第3話

セレムにとってファラトゥールの言葉は耳の痛いものである。


正直この結婚話が来たときは、この国には意味のない事だと思っていた。

今現在何の支障もなく、敵国を撃退しているのだから。ましてや目の前には森がある。

何の問題もないのだ。


何故結婚をしなくてはいけないのか。


国王には何度も掛け合った。必要ないと。

だが、三国での取り決めである事。自国もそうだが他国の王族も納得している事をあげられれば、自分だけ我儘も言っていられない。

ファラトゥールの言うとおり、自分が一番の年長者なのだ。

年若い王族や貴族令嬢令息が粛々と王命に従っているのに。

だからこそ、最大限の譲歩で期間限定の結婚を提案したのだ。

ファラトゥールにしてみれば、何の意味も持たない結婚である。だからこそ、当事者達だけの離縁事項は極秘扱いとされている。


自分でも、わかっているさ・・・大人げない事くらい。

俺たち貴族は国の為に、家の為に自分の意志など関係なく結婚しなきゃいけないって事は。

だけれど、やっぱり受け入れる事は出来ないのだ・・・・


セレムは、黒髪に澄んだ青い瞳をしている美丈夫だ。

女性には興味がない。というより、ほぼガルーラ国からの侵略を食い止めるために、砦に詰めていて色気も何もない生活を送っていた。

なまじ容姿が整っており、国王の覚えもめでたく地位もある為、近寄ってくる貴族や令嬢が多いが、全てが煩わしく取りつく島もなく追い返していたら「氷鬼公爵」と呼ばれていた。

剣を持ては鬼神のごとく敵を葬り、その地位や権力目的で寄ってくる貴族や令嬢を永久凍土の様な眼差しで撃退する為、そう呼ばれるようになったのだ。

一応、身内にだけは優しい所があるので、従姉妹たちが勘違いする事も多かった。が、彼的にはただの身内。

度が過ぎれば例え身近な者でもあっさり縁を切る事ができてしまう位は、冷めていた。

常識の範囲内で少し優しくすれば、どこをどう勘違いできるのか・・・図に乗って言い寄ってくる。

そんな彼等を見てきたのだ。目の前のファラトゥールですらきっとすり寄ってくるのだろうと、信用していなかった。

だが、五歳も年下の女性に『自惚れるな』と一刀両断。

上っていた血も、羞恥で下がるというもの。


「ファラトゥール王女殿下、私の浅慮な行動と発言により、不快な思いにさせてしまい申し訳ありません」


冷静さを取り戻したセレムは、素直に謝罪した。

彼の短所は女性に対し思い込みが激しい事。だが長所は、己が悪いと思えば素直に謝罪できる事だ。

突然謝罪され戸惑うファラトゥールだったが、到底許す気にはなれない。


「謝罪は受け入れますが、許すかはまた別です。よって別居を希望します」

「・・・俺にはかかわるなと言った手前、こう言うのもなんだが・・・別居は認めることはできない。契約婚を認めてもらう条件に、対外的には一応仲睦まじく見せる様にと言われている」

結婚していきなり別居となれば、ガルーラ国もこの結婚は偽装だと思い、脅しにもならなくなってしまうからだ。

「はぁ・・・では、家庭内別居という事で宜しいですか?外交的な事には同行しますが、それ以外の・・・私生活では私の行動には干渉しないでください」

余りにきっぱりバッサリ言い切られ、はじめはセレムが自分にはかかわるなと言っていたはずなのに、何故か反対に彼女にかかわるなと言い募られる始末。

なんだか、親に叱られているような感覚になってくる。

そして、あれだけ嫌だと騒いでいた自分が、本当に馬鹿みたいに感じ、今更ながら恥ずかしくなってきた。

「承知した。俺はほとんどこの屋敷には戻ることはない。ほぼ砦に詰めているから。自由にしてくれてかまわない」

「わかりましたわ。それでは私は部屋に戻らせていただきます。ゆっくりお休みください」


言いたい事を言えて満足なファラトゥールは、一応、初夜の為に通されたセレムの部屋からさっさと出ていき、自分に宛がわれた部屋・・・隣の公爵夫人の部屋へと嬉しそうに帰っていった。

そして、残されたセレムは力が抜けたかのように、ベッドに仰向けに倒れ込んだのを、当然、ファラトゥールは知らない。

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