第35話

ファーラの地下工房に向かった、アシアスとルイナ。

今日はファーラは来れないと連絡があり、二人の表情は精彩に欠いている。


ここ最近、ファーラは忙しいらしく来られない日が多い。

時間を見つけては、日中に来ている事もあるようだが、そうなればアシアスと顔を合わせる事が無いのだ。


ファーラは五百年前の人だ。転生してこの世に生まれたと言っていたが、今世の彼女の事は何も教えてくれない。

五百年前の彼女は平民で魔法使いだったことは知っている。だが、今世は?恐らく貴族の出だろう事は見ていればわかる。それも、高位の。


今世のファーラ様の事を知ったとして、今の自分は何もできないけれど。

でも気になるんだ。彼女がどこの国の人で、どこに住んでいて、どんな地位にいる人なのか。

好きな人はいるのか、婚約者はいるのか、結婚しているのか・・・・

この土地を取戻した後は?俺達とは、どんな関係になるの?


ファーラが傍にいる時には考えない事を、彼女がいない時間が多くなればなるほど考え気持ちが沈んでいく。

そして追い打ちをかける様に、式神ファイブが集めてくる情報の中身の残酷さ。

心が暗く澱んでいくのを、自分で止める事が出来ないのだ。


はぁ・・・と、無意識に溜息を吐くアシアスを、心配そうに見上げるルイナ。

ファーラがいないのはルイナとて寂しいし、不安だ。

特に式神たちが集める情報を精査する仕事を手伝ってからというもの、その内容の残酷さに心が折れそうになる事も一度や二度ではない。

そして、早く何とかしなければ・・・と焦りも生まれてくる。

だが、自分達二人では何もできない事も、痛いほどわかっていた。

この情報とて、ファーラの式神が集めてくれたもの。以前、自分達も同じように中枢貴族の情報を集めようとしたが、何もできなかった。

余りの無力さに嘆いた時もあり、そんな時はファーラが「私の土地を取り返そうとしてるんだもの、私が頑張るのは当然よ。アシアスもルイナも、もう少し体調を整える事に集中して」と笑ってくれる。その言葉に甘えてしまっているのも自覚している。でも、それ以上に彼女の存在は自分達の心の支えになっているのだ。

何をしても報われず、半ば諦めながら生きてきた。頼れる人もごく僅かだが、貧しいこの国では自分達の事で手一杯の状態。

そんな時に、まるで太陽のような輝を持つその瞳が、大丈夫だと力強く自分達を照らしてくれたのだ。精神的にも肉体的にも救ってもらったルイナの全ては、ファーラに捧げたと言っても過言ではない。彼女にならばどのような扱いを受けても、この国を正す際に命を落とすようなことがあっても構わないとすら思っている。


きっと、お兄様も私と同じような考えだとは思うのだけれど・・・・でも、お兄様は私とは別の意味でファーラ様を特別に思っていらっしゃる。

地下工房を見つけてからのお兄様は、ファーラ様の話しかしないほど夢中でしたもの。

憧れてやまない人が目の前に現れたら・・・しかも、強くて優しくて美しい。周りの方たちが、放っておくはずがないわ。


ここに居る以外は姿を偽っているという話は聞いているが、例え偽っていても魅力的な女性なのだろうとルイナは確信している。何故なら、姿かたちが違っても、本質は変わらないと思っているから。だが、意外と外見に捉われる人が多い事を、信頼できる者で周りを固められていた世間知らずのルイナには、今の時点では知る由もない。


それぞれの想いを胸に秘めながら工房に着けば、ひらひらと美しいオレンジ色の蝶が二羽、二人のもとに飛んできてた。

そして、まるでキスでもするかのように頬に触れるとふわりと光り、二人の少女へと姿を変えた。

「・・・・ファーラ様?」

恐らく七、八歳位の可愛らしい少女が、ニコニコと笑っている。

髪の色は銀色。瞳の色は、珍しいパパラチアサファイア。いつも以上に大きくくりくりと動く瞳は、まさに小さなファーラそのもの。


『アシアス、ルイナ。今日も此処に来れなくてごめんなさい』

『見た目は小さくても、私と何ら変わらなく動けるこの二人を手伝わせてちょうだいね』


可愛らしい声でファーラの口調で話す、少女二人。

アシアスとルイナは引き寄せられるようにふらふらと少女たちの前に進み出ると、目線を合わせるかのように膝をついた。

「ファーラ様なのですか?」

アシアスはいつもよりも小さくて儚そうなその手を慎重に握った。

『そうよ。意識は繋いでいるから、体だけ式神なのよ』

「では、何故子供なのですか?」

ルイナはいつの間にかソファーに座り、少女・・・元い、子ファーラを膝の上に抱っこしぎゅうぎゅうと抱きしめている。

『それは、少しでもあなた達を癒せればなって思ってね』

ニッコリ笑うその顔が尊くて、アシアスとルイナはぐっと拳を握るのだった。


アシアスは子ファーラを抱き上げ、ルイナと同じくソファーに座りそのまま膝の上に座らせた。

『アシアス、重くない?』

「全然。ファーラ様をこんな風に抱っこできるのが奇跡の様で・・・・」

歓喜に打ち震えながら言葉を詰まらせるアシアスにルイナは、「お兄様ってば、本当にファーラ様が大好きですよね」と、さらりと爆弾を落とした。

「ル、ルイナ!!な、なにを・・・」

顔を真っ赤にしワタワタし始めるアシアス。そんな彼の膝の上に載っている子ファーラが、バランスを崩しひっくり返りそうになるのを、焦ったようにアシアスが抱きとめた。

「申し訳ありません!大丈夫でしたか?ファーラ様!」

『私は平気。それより、アシアスの体つき、大分筋肉ついたね』

そう言いながら、抱きとめられたのを良い事に、背中に手をまわしさわさわと動かしながら、筋肉の付き具合なんかを確かめはじめた。


いくら式神で子供の様な姿であっても、ファーラであることに間違いはなくて、恋焦がれる人に抱きしめられて今にも湯気が出そうなほど真っ赤になり、ガチガチに固まってしまったアシアス。そんな彼が可愛くてしょうがないファラトゥールは、大人の時と同じような笑みを浮かた。

今は子供の姿だからこそ、このように抱きつながらあの骨と皮だった頃からは想像もできない程、逞しくなりつつある彼の体を確認できるのだ。


次第に早く大きな鼓動を刻むアシアスの胸に頬を寄せながら、子ファーラは満足そうに微笑むのだった。


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