第十三話「いつものアレ」

 目が覚めたら俺はベッドの上に居た。

 

「……んん? ここはどこだ?」

 

 と、お決まりのセリフを吐く俺。どこもなにも宿のベッドなのだが一度言ってみたかった。……それよりもなんか寒い。

 

「…………おい、なぜ俺は裸なんだ」

「だってお兄ちゃん風呂でのぼせたみたいだし」

「……のぼせた? …………なるほど」

 

 ゼノアの方を見ると顔を逸らされた。どうやら俺はのぼせた事になっているらしい。確か俺はゼノアの胸を触ってそれで……

 

「というかよ、せめて布団くらい掛けてくれないか? ベッドの上に全裸は流石に恥ずかしいし寒いんだが」

「だってフィーレがさ? このままで大丈夫っていうからさ?」

「珠希、そういう時は無視しろ。フィーレは頭が良くないんだ。察してやれ」

「そうなんだ! 分かったよお兄ちゃん!」

「聞こえてます、柊さん」

 

 聞こえるように言ったからな? 全裸の男がベッドに寝転んでいる状態のなにが大丈夫なんだよ。この部屋には一人ならまだしも女が二人も…………二人……あ。

 

「三人か……」

「何が?」

「いやな? 女が三――」

「――柊! 少し僕とお茶でもしに行こう!」

「痛い痛い! 耳を引っ張るな! もげる! わかった! 行くから服だけ着させてくれ!」

 

 ……ああ痛てぇ。魔物からまだ一ダメージも食らってないのに、初めてのダメージがまさかゼノアからだったなんて。俺は宿の外まで耳を引っ張られた。ちぎれたらどうすんだ。

 

「……で、なんだよ」

「ああその……僕については秘密にしてくれ」

「それはお前が女って事を言ってるのか?」

「……あ、ああ。そうだ」

 

 まぁその事だよな。俺もまだあの感触が忘れられない。この手に柔らかい感触が……思い出しただけでやばい。

 

「……てかなんで男装なんてしてんだよお前」

「事情があるんだ……今は話せないが」

 

 男装しなければならない『盗賊』職かー。スパイなのかなー。そうだと嫌だなー。

 

「にしても柔らかかった」

「な!」

「フィーレと同じくらいかもう少し控えめな感じではあるが」

「柊はフィーレと出来ているのか!」

「何も無いよ……あいつらはそういう対象じゃねぇ」

「なら良かった」

 

 何も良くねーよ。ガキしかいねぇパーティーだぞ。俺はもっとこう……妖艶なお姉さんがタイプだからな。ガキに興味なんて無い。

 

「まぁアイツらに言いふらすつもりは無いけどよ。だが、裏切るとかそういうのだけは辞めてくれよな?」

「もちろんだ! そんな事はしない! 神マキナに誓って断言する」

 

 誰だよ神マキナって。知らねーよそんな神様。

 

「分かった。なら俺もこれ以上は言及しない。俺もお前のことは少なからず好意に思っているからな」

「な……それは僕の事を好きという事か?」

「ん? ああ、そうだ。俺はお前が好きだ」

 

 良い奴そうだしな。特に嫌う理由なんてない。

 

「そ、そうか……僕も嫌いでは無い……いや、むしろ……その――」

「――なぁそんな事より何か食べに行かないか? 俺昨日の夜から何も食べてないんだ」

 

 誰かさんに殴られたからな。

 

「…………そんなこと?」

 

 あれ? なんかゼノアの顔が険しくなった。俺なんか言ったか?

 やっぱりこいつはよく分からん。珠希やフィーレよりも扱いが難しいかもしれない。ゼノアに比べればアイツらは単純で分かりやすいもんな。

 

「……はぁ。なら今度は僕がご馳走様しよう。いいところを知っているんだ」

「おおー! それはありがたい! ぜひ案内頼む」

「ああ、任せてくれ。では二人を呼んでこよう」

 

 ゼノアと俺は珠希とフィーレを呼びに部屋へと向かう。

 

 ……

 …………

 ………………

 

「悪い、待たせたなお前ら」

「ちょっと今真剣だから黙っててお兄ちゃん」

「お、おう……って何してんだお前ら」

 

 珠希とフィーレは二人向かい合い、真剣な顔でなにやらブツブツ言いながら頭を悩ませている。

 

「無駄ですよ、珠希ちゃん」

「まだ! まだ私は負けてないもん! ……私には秘密兵器があるんだからね!」

 

 二人の間には木の板がある。俺はそれが何かを確かる為二人に近づく。

 

「…………ってこれチェスじゃん」

「あれ? 柊さんご存知ですか?」

「え? ああ……まぁな」

 

 むしろこの世界にもチェスがあるのか。俺も昔はよく妹とチェスをしたもんだ。あいつは元気にしているだろうか。

 

「お兄ちゃん!!」

「お、おう! なんだ?」

 

 珠希が勢いよく俺の元に抱きついてきた。

 

「出番だよ! お兄ちゃん!」

「は? なんで俺が」

「フィーレをボッコボコにして! お願い! ……ダメ?」

 

 珠希が目に涙を浮かべ、上目遣いで俺を見てきた。

 

(そんな顔されたら断れねーだろうが)

 

「分かった。任せろ」

「えぇー! 柊さんと交代なんて聞いてません! 反則です!」

 

 フィーレは反則だと騒いでいた。まぁ確かにチェスに交代なんてルール無いよな。それより……

 

「……ってまさか秘密兵器って俺の事かよ」

「うん! そうだよ!」

 

 珠希は満面の笑顔で頷いた。

 

「必殺! 他力本願!」

「全然かっこよくねーよ」

「……分かりました。柊さんが相手でも私、手加減しませんから。言っておきますが私、強いですよ?」

「ああ、そうかよ。お手柔らかに頼むよ」

 

 ――五分後。

 

「お願いします! 柊さん! もう一回! もう一回お願いします! 何でもしますから!」

「……よわ」

 

 あんなに自信満々で私は強いと言っていたフィーレだが、めちゃくちゃ弱かった。むしろ負けるのが難しいレベルだ。こんなのに負けた珠希はルールすら理解してなかったろ。

 

「……お前、ルールを理解していない珠希を相手に威張っていたのか」

「…………だって珠希ちゃんに私の凄さを知って欲しくて」

「ダサすぎるだろお前」

 

 ルールを理解していない相手を負かして一体なにが嬉しいんだ。

 大人気おとなげないとしか言いようがない。

 

「さっすがお兄ちゃんだね!」

「お前ももうちょっとこいつを理解出来るよう努力しろ。フィーレは基本頭が悪いし、ずる賢い。今後何かを言われたらまず疑え」

「分かった!」

「酷いです……柊さん」

「…………何してるんだ君達は」

 

 ずっと無言で見守っていたゼノアがようやくここで口を開いた。

 

「君達はいつもこんな感じなのか?」

「……まぁな。大体こいつらだがな。俺は関与していない」

「そうなのか」

「うちのパーティーに幻滅したか?」

「……いいや、そんなことは無い。むしろ楽しそうで良いと思ったよ」

 

 まぁ賑やかなのは否定しないけど、こいつらにはもう少し落ち着きを覚えて欲しいものだ。こいつらのせいで俺はずっと保護者の気分だ。

 

「さぁゲームも終わった事だ。飯食いに行くぞお前ら」

「やったー! ご飯だー!」

「……最後にもう一回だけ……もう一回だけお願いします柊さん。後生ですからぁ」

 

 フィーレは余程悔しかったのかまだそんなことを言っていた。

 

「…………分かった。一回だけだ。これで俺が勝ったら諦めろよ?」

「はい! お願いします! 今度こそ負けませんよ!」

 

 ***

 

 俺達は宿から少し離れた店に来ていた。中はお酒が大量に並べられている。所謂バーと言ったところか。

 

「俺はまだ酒は飲めないぞ」

「え? そうなのか? 柊はいくつなんだ?」

「十八になる」

「なんだ、立派な大人じゃないか。僕は十五だ」

 

 この世界は十五が成人扱いなのか。これが異世界の常識というやつか。となると、俺はこの世界では酒が飲めるという訳だ。

 

「ならゼノアのおすすめの一杯を頂こう」

「分かった! 任せてくれ! マスター! いつものアレを!」

「あいよ」

 

 ゼノアがそう言うと、マスターと呼ばれる髭を生やしたダンディーな男がお酒を作りだす。

 

「まだ昼なのに酒か」

「良いじゃないか。こういうのは昼に飲むからいいんだよ」

「それは俺の故郷ではダメな大人がよく言うセリフだ」

「え? そうなのか? ……僕はダメな大人なのだろうか」

「知らん。俺の世界の常識はここでは通用しないだろう。だからまぁなんだ……大丈夫だろ」

 

 俺はゼノスの心配をテキトーにあしらった。

 

「……そんな……私が……負けるなんて」

 

 フィーレはまださっきの勝負を引きずっていた。

 

「お前、あんな実力じゃ俺でなくても負けるぞ」

「いいえ! 柊さんが強すぎるんです! 私は強いんです! なにせ私は家族とやった時負け無しだったんですから!」

 

 それは多分、我が子可愛さでわざと負けていたんだろう。もちろんフィーレには言わないが。

 

「どうぞ」

 

 暫く待っていると、マスターが低い声でお酒を差し出してきた。

 バーのカウンター席ってなんか良いな。大人になったって感じがする。

 

「頂きます…………美味い」

「だろ? 僕は毎日飲んでいるんだ」

「毎日は流石に罪悪感があるが……だが、確かに美味い」

 

 シュワシュワとした炭酸に、フルーティーな風味。ビールというより、サワーに近い。昔父さんに飲まされた事があるが、それと風味がにている。

 

「でね、これを一緒につまむんだ」

「……これ柿ピーか」

「カキピー? 違うよ。これは柿の種って言ってね……」

「だから柿ピーじゃねぇか」

「違うって! 柿の種って言うんだよ!」

「ああ、もう分かったよ」

 

 これ以上言っても終わらなそうだ。

 

「……ねぇ、お兄ちゃん。私お腹空いた」

「私もです……」

 

 あ、すっかり忘れていた。こいつら酒ダメだった。

 

「なぁゼノア、美味い店を教えてくれたのは助かるが、お腹を満たせるものは無いのか? こいつらは酒を飲めない。それに俺も柿ピーじゃ腹が膨らまない」

「だから柿の種だって! ……そうだね……じゃあ、マスター! いつものアレで!」

「あいよ」

 

 こいつのいつものアレ・・・・・・には一体いくつのレパートリーがあるんだ。それで分かるマスターも凄いが。

 暫くすると、マスターが何かをカウンターに置いた。

 

「へい、お待ち」

「これは何だ?」

「これはね、ピッツァだよ」

「ああ、ピザか」

「いや違う。これはピッツァだよ」

「…………もういい」

 

 俺たちはピッツァを美味しく頂いた。

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