とある事業所(作業所)

あらいぐまさん

第1話 とある作業所

 5月7日のことである。季節は、代かきが終わり、稲を、植え終わった頃で、照り付ける日差しが、一段と厳しくなっていった頃である。

 主人公の飯田守は、事業所で、いつもと同じことを、繰り返していた。

 守は思う……。

 ……彼にとっての幸せは、皆を支えられる人になって、友達と彼女と共に、心穏やかに、暮らすこと……

 そんな感じのことだった。


 しかし、守は、普通の精神障碍者と違って、明らかに劣っているところがあった。恥ずかしい所に、身体的欠損があるのである。

 この事で、守は、一般社会に出る事を、ためらっていた。だからと言って、守が、事業所で、能力を発揮すると、尖ってしまい、周りから、激しく叩かれる。その事で、守は、嫌な思いをしてきた。


 丁度、一カ月前、守は、上司Aと揉めて、そこを追い出された。守の行き場は、本部しかなかった。

守が、本部に行くと、そこには、暗い空気が漂っていた。

 そこで、守は、養護学校を卒業して、事業所に入ってきた、2人の利用者と対面した。 暫く、2人の様子を見ていたが、ある日、上司Aが、本部に用があってきて、守ると、鉢合わせになった。

 上司Aは言う……。

 「また、なんか書いているんでしょう?」

 そんな物言いに、守は、激しい怒りを感じた。

 ……別に、それは、個人の、自由だろう……

 守は、少し気持ちが揺れて、何か言おうかな、と思っていると、上司Aは、マウントを取りに来て、守に対して、思いつくまま、罵詈雑言を浴びせた。

 守は、黙って聞いていた。


 そして、守は、思った。

 ……日本人の平均寿命が86才、守の様な統合失調症の平均寿命が61才、今、守の年が、54才、後6年生きて何の変化もなかったら、志納……

 守は、6年精一杯生きたら、未来が変えられるのだろうか?

 それは、誰にも、分からないことだった。

 最近、夜風が、心地よくなって、熟睡しているのだが、現実世界では、上司Aの嫌がらせを受けて、こんな薄暗い困難に、直面している。


 守は、色々、無意識に、守の周辺の環境に合せて、最適な行動をする。ただ、守には、そういうことをするのは、なぜなのか? その理由がわからない……。けれど、何か? 理由が、あるはずだ。守は、行動しながら、その、理解を深めることにした。


 守は、そこで、対面した、養護学校の2人に、5つの言葉を教えることにした。それを、教えたら、後は、本人が、自分の進むべき道を、選び取ってほしいと考えていた。

 5つの言葉とは、「理解したら『はい』」「何かしてもらったら『ありがとう』」「何か、してもらう時は『お願いします』」「周りの人達への配慮に『お疲れ様です』」「相手を、立てたり、自分の間違いに気づいたら『済みません』」と、説明することにした……。

 理由は、分からないが、体感的には、それが出来る可能性は、高いと踏んだ。


 守は思う……。

 ……2人は、5つの言葉を覚えられるのだろうか? ……

 彼らに、5つの言葉の内、4つを教え、最後の「済みません」の言葉は、伏せていた。

 すると、彼らは、学校で習ったこともあって、思ったより、4つの言葉は、この事業所では、比較的簡単に、達成できそうだった。


 ただ、彼らは、良い事も悪い事もするが、余りにも未熟である。ある程度支えていこうと考えた。そこで、「今の良かった」と声をかける。言い洩らしたら「さっきの良かった」と、言う、すると、「何で?」と、聞いてくるので、何が良かったのか、嬉しそうに説明する。

 すると、二人の自己肯定感が、上がってきて、恐ろしく短期間で覚えた。


 守は、4つの言葉に注意を払いながら、「モノをもっていく時は、『持って行ってもいいですか?』と聞いてください」と、言ったり、「トイレに行くときは、『席を外します』と言ってください」、「『ハイ』の返事は、一回で言い」と、言って、作業の手順と一緒に教えていった。

 そうして、声掛けの潰れる原因が、声掛けしても、反応がないことなので、守は、誰かが、声をかけて、何の反応もない時に、それが、正しいと思うのなら、守の義務として、「はい」を、言うことにした。


 そうして、作業を進めていくと、守の働きかけは、あからさまな態度で拒否されることもなく、自然に受け入れられた。


 ただ、守は、支援員ではない、彼らの心のあり様がわからない、5つの言葉を教えたら、後は、支援員に任せて、それ以上タッチしないことにしていた。そうして、最後の難関の『済みません』を残すのみになった。



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