第14話 ベヒーモスタイプの魔物

 私はアリスの背におぶさって通りを駆け抜ける。

 さっきも思ったけど人一人を背に乗せてこのスピードはおかしい。


 けどそう思っているのは私だけみたいだ。

 先を行くカイルはさらに素早い。これでもアリスに合わせてペースを落としているようだった。


 およそ人間の脚力とは思えないこのスピード。

 魔力による身体強化のおかげだというけど、そんなこと言われてもこっちは理解不能だ。でもこの世界では普通らしい。

 

 やがて両側に並ぶ建物が途切れ、一気に視界が開けた。

 前を行くカイルが急ブレーキをかけた。その背中にアリスが突っ込む。


「いだっ! ちょっとぉ、カイルいきなり止まんないでよ!」

「悪い悪い」


 アリスの背から転げ落ちそうになりながら、私は地に足をついた。

 たどり着いたのは丸く大きく開けた場所――城下町の中央広場、だそうだ。


 飛び込んできた光景に、私は圧倒されて立ちつくす。

 暗がりの中に数人の兵士が倒れている。


 広場のど真ん中では、三人の兵士がおのおの大振りな杖をかかげていた。

 杖の先端からは、青白いレーザーのようなものが伸びている。


 その光の伸びた先では、体長十メートルほどもありそうな四つ足の魔物が、まるで上からなにかを押し付けられているように地面に伏せっていた。


「神器のプリズニングロッドか……。あれで動けなくしてるってわけね。にしてもでかい魔物だな……見たことないよあんなの」


 カイルがつぶやく。

 けれど私にはあの魔物に見覚えがあった。


 もちろんこうして実物を見たわけじゃないけど、ファンタジー系のRPGなんかには、決まってあれと似たような形のモンスターが出てくる。

 

 いわゆるベヒーモスタイプのモンスターだ。

 細部までリアルに作り込まれた……いや本物なのか。

 

「わぁ、大っきい! すごい迫力だねイリス!」


 アリスが魔物を見て声を上げる。

 なにか一人だけ動物園にでも来てるようなテンションだ。緊張感のかけらもない。

  

「思った以上にひどいことに……。いや、妙だな……」


 カイルが近くに倒れている兵士に近寄り、容態を確認する。


「これは……魔力切れで気を失っているだけ?」


 いぶかしげにつぶやくと、近くの暗がりから兵士が一人駆け寄ってきた。切迫した声を上げる。


「お、王子、お待ちしてました! 神器の消耗魔力が激しく、もうわれわれの魔力も限界です! これ以上魔物を繋ぎ止めることは……」

「てかこれ、どういう状況? 動かないんだから攻撃して倒せばいいじゃん」

「魔物の魔力障壁が強すぎて、有効なダメージを与えられるものがいないのです!」 


 杖から発せられる力がよほど強力なのか、魔物はときおりうなり声を上げるだけで身動きが取れないようだ。


 けれど手のうちようがないのはこっちも一緒らしい。

 なんだかよくわからないけど、ただの時間稼ぎをしていたみたいだ。

 

 話を聞いていたカイルの声音が低くなる。


「そんで、肝心の勇者さまはどこ行ったの? とっくにレベルA発令してるでしょうが」

「勇者のやつらは、攻撃が通らないとなると尻尾巻いて逃げやがったんです!」

「ひでえな……。これだから勇者はキライなんだよ」


 カイルは嫌悪感いっぱいに言い捨てると、背負った剣を引き抜いた。

 両手に持って構える。


「倒れてる兵士を広場から下げて。あとはオレがやる」

 

 そう言ってカイルは魔物に向かって歩き始める。

 静かな怒気に反応するように、手に下げた剣は激しい光をまといはじめた。

 

 杖を構えた兵士達の横を、ゆうゆうと通り過ぎる。

 カイルはひれ伏す魔物の目の前で立ち止まると、おもむろに剣を天高く掲げた。


 その瞬間、空に向かって一筋の稲光がはしった。

 上空に吸い込まれたかと思われた光は、さらに巨大な光の束になって魔物の頭上に降り注いだ。


 ――ズシャアアアアアア!!


 目が眩むほどの光の奔流。

 そのあまりの激しさに、私は途中で目をつむっていた。


 とんでもない攻撃だ。これも魔法なのだろうか。

 けれどさっきライナスが飛ばした火の玉なんて、比べ物にならない。

 

 きっとカイルの実力は本物だ。なんていうかもう、格が違う。

 これは決まったな……と私が胸をなでおろしたそのとき。


「無傷だと!? しかも吸収された!?」


 兵士の一人が叫んだ。

 目を開けると、杖を持っていた兵士の一人がその場に倒れた。


 それと同時に魔物を捕らえていた青白いレーザーが消えた。

 雄たけびとともに魔物が体を起こした。前足を上げて立ち上がる。


 倒すどころか、今のでさらに力を与えてしまったようにも見える。

 私は巨体を見上げながら、どこぞの博物館で見た恐竜の模型を思い出した。

 

 ……こんなのが動いて襲ってくる? 冗談でしょ?


 檻の中の動物でも見ているような感覚だったのが、一変して状況が変わった。

 こうして動き出したのを目前にすると、とんでもない威圧感だ。勇者が逃げ出すのも無理はない。

 

「うーん、雷がダメなのかな? 火だったら効くかな? どうかな?」


 けれど私の隣にいる勇者はあくまでマイペース。

 相手は思った以上の化け物だった。動き出した魔物はすぐさまカイルに襲いかかる。


 そのすきに兵士たちは逃げ出した。倒れた兵士を抱えているものもいる。カイルが魔物の注意を引きながら、みんな逃げろ、と合図をしている。


「アリス、私たちも逃げたほうが……」

「うん? 逃げても、カイルがやられちゃったら一緒でしょ?」


 軽い口調で怖いことをいう。

 私に「下がって」と合図すると、アリスは炎の剣を振りかざす。


 やがてゆっくりと刀身が発光を始める。

 しかし光は頼りなく、今にも消えてしまいそうだ。


「こうかな?」


 アリスがおそるおそる剣を振りぬくと、剣先から火球が飛びだした。

 が、それはライナスが出したものよりも小さかった。


 火の球はゆっくり放物線を描いて飛んでいく。スピードもゆるゆるだった。

 それでもなんとか距離は足りた。カイルを攻撃しようと腕を振りかぶった魔物の足元に、炎がぶつかった。


 しかしそれきりだった。

 魔物は怯むこともなく、カイルに襲いかかる。

 アリスの攻撃に気づいてすらいないようだった。


「あれ? やっぱダメかー……」


 アリスが肩を落としかけたそのとき。

 とつぜん激しい火柱が上がって、魔物の体を燃え盛る炎が包んだ。

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