第9話
ファーラとかファラトゥールとかわかりづらいかもしれませんが、現在と過去の区別の意味で名前を分けました。
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ファーラの地下工房の入り口は、綺麗にお城に塞がれていた。
つまりは、工房の真上に城が建てられたのだ。
五百年前は当然城ではなく、ちょっとした屋敷が建っていた。勿論、ファーラの家だ。
使用人が二人、住み込みで働いていた。主に、研究の事になると寝食を忘れるファーラの世話なのだが。
五十代の夫婦で、子供も親戚もおらず天涯孤独同士が番い静かに暮らしていたのだが、ひょんなことからファーラと出会い共に暮らす事となった。
食料はほぼ自給自足。だがどうしてもここでは作れないものは、三人で町に出たり夫婦が買い出しに行ってくれていた。つまりは、不可侵の森を迷わず動ける人間は、術を施したファーラ以外では、彼等使用人夫婦二人だけなのだ。
魔法にしか興味のないファーラと、森に守られた土地。
きっと彼等夫婦には寂しくも閉鎖的なこの生活に、多少なりとも苦痛を感じていたかもしれない。
だが、彼等はとても温かく優しく献身的だった。あの頃を思い出すと、胸がキュッと切なく痛むくらいは、幸せだったのだ。
今は跡形もない屋敷を思い浮かべながら、感傷的になった気持ちを振り払うよう唇を引き締め前を向いた。
そしてパチンと指を鳴らせば、一瞬にしてそこからファラトゥールの姿は消えたのだった。
―――懐かしい匂いがする・・・・
五百年ぶりの工房。
実は地下工房も、地上の屋敷と同じような間取りをしていた。
地上では食堂だった部分が、地下では工房に。単に屋敷の中で一番広い面積を持っていたのが食堂だったからなのだが。
後のこまごまとした部屋は、寝室だったりお風呂場だったり台所だったり。
間取りは同じでも、配置はすべて違っていた。いくらファーラの結界で完璧に守られていても、絶対という事はないと思っている。
地下はシェルターとしての役割も果たしていたのだ。すぐに避難できるよう、出口に一番近い所に使用人夫婦の部屋をおくくらいは、万全を期していた。
ファラトゥールは感傷に浸る間もなく、一瞬で表情を消し工房の扉を開けた。
工房内は広く、正面には大きな机があり、アンティークなランプやペン立て本が数冊、綺麗に整頓され置かれている。
机の後ろには五段くらいの階段があり、登った先には壁のようにぐるりと本棚が並んでいた。
夢中になれば寝食を忘れるほど熱中してしまうファーラは、ベッド代わりにソファーを部屋の両サイドに置いていた。
その片方のソファーに見知らぬ男が眠っている。
森に道を作られてしまったが、この工房にはもう入り口は無いはずだ。
屋敷があったところに城を建てられていたのだから。
有事の際の避難路の出口からしか、今現在は入る事ができない。
その入り口ですら不可侵の森の中にあり、入り口は隠蔽してある。
事実上、入り口は存在しない事になっているのに。
なんで、こいつは此処にいるんだ?
正直、不快感しかない。
ファラトゥールにとっては大切で神聖な場所に、見知らぬ人間が土足で荒らしまわったかのような、不快感。
消してしまってもいいだろうか・・・・
ファーラの感覚で、物騒な事を考えるファラトゥール。
五百年前は戦争なんてそこかしこで起きていて、ファーラも自分の身を守るために戦っていた。
自分に仇名す者は、無情にも指先一つで葬ってきた。だから、目の前で呑気に寝ている男を消す事にも躊躇いはない。
ファラトゥールですら冒険者として活躍し、偽名ではあるがそこそこ有名になっていたが、そこに至るまではやはり色々とあり、時には人を殺めた事もあった。
だが、ファーラとしての記憶が強かったせいか、意外と割り切って受け止められていたのは幸いだったと今でも思う。
問答無用で消してもいいけれど、どうやってここに入れたのかも気になるな・・・
今後の為にと、取り敢えず目の前の男をたたき起こす事にした。
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