第51話「静止の一撃」
ラヴァ・スライムの頭上に辿り着いた時、私はさっきの少女、シギュンの言葉を思い出していた。
―――お姉ちゃん。もし、この先戦う中で苦しい場面があったら………戦う中で、もっとも信頼している人の顔を思い浮かべながら神術を使って。
今がその苦しい時なのかどうか聞かれると、それは分からない。
間違いないのは、私一人で戦えばまず勝てない事。別にそれはいい、分かりきった事だ。
でも、それよりも大変なのは……これをそのまま放置すれば、ドワーフの人達の村が無くなり、下手をすれば死人が出てしまう。
必死だったとはいえ、私に脅すような真似をされ、怯えながら村の人達の避難を手伝ってくれ、私の無茶を聞いてここまで飛ばしてくれたドワーフの人達。
どうせ自分達には使えないからと、あっさりととんでもない物をくれたゴドーさん。
私になにか……、力をくれたシギュンという女の子。
助けてくれたみんなの為にも、私は自分の出来る事を全力で成し遂げたい。
左手にイヴの聖杖を握り、術式を一つ起動する。
「神術、起動。」
シギュンの言葉が、もう一度私の脳裏をよぎる。
信頼している誰か……
勿論、私はアルシアさん達を信頼しているし、尊敬している。
凄く強いのに、変なところで頼りないアルシアさん。
興味なさそうな顔に見えて、私が王都を出る前に時間が許す限り、稽古をつけてくれたフレスさん。
邪悪竜なんて言われてるのに、すっごく強くて優しくて、アルシアさんに全然素直じゃないニーザちゃん。
皆、尊敬してるし、信頼している。
でも……
――――その人っていうのは、きっと高位魔族の誰かさんだろうけど、ね?
初めて会った時から、優しくて私の事を護ってくれて、鍛えてくれた―――――
「召喚――――フェンリル。」
発動と同時に私が持っていた聖杖が氷に覆われて槍と化して、自慢の金色の髪も毛先が青に染まっていく。
最後に私の額にフェンリルさんと同じ十字の紋章が浮かび上がり………私の瞳は金色に染まっていった。
私は聖杖に力を乗せて、教えてもらった技を起動すると、自身の周囲に無数の氷の槍が生成されていく。
私は3人に念話で声を掛けた。
「準備が出来ました。いけます!」
◆◆◆
ニーザの力で飛びながら、「やはりか……」と呟く。
もしや、と殆ど確信に近い予感を抱いたのはアリスがニーザと腕試しをしたあの日、最後に使った技を見た時だった。
最後に放とうとしたあの槍、彼女はホーリーランスと言っていた――思い込んでいた――が、アレはそんな物ではない。
何故なら、あの技からは……アリスから感じたそれは俺がフリードの神の刻印を破壊した力と近い物だった。
スルトから聞いただけで、俺はあの時代で他に所有者を見た事は無かったが、たぶん俺とは違う性質だろう。
それでも、アレがラヴァ・スライムにとっては、何よりも脅威であることには変わりない。
ラヴァ・スライムが身体の一部を槍のように尖らせてアリス目掛けて放つが、俺はそれを魔力を乗せただけの鎖で斬り裂いた。
本当は使いたくなかったし、危険な力でもあるから、仕方ない。
融通が利かないし、何より間違えてニーザ達に当たろうものなら大問題もいいところだ。
ただまあ、アリスだけ使って自分だけ、なんてのもな……。
「ギオォオオオオ!?」
魔法を受け付けない筈の身体が斬り裂かれた挙げ句、再生も分裂も起きない。
神術以外受け付けない身体が明確なダメージを受けた事で、ラヴァ・スライムは先程までとは違う咆哮……悲鳴をあげた。
俺は黒い魔力を帯びた鎖を操作しながらスライムを金色の目で睨みつけて、冷たく言い放つ。
「知ってるか?魔法が効かないなら、効くように振る舞えるのが災い起こしなんだぜ?」
『アルシア。格好をつけるのは構わぬが、そろそろ下がれよ?』
『分かってる。後は任せたぞ。』
俺が展開していた力を解除したあと、翼を羽ばたかせて逃げるのと同時に、ニーザが作り上げた神術の威力ブーストを掛けるゲートがラヴァ・スライムの上空に展開された。
『アリス、行きなさい。』
『はい!』
アリスがニーザの呼び掛けに応えるのと同時に、上空に展開された無数の氷の槍が、俺の作り出したゴーレムごとラヴァ・スライムを串刺しにして凍りつかせた。
スライムは俺の作り出したゴーレムを取り込もうとしたが、出来ない。
無駄だ。アレは……アリスが放った槍は俺がマグジールに使った技とは威力の桁が違う。
神術であるのは勿論、恐らくは神の力さえも静止させられる凶悪な力なのだから。
少しだけ離れたところで、俺は待機した。
何かあった時の為にだ。
俺はアリス、ではなく……戦友であるフェンリルを見て苦笑した。やはりと言うべきか、自分が気にかけた少女が同質の力を持ち、大事な場面で自分の力を選んだ事を嬉しそうにしていた。
全ての槍がラヴァ・スライムに撃ち込まれたのを確認して、フェンリルはアリスと共に最大級の力の名を口にした。
「「
その言葉と共に、ゲートを通じて膨大な冷気の奔流がラヴァ・スライムを襲った。
「ぎ、オ………ォ………!?」
断末魔をあげようにも、身体の内側から凍りついていく為にそれは叶わない。
苦し紛れに刃物の様な触手を伸ばそうにも、それは伸ばした先から凍てつき朽ちていき、遂にはその山の様に巨体さえも凍りついた。
が、アリスは止まらない。
アリスは落下しながら魔法陣を作ると、それを蹴り飛ばして落下する速度を上げ、召喚で纏っていたフェンリルの力を全て拳に集約させて振りかぶりラヴァ・スライムの頭部に肉薄した。
そして、その拳を全力で叩きつける。
「集約召喚……
アリスがそう叫ぶのと同時に、ラヴァ・スライムは氷漬けにされたゴーレムごと、為す術無く粉々になり崩れ去った。
分裂する気配も、再生する気配も無い。
マグジールの持ち込んだ災害は完全に沈黙したのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます