第2話 兄の反応

 

「兄ちゃん……お、はよう」

 春休みだというのにだいぶ早い時間に起きるとリビングに降りていく。


「ん? はる、どうした? なんか暗いぞ?」


「え? そ、そんな事ないよ、明るいのが持ち味のいつものはるちゃんだよ!」


「うん……それならいいんだけど」

 ヤバい、気にしない、気にしないと思えば思う程、緊張してあまり声が出なかった……。


 あれから気になって何度も兄ちゃんの小説を読み返してしまい、寝たのは朝方、そして兄ちゃんの反応を知りたくて、兄ちゃんが出かける前に起きてリビングに来たんだけど……やはり顔を見ると昨日の文章が頭を過ってしまった。


「はる、入学の準備終わったか?」

 

「え? うん、あらかた終わったよ」


「そうか、じゃあ俺が入学祝いをしてやろう、明日どこかへ連れて行ってやるよ」


「え? 本当? やった…………えっと、明日?」


「ん? 都合悪いか?」


「えっと、いや、そんな事は~~」

 こ、これって……デートの誘いだよね?  そうなるよね?  えっと……心の準備が……いや……私何を焦ってるんだ私は。

 とりあえずあの小説は別物と考えるって決めたんだ。

 でも……ああ、そうか! 取材だ、兄ちゃんは小説を書く為の取材をしているって思えばいいんだ!


「予定があるなら、また今度にしようか」

 考え込んでいる私を見た兄ちゃんは少し残念そうにそう言う。


「ない! ないよ兄ちゃん! ちょうど兄ちゃんと一緒に出掛けたかったんだ~~いや気が合うな~~」


「お、おお、そっかそれなら良かった。じゃあ明日行くところ考えておくよ、はるも何処か連れてって欲しい所があれば言えよな」


「う、うん兄ちゃん分かった。あ~~明日が楽しみだ~~♪」

  そう言うと上の空で朝ごはんを食べる。

 兄ちゃんもいつも通り私と一緒に食べてはいるけど、私は気になってしょうがない。

 いつも通り……いつも通りにしないと……いつも通りって……どうだったっけ?



 私と兄ちゃんの仲は悪くない。

 他の兄妹ってよく知らないけど、一緒に買い物とか行ったりしている。

 父が小学生の時に他界し、その後母は働きに出て、兄妹二人きりの時間は多くなった。

 とはいえイチャイチャしたりはしていない普通の兄妹だと思っている。


 でもあの小説を見てしまっては、普通ってなんだっけ?


 ああ、気になる……どうしてもチラチラと兄ちゃんを見てしまう。


 兄ちゃんは至って普通にパンを噛りながら、のんびりとテレビを見ている。


 私の前でも特に変わりは無い。

 視線も全く感じない。

 普通なら好きな人を前にしたら、情緒不安になったりするよね?


 あれはやっぱり……ただの小説だったのか……。


  あれ? 私……なんか残念な気持ちになってる?


  いやいやそんな事は無い……でもまあ、確かにうちの兄ちゃんは、そこそこ格好いいし、私に優しい。


 でも……兄ちゃんに対して恋愛感情なんて……考えた事ない……けど。


「なに? 俺の顔になんか付いてる?」

  自分の顔をペタペタ触りながら私に聞いてくる兄ちゃん。

 あ、ヤバいじっと見すぎた。


「えっと……うん」


「え、マジで? 何が付いてる?」

 手の甲で口の辺りをごしごしする兄ちゃん、ちょっと可愛い。


「目と鼻と口が」


「う、マジか、そんなのが付いてるのか……っておい!」


「あはははは、乗り突っ込み~~~」

 ああ、そうだ、こんな感じだ、いつもの兄ちゃんとの会話。


「全く、早く食べてろよ、俺片付けてから出掛けるから」


「兄ちゃんどこ行くの?」


「え、あ……えっと本屋に」


「本屋、なに買うの? エッチなやつ?」


「買わねえよ、ちょっと辞書を」


「今時……辞書?」


「ああ、ちょっとな、国語の勉強?」


「ふーーん、兄ちゃん理系じゃん」


「だから、勉強しないと」

 勉強……国語じゃなくて、小説のじゃない?


「へーー、私も一緒に行こうかな~~?」


「いや、今日は他にも行く所があるから……」


「へーー、デート?」


「いや、俺彼女居ないから、知ってるだろ?」


「知らないよ? 前に連れてきた可愛い子は?」

  本当は知ってる……兄ちゃんに彼女は居ない。


「え、あれは……ただのクラスメイトで、数学教えて欲しいって言われたからって、中3の時の話じゃねえか、何年前の話しだよ!」


「ふーーん、それから全然居ないんだ、兄ちゃんモテないね」


「余計なお世話だよ、そう言うはるはどうなんだ?」


「えーーー? 私? 居ないよ」


「そ、そうなんだ、ははは、お前もモテないじゃないか」

 私がそう言うと一瞬だけ、ほんの一瞬だけ兄ちゃんの口角が上がった。


「私? こないだ告白されたけどね~」


「告白されてるのか!!」

 そう言うと今度は驚きの表情で私を見た。


「うん……一応?」


「そ、それで?」


「え、だから彼氏は居ないって」


「断ってるのか? なんで?」


「えーーーだって受験のタイミングで告白とか、それただのストレス解消じゃない? じゃなかったらそんな事してる場合? とか思ちゃって、あははははタイミング悪い奴だよね~~」


「そうか……えっと、ちなみにタイミング良かったらそいつと付き合ってたのか?」


「えーー?、うーーーーん、好みじゃなかっかな~~あいつは。なんか体育会系っぽくて、サッカー部のエースって自分で言うところがなんかね~~」


「サッカー部……」


「私あんまり好きじゃないんだよね、体育会系男子」


「そ、そうなんだ、へ~~~」

 ここでようやく兄ちゃんは嬉しそうに笑った。

 あんなに必死に……兄ちゃん……やっぱり……私の事。


「あ、もうこんな時間だ、もう片付けは後でいいや、じゃあ俺行くから」


「え、あ、うん、ごめん、私やっておくからいいよ」


「そうか? あ、ありがとう、じゃ、よろしく、明日な」


「うん、行ってらっしゃーい、気を付けてね」


「あいよ」

 そう言ってテーブルに置いてあるヘルメットとグローブを持って兄ちゃんはキッチンを後にし出掛けて行った。


 そう、うちの兄ちゃんはバイクに乗っている。

 格好いいけど、ちょっと心配……だって危ない感じがするから。

 兄ちゃんに何度も大丈夫って聞いたら、俺は安全運転だから大丈夫って……。


『じゃあ安全運転なら後ろに乗っけろ』って言ったら『免許取得1年以内はダメ~~』って言われた。

 そうなのか~~残念。

 

 でも、もしもそれが出来たとして、私が後ろで兄ちゃんに抱きついた時の反応が見れたかも知れない。 

 確か16の誕生日に免許を取得していた。

 なのでもう少しで取得1年が経つ。


 その時に試して見る価値はあるかも知れない。


「……明日どこに連れてって貰おうかな、バイクの後ろに乗れれば色んな所に連れて行って貰えるのに」

 とりあえず明日何処に行くか考えながら、二度寝しちゃおう


 私は部屋に戻りスマホ片手にベットに寝転ぶ。

 勿論最初に開いたページは兄ちゃんの小説。

 今のところ更新はない。


「兄ちゃんのこの小説が実話だとしたら……明日の事を書くんだろうな~~」


 ちょっと緊張する、私達兄妹の事が日本中に知れ渡るって考えると。

 実名ではないけど、変な所には行けない……。


「そうだよ、どうしよう……『舞浜ランド』って言おうと思ったけど、子供っぽい? それ以前に行った場所が書けないか?

 名前ボカして書くのかな? それはそれでちょっと面白そう。でもだったらなんかこう……大人のデートみたいなのを書いて貰わないと、私の尊厳っていうか」


 あれ? これって……なんだ? 私が兄ちゃんの小説を作ってる様な感じがする……


「二人で小説を作る?」

 ちょっと面白いかも?


 でも……本当に告白とかされたらどうしよう。


 いやでも……兄ちゃんはあくまでも小説を書くだけ……でも……本当は一体。



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