第12話 恐るべき邂逅――紅髪の暗殺者を、適職が襲う――!

 こんばんは。今日も今日とて悪逆王女の住まう塔に忍び込む、国一番の暗殺者、ソウマ=クサナギです。


 常にクールで一切の感情を排する暗殺者の中の暗殺者である俺だが、今日ばかりは違う。ただひたすら、全速で駆け通し、気配も足音も〝殺し〟ながら、目的地へ向かった。


 目的地とは当然、悪逆王女の寝室―――当たり前に、誰に気付かれることもなく。


「っ! ………っ」


 扉を開こうとする直前、一切の感情を排している暗殺者の俺は逡巡しゅんじゅんする。


 シャロ=コールデットは、暗殺者としての才覚はポンコツだが、これ以上に無いほどポンコツだが……ポンコツ・オーバーフローだが。

 戦闘能力に関しては、異常の一言―――そこだけは、国一番の暗殺者である俺も認めざるを得ないほど、超一流だ。


 そんなシャロが、まかり間違えて潜入に成功し、ターゲットに接近できるなら。

 この扉の先の光景を。


 悪逆王女が血を流し、倒れているところを想像すると。


 一切の感情を排している国一番の暗殺者の俺は、想像だけで血反吐を吐きそうなほど、胸をかきむしられるような感情に囚われる――


 ……とにかく、今は逡巡している場合ではない。そう、俺のターゲットが横取りされるかもしれない、そんな恐怖もとい怒りもとい焦燥もとい……とにかく排した感情的なアレに、足踏みしている場合ではない。


 俺はあくまでもクールに、震える手で、扉に手を添え――叩き付けるように、開け放つと――!



「国一番の暗殺者、ソウマ=クサナギ、参上した! おのれシャロ=コールデット、俺のターゲットを横取りしようとは、もはや許せぬ―――」


「まあっ、いらっしゃいませっ、暗殺者さまっ♪」


「ん? ………………ん?」



 ………………。


 ん?


 とりあえず、現状を確認しよう。悪逆王女は、無事である。無事どころか平和に紅茶をすすっている。良かった。いや違う。この安心はターゲットを横取りされていなかったという、暗殺者ゆえの安堵あんどであって、別に悪逆王女を気遣ったわけじゃないんだからね。勘違いしないでよねっ。


 と、したたかに大混乱した脳内で考えている俺を、最も困惑させている存在。


 シャロ=コールデットも、


 なぜか―――のだが。


「…………………………」


 しかも何か、しわしわの渋面しぶづらで俯き気味だ。紅茶が渋かったのだろうか。


 状況をはかりあぐねていると、ターゲットである悪逆王女が暗殺者の俺に駆け寄ってきて、楽しそうに美声を弾ませる。


「暗殺者さまっ♪ ようこそお越しくださいました……よろしければ、一緒に紅茶など如何いかがでしょう?」


「あ、ああ。……あ、そうだ、コレは今日のお土産の、新作ケーキとマカロンである」


「! わあっ……いつもありがとうございます♪ ではせっかくですし、お紅茶のお供にでもっ。ふふっ……そうそう、実は今、シャロさまから暗殺者さまのお話を伺っておりまして」


「……なにっ!?」


 王女の言葉に俺は、一切の感情を排した焦りに囚われ、シャロに声を投げかけた。


「シャロ、キサマッ、王女に余計なコトを吹き込んだのではッ……」


「暗殺者さまが、如何に格好よく、国一番の暗殺者として仕事なさっているのか……おとぎ話を聞いているようで、ご活躍に胸を高鳴らせておりました……♪」


「続けてどうぞ」


 まあそんなに問題はないかな、と的確に判断した俺は、めることをめる。


 いや、今はそれよりも――今はどういう状況なのか、確認するのが先決だ。

 いそいそと俺の分の紅茶を用意する王女に気を取られることなく、俺は――


「ラン、ラン、ラ~ン……♪」


(フンッ、暗殺者が死ぬほど愛らしい……ではなく!)


 とにかく! シャロに小声で問いかけるとする。


「オイ……オイ、シャロ。気をしっかりと持て。これは一体全体、どういうコトだ? おまえ、暗殺に来たのではないのか? ……オイ?」


「…………………………」


「聞いているのか、シャロ?」


「………な………」


「な?」


 そこで、ようやく反応を見せたシャロが、明かしたのは。



「なんか……? として……、されました?」


「…………………………」


「なんか、こう……出会い頭に気をがれて、そのまま色々と話してる内に、なぜか……そんな感じの話になって……」


「…………………………」


「暗殺者さまっ、準備ができましたっ♪ うふふ、おいしそうなケーキ……今日は暗殺者さまも会いに来てくださって……まで出来て、とても幸せな一日ですわっ♪」



 夜にあって太陽と見紛みまがうような、輝く笑顔の悪逆王女の言葉を受けつつ。


 どうやら王女の自動防御魔法も発動していない――つまりシャロに、もはや〝敵意〟も〝悪意〟も無いらしい、ということを確信して。


 俺はシャロへと、簡潔に告げる。



「……適職が見つかって、良かったな?」


「……う、うぅ~~~~ん……?」


「? どうか致しましたか、暗殺者さま、シャロさま?」



 こてん、と首を傾げる悪逆王女(かわいい)と、いまだ煩悶はんもんするシャロに挟まれ、俺は改めて思う。



 どうやら今日も、暗殺者は悪逆王女を殺せないらしい………ほっ。

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