「マダム・ヴィスタのティーパーティー事件」
秋乃晃
トラスト Side:アサヒ
ステキなステキなティーパーティーのはじまり、はじまり。
☕️
大広間。
ど真ん中のテーブルに、色とりどりの焼き菓子が並べられている。
「自分、新堂アサヒ。プロゲーミングチームMARSのSOBZモバイル部門所属のeスポーツ選手っす。今朝方に自分宛に届いた招待状の案内にしたがって、コナミコマンドを入力したら、ここに」
「わたしは
たくさんの招待客がいるけれど、テーブルの上に用意されていた焼き菓子に手を着けたのは、この秋月さんだけ。他の人たちは、戸惑いと混乱でおろおろしたり、責任者を呼び出そうとしたり、大声を出してみたり。
秋月さんだけが「お菓子があるの!」と飛びついた。食い意地が張っているっていうか、おそれ知らずっていうか。
だから、声をかけた。
「秋月さんにも、招待状が?」
「そうなの。たーちゃんは『やめておきましょうよ』って言ってたケド。アーサーもこれ食べない? 放置してたらしけっちゃってまずくなっちゃうし。こんなにおいしいのに、もったいないし」
マドレーヌっすね。
「っていうか、アーサー?」
「秋月流お近づきの印として、今年は波長が合いそうな人にニックネームを付けることにしたの。アサヒだからアーサーなの!」
ちょっと前に、クライデ大陸っていう異世界を旅していた時期があった。そんときに、自分は『アーサー』っていう現地の人の肉体を間借りしていたから、アーサーって呼ばれるとそんときのことを思い出しそうになる。
クライデ大陸での旅の成果といえば、こっちの世界のメシがなんでも美味しく感じられるようになった――っていうか、あっちがクソマズメシだらけだったから――のと、忍耐力が付いたことっすかね。前からメンタルは強いほうっすけど、より強くなった的な。強くないとプロゲーマーやっていけないんで。
「わたしのことは『ちなっちゃん』って呼ぶといいの。こう呼ぶのは天平パイセンだけだケド」
そう言いながらぐいっとマドレーヌを押しつけてきたので、受け取る。断るのも悪い気がした。
思い起こせば、今朝から何も食べていない。招待状を受け取ってすぐに好奇心に押し負けてコナミコマンドを入力してしまい、このティーパーティー会場に飛ばされてしまっていたのだった。こんなことなら朝ご飯を食べてからにすれば……ゲハのチームメンバーやオーナーに申し訳ないっす。
においを嗅いでみる。食品が腐ったときのような異臭はしない。っていうか、焼き菓子からは普通、そんな変なニオイはしないっすよね。
「モドレーヌ」
つい思いついた言葉を言ってしまう。よくあるじゃないっすか。おなかがすいたからって別の世界の食べ物を口にしたら、帰れなくなる話。マドレーヌと掛けて、モドレーヌ。
「はっ! そういうコト!?」
秋月さんがその口を手で覆った。……今更じゃないっすか?
「ちょっと吐いてくる!」
座っていたイスを勢いよく倒して立ち上がると、混乱している人たちを「すいませーん!」と押しのけながら、大広間から出て行く。出て行けるんだ。ここに閉じ込められたってわけじゃないのなら、秋月さんが戻ってきてからふたりで探索してみよう。脱出の経路が見つかるかもしれない。
「いちばん可愛い子に話しかけるなんて、なかなかやるなァ」
秋月さんを目で追っていたら、頭の上のほうから話しかけられた。見上げると、そこに顔がある。背、高すぎない?
っていうか、自分も、身長が高いほうじゃないっすけど。それにしてもっすよ。自分の目線が相手の肩の位置で、だいぶでかさを感じる。
「招待された身っすけど、帰りたくなったんで」
「お持ち帰りか。ナンパ男じゃん」
「違うっす。秋月さんだけ落ち着いてお菓子食べてたんで、協力し合えないかなと」
「それなら、俺も。さっさとここから出たくてさ。仲間に入れてくれない?」
格好から言って、大学生ぐらいっすかね。黒髪短髪に、オレンジ色のカラコンの入った目。顔の印象よりも身長の高さが印象に残る感じ。っていうか、そんなに体格がいいってわけでも、ヒョロガリってわけでもなく、いたって普通の人、なのに、身長がやたら高くてびびる。
「俺は
「プロゲーミングチームMARSの」
名乗られたので、さっき秋月さんにしたような自己紹介を始めようとして「MARSなの!?」と驚かれた。大学生ぐらいで、ゲームに興味のある人なら聞いたことがあるチーム名っすよね。
秋月さんは、チーム名に対して無反応だった。リクルートスーツみたいなのを着ていたから、就活中の大学生ぐらいに見えたけども、社会人なのかもしれない。もしくは、ゲームをやらない人っすかね。そういう人たちが、eスポーツに興味を持ってくれるようにプロ選手の自分たちは頑張っていかないと。
「俺の研究室の先輩にMARSの人がいてさ」
「研究室? その先輩さん、何部門っすか?」
「パソコンの、人を撃つゲームで……プレイヤー名が
「あー! はいはい!」
あの人、大学院生だったんだ。同じチームだけど部門が違うとそこまで交流しないから、知らなかった。同じゲハの別の階に住んでいるのにね。
「自分、モバイル部門のリーダーやってるっす」
「モバイル?」
「マイル選手のやっているゲームのスマホ版があるっす」
「へぇ……スマホ版かァ……」
「今度大会あるんで、応援よろしくっす。セミファイナルだし、そこそこ強いチームしか残ってないから、見応えあると思うんで。ユーチューブで配信あるっす」
「まあ、無事にここから出られたら応援するよ」
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