柄がな……」

祐也は言って、ちらりと華を見やった。華は頷き、指を立てる。

「そうなんですよ。今度誠二くんの部屋に行ったら見てみてください。タオル地の柄が、麻里ちゃんがよく着ている、ワンピースの柄にそっくりなんです」

「桜岡がよく着ている、あのワンピースか!?」

「え、そうなの!?」

 司と加奈子の驚く顔を見て、華がにこにこと頷いた。

「そうなんです!しかもそれを見て、麻里ちゃんが、自分のよく使っている髪留めと同じような雰囲気のボタンで、小さな飾りを作って、ウサギさんの耳元につけてあげたから、なんかもう、とってもかわいいんです!!!いろいろと!」


 華は嬉しそうに笑った後で、すごい秘密を話すような顔で声をひそめた。

「しかもね、あのウサギさん、名前が“りーちゃん”っていうみたいですよ」


 司が飲みかけのお茶を吹き出しかけてむせた。加奈子もあっけにとられたように持っていたクッキーのかけらを机に落とす。祐也が遠い目をして、布巾に手をのばして机をふいた。

「りーちゃん………」


「ええ。誠二くんは全く他意はないって言ってましたけど……。ねえ?」

華が嬉しそうにクスクス笑った。


 落としたクッキーを拾いあげ、加奈子が笑いながら視線をそらせた。

「そういうことなら、私も、……皆に黙ってたことがあるんだけど」


「ああ、言えよ……」

「ええ、私達、秘密は守りますよ、加奈子ちゃん」

「加奈子、お前もか」


「本当に秘密にしてね。麻里との友情が壊れちゃうから………。実はさ、最近、麻里から相談されてることがあるんだよね。“誠二と仲良くしたいんだけど、今さらどうしたらいいだろう”って………。まず、嫌われているこの現状を打破するところからがんばりたいのだがとかなんとか言ってるんだけど、………私、どうしたらいいと思う?」 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

げに恐ろしきは先入観 なぎ @asagi-maki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ