第8話 一流の暗殺者の余分な不純物の排除、そして――

 その日の早朝、俺は悪逆王女の住まう離れの塔に、潜入していた。


 が、今日の目的は――暗殺者たる俺は、調理場の死角で、一人の男に刃を突き付けていた。


 それは料理人ではなく、王女へ食事を運ぶ給仕きゅうじ係のメイドでもない。

 全くの、――まあ俺も似たような者だが、それが示すのは。


 この男こそが、王女に毒を盛っている張本人――即ち、暗殺者だろう。


「ヒッ……ヒッ、な、何者ッ……」


「黙れ、声を発するな三下、俺だけならともかく、貴様は気付かれるだろう。気付かれて都合が悪いのは、貴様の立場もだろうが。俺に聞かれたコトだけ答えろ」


「ッ……ッ、ッ……」


 何度も首肯しゅこうする男に、一瞥いちべつをくれつつ思う。


 王女に毒を盛ったのは料理人ではない、と目星は付けていた――王女にきょうされていた料理は、間違いなく逸品いっぴんの手腕。矜持きょうじを持って仕事をす者は、そこに汚らわしい不純物など混ぜたがりはしない。一流はそういうの良く分かる。


 という訳で、簡単に見つけられたのだが――重要なのは、ここからだ。


「貴様、誰の命令で王女に毒を盛っている? 仲介者の名は? 貴様はいつからだ? 順番に答えろ」


「ッ、ッ……だ、誰かは分からねぇ……仲介者は、フードと仮面で分かんねぇ……い、いつからって、おれは三日前から……」


「……フンッ」


 大して期待もしていなかったが、直接的に得られた情報は少ない。

 だが間接的には、確信を持てる材料は多くなってきた。


〝誰の企みか分からぬようにする念の入りよう。仲介者とて一人二人ではあるまい〟

〝何度も毒を盛られているという王女に、たびたび刺客を変える、それを成すだけの財力と執念〟


 悪逆王女の噂を聞いて義侠心で――などという薄ら寒い正義感が動機ではない。

 もっと大きくて、どす黒い醜悪な陰謀が、背景にある。


 ……まあおおよその見当は、ついてはいるが。


 やれやれ、とため息を吐いた俺に、目の前の男が震える声で言う。


「……な、なあ、あんたも暗殺者なんだろ……ど、同業者のよしみで、見逃してくれよ……い、いいだろ、へへ……」


「……ああ、媚びる必要はない」


「! ヒヒッ、助か――」


「もう、


「へ? ……………ぁ」


 俺が既に、短刀を鞘に納めていたことに、気付いてもいなかったらしい。


 そんな男が―――を確認するや、直後。

 泡を吹き、どさっ、と倒れ伏した。



 ――――この朝、一人の暗殺者の潜入が発覚して騒ぎとなったそうだが、とっくに去った俺の知ったことではない。



 ◆     ◆     ◆



 仕事の下調べを……そう、決してターゲットの悪逆王女のためではなく!

 あくまで俺の好奇心からなる調査のため、別の暗殺者の可能性を排すべく行った、ただの仕事の範疇の潜入を終えた帰り道。


 俺は、国一番の恐るべき店に訪れつつ、考え事をしていた。


(さて、あれだけ騒ぎが起きたのだから、王女の食事に毒を盛るような……そういうクソ姑息な暗殺者が入り込むコトは、暫くなくなるだろう。ククク、これで心置きなく、俺も仕事が出来るというモノ……完璧なる暗殺者である俺の仕事に、余計な不純物は不要だからな。恐れよ悪逆王女、もはや俺の刃を曇らせるモノはない――)


「いらっしゃいませー♪ 新作ケーキと期間限定マカロン、入りゃっしたー♪ 彼女さんも大喜び、一発で虜になること間違いナシでーす♪」


「すいません。それ全種類、一つずつください」


「あざざーっす♪ かしこまりゃーっしたァー♪」


 なんか尖った掛け声の女性店員さんだが、まあいいか別に。


 さて、注文は終えたし、大人しく待っていよう――と、言いたいところだが。


「―――探したわよ、ソウマ=クサナギ! まさか国一番の暗殺者であるアンタが、スイーツ店にいるなんてね! 意外すぎてなかなか見つけられなかったわ!」


「………………はあ」


 何だか、とても面倒くさい予感を覚えさせる、甲高い声に。

 俺は渋々しぶしぶと……渋々と、渋々々々しぶしぶしぶしぶと振り返り、返事した。



「……何か用か、……シャロ=コールデット」

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