第15話 バリア・フィールド

「あ、やったー! すごいでしょ!」


 アリスが隣で浮かれた声を上げる。

 けれど今のは……本当にアリスの放った魔法なのだろうか。変なタイムラグがあった。


「ウウォォォ……」


 魔物はうめき声を上げながら、火を嫌がるように頭と腕を振り回す。

 一度間合いをとったカイルのそばに、どこから人影が降り立った。


 それと同時に、魔物の頭部についた角が切り落とされる。

 地に落ちた角は、青い霧に姿を変えて消えていった。


「エル! ナイス!」

 

 カイルが親指を立てながら大きく叫んだのが聞こえた。

 エルと呼ばれた人物は、カイルと同じ白装束を身にまとっていた。察するに同じ組織の部下かなにかか。


 ただ異様なのは、顔を隠すようにフルフェイスのマスクを身につけている。

 なんだか忍者みたいだ。


 その彼だか彼女だかわからないエルという人物は、私たちを振り返ると鋭い視線を向けてきた。


「ザコは下がってろ。ジャマだ」


 凍りつくような冷たい声がした。

 距離はあったはずなのに、妙に通る。


 アリスは睨まれて縮こまった。ごまかすように私の腕をつつく。


「も、もうイリス~……ダメだよジャマしたら」

「いやあんただよ」


 本当に申し訳ない。もはやふざけている場合じゃない。

 私はアリスとともにおとなしく後方に下がった。


 炎が消えると、魔物が前かがみにカイルとエルをにらみつけた。

 すっかり怒りを買ったらしい。


 エルは魔物に向かって先の曲がった長剣を構えた。

 刀身は赤と青の炎を交互に発している。さきほど魔物を焦がした火柱は、どうやらその剣から放たれたもののようだ。


 その隣でカイルが剣を横に伸ばした。

 今度は雷ではなく、周囲に風が巻き起こった。刀身が小さな竜巻をまとう。


 二人は合図をすることなく、同時に駆け出した。

 魔物が迎え撃つ。二人を一気に踏み潰そうと振り下ろした腕を、一方は飛び上がり、もう一方はかいくぐった。


 2つの影が青い光を放ちながら舞った。

 下がった頭部と、がらあきの腹部めがけて、両者一閃。

  

 魔物の体を覆う青い膜のようなものにヒビが入って、割れた。

 まるでガラスが粉々に砕けたかのようだった。


 二つの剣が、魔物を十字に切り裂いた。

 断末魔のごとき鳴き声が上がる。


 大きくのけぞった巨体は、そのままゆっくり地面へと倒れ込んだ。

 ズゥゥゥン、と砂埃が上がって、地響きがあたりに広がる。


「わぁやった! すごーい!」


 アリスの声に応えるように、カイルは親指を立てて笑顔をこぼした。そのかたわらで直立したままのエルの背中を叩く。

 

「やったねイリス! あの二人すごいね!」


 アリスはすっかり興奮した顔で、私の肩に寄りかかった。

 浮かれていたのは私もそうだ。鮮やかな戦いぶりに、すっかり心を奪われていた。 

 

 リアルな魔法ファンタジーバトルだ。もう映画とかそんなもの目じゃない。感動した。

 

 けれど今となっては、あっさり倒してしまって少し物足りない気もする。


 だってベヒーモスといえば、どんなゲームに出てきてもだいたい強敵だ。

 もっと手こずる相手だと思ったけど……それだけあの二人のレベルが段違いなのか。


「ねえねえ、ちょっと見に行かない?」


 アリスに袖を引かれる。討伐された魔物を間近で見たいらしい。

 私も少し興味があった。怖いもの見たさ的なやつだ。 


 腕を引かれて、アリスとともに倒れた魔物に近づく。

 そのときふと、強い違和感を覚えた。

 

 この世界の魔物は、力つきると青い霧状になって消滅していた。

 けれどあのベヒーモスの体は、まだ実体として残っている。


 ……ということは、まさかまだ生きている?

 魔物の全身からは青い煙が立ち上っていた。単純に大型の魔物は消滅するのに時間がかかるのかもしれない。


 それにカイルとエルだって、引き上げようとしている。

 あの二人が私でも気づくような、そんな初歩的なミスを犯すはずがない。


 ただの思い過ごしか、と再びモンスターへと視線を戻す。

 するとそのとき、私の視界がぐにゃりと歪んだ。


 ――ビリッ!


 魔物の頭部に、一筋の光。

 それを合図に、


 ――バリバリバリバリッ!

 

 全身におびただしい量の光が走った。

 魔物の体を中心に、青い稲妻が膨れ上がる。


 そして間髪入れず、目の前で魔物は雷とともに爆発した。あたり一面が、真っ白に包まれる。


 そこで私は、はっと我に返った。

 魔物はまだ爆発していなかった。まだその兆候もない。

 

「――アリス、逃げ……」


 私が言いかけた途端。


 ――ビリッ!


 魔物の頭部に、一筋の光。

 先ほど見たものと、まったく同じ光景だった。


 ――バリバリバリバリッ!

 

 おびただしい量の光が私の目を焼いた。

 前が見えなくなって、再び、視界が歪んだ。


 私の手を引いたアリスが、明るい光に飲まれていく。体の輪郭が消えて、手に伝わる体温が消えて。私の目の前で、彼女は跡形もなく消滅した。


 予知というにはあまりにも鮮明な映像だった。

 まるでこの体がかつてその光景を目の当たりにしたかのような、言いようのない生々しさを伴っていた。


 もし仮にイリスが……この光景が、この体に残った記憶なのだとして。

 どうしてこんなものを、私に見せるのだろうか? 

 どうして、こんな……見たくもないものを!

  

 私の脳内に再び、無機質な声が響き渡った。

 

<緊急行動モード移行 マジックバリア・フィールド起動>



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