第31話

はぁぁぁ・・・・・・



大きな溜息と共に、カリカリと紙の上を走るペンの音が室内に響く。

ハトコ令嬢襲撃から二日経った。


「お疲れ様でございます」

家令がファラトゥールの好きな、フルーティーな香りのお茶を置いた。

「あ、ありがとう。もう少しでレポート書き上がるから、一応確かめてくれる?良かったら今日もう、送っちゃおうと思うの」

「承知しました。準備だけはしておきます」

「お願い。・・・・あと、これからはどこぞの令嬢がきたら、全て砦に案内してくれる?相手してらんないわ」

「レポートと共に、その旨記載した書面も届けるようにします」


そう言って優秀な家令により昨日、砦にレポートが届けられたのだ。


その返事が今日だとは・・・・仕事が早いわね。


ファラトゥールは公爵邸の自室に戻り着替えに取りかかる。

本日も王女バージョンで行こうと、オパールグリーンを主体としたドレスで襟やウエストに鮮やかなグリーンを使った、すっきりした色合いのものを選ぶ。ところどころにレースや金の飾りが使われ、可愛らしさも感じさせるお気に入りの一着であり、前世で言うところの勝負服でもある。

アクセサリーは金の台座にエメラルドが煌めく小ぶりのイヤリングとネックレス。

きっちり髪も結い上げ、ファラトゥールデザインの簪がその髪を飾る。アクセサリーにすらなれない屑ダイヤとエメラルドをふんだんに使った簪。勿論、前世の知識から作ったアクセサリーだ。

頭を揺らす度、シャラシャラと涼やかで控えめな音が鳴る。


使用人達からは、ファラトゥールの美しさに感嘆の溜息が漏れる。


ファラトゥールも最終確認の為に鏡の前に立っていると、セレムが到着したと使用人が呼びに来た。

「ファラ様、公爵様が到着されました」

「わかりました」

もう一度鏡を見て気合を入れなおし、部屋を後にした。


応接室へといくと既にセレムが座っていた。

ファラトゥールが入室すると立ち上がる為に腰を浮かそうとしたが、彼女の姿を目にとめた瞬間、目を見開き身体を硬直させる。

だが、すぐに我にかえり立ち上がり、胸に手を当て最上級の礼をとった。


ここに居るのはレインフォード公爵夫妻ではなく、セイリオス国王女とアトラス国のレインフォード公爵。

「この度は、我が国民が王女殿下に大変失礼をいたしました」

セレムが深々と頭を下げた。

「事の詳細は手紙に書いた通りです。今後は後妻や情婦希望者は直接砦に向かわせる事にしましたので、そちらで対処してください」

セレムはぐっと唇を噛み、顔を上げ「承知しました」とだけ答える。

「座って頂戴」

「失礼します」

そこで初めてお茶が出される。

取り敢えず言いたい事を言うために、ファラトゥールは一口お茶を飲み喉を潤した。

「正直な所、公爵が砦に何人愛人を囲い、娼館に何人馴染みがいてもわたくしは気にしませんの」

その言葉に、セレムは一瞬傷ついたような表情を浮かべたが、すぐに不満そうに眉を寄せた。だが、ファラトゥールは気にすることなく続ける。

「ですが、邸宅にまで別れてくれ、愛人にしてくれと押しかけられるのは非常に不快です。本来であれば妻が対応するのでしょうが、公爵はわたくしに関わるなと仰ってましたよね?公爵絡みでしたので、わたくしが対処する必要はない案件でした。兎に角、迷惑の一言に尽きます。今後はこのような事が無いようにしてください」

黙ってファラトゥールの言い分を聞いていたセレムだったが、非常に渋い顔をしている。

「・・・・承知しました。ただ一つ、訂正させてください」

「何かしら」

「私は砦に女性は囲っていませんし、娼館にも通っていません。これだけははっきりさせていただきたい」

ムキになったように反論してくるセレムに、意外だなと言う顔をするファラトゥール。

「・・・・わかりました。まぁ、わたくしは公爵の生活がどんなに乱れていようと興味はありませんけれど」

男の名誉など関係ないと、しれっと貶しお茶を一口。そんなファラトゥールの態度に思う事がありそうなセレムだったが、ぐっと飲み込んだ。

そして話は、四人の令嬢の処遇に関しての報告となった。


「先日頂いた手紙は、すぐに国王陛下へも届けました」

「え?国王にも?」

公爵側だけで対応すると思っていただけに、意外な対応だ・・・とファラトゥールは目を見開く。

「我々は契約で婚姻したとはいえ、王命です。その王命に水を差すような事をされたのですから、報告は当然の事です」


王命に水を差すだとか言ってるけど、彼は自分の我儘で期限付きの結婚になった手前私に負い目があるし、陛下も自分のとこの公爵の我儘に私を巻き込んだ罪悪感があるから、進んで処遇に関わってくれてるんでしょうね。

まぁ、余計な事をした令嬢四人のバカさ加減に対しての腹立たしさもあるのでしょうけど。


「そう。では、彼女らの処遇は陛下がお決めになるの?」

「はい。こちらとしては二度と顔を見る事のないよう、処遇をお願いしました」


なるほどな・・・確かに二度とコイツに関わらないような処分を下せるのは、陛下しかいないもんな。

と、納得しつつも、嫌な思いをしたのは自分なのだから自分の意見も反映してくれないだろうかと、秘かに思うファラトゥールだった。


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