水の星
柊木 誠
第1話
二度目の日の出が起こる瞬間、マー君は右手を挙げた。
「簡単に言えば、この世界は我々が十分に暮らせるほどの資源が少ないんだ。だから戦争が……、ん、何か質問でもあるのか。言ってみなさい」
周りから、マー君に向けてどっと視線が集まった。
「先生……、いったいどうしたら、戦争は無くなるのでしょうか」
マー君は、声を振るわせながら、先生のことをじっと見つめてそう言った。教室内は一気にざわつき始めていて、マー君は好奇な視線に当てられ、すっかり萎縮してしまっていた。先生は少しの沈黙の後、真剣な面持ちで口を開いた。
「うーん、なるほどな。さっきも言ったけど、この世界では、みんなが生きていくための資源が少なすぎるんだ。だから、戦ってそれを奪い合うしかない。戦争しようがしまいが、どっちみち同じだけ死ぬことになる。でもみんな、どうせ大勢死ぬんだったら自分と関わりのない奴らが死んだ方が良いと思うだろ。君たちの両親もそう考えている。だから、まだ幼い君たちにこんなことを言うのも癪だが、戦争がなくなることはないだろうな」
先ほどまで騒いでいた同級生たちも、すっかり沈黙して、下を向いていた。クラス委員長のアリスちゃんはすでに大粒の涙を流していた。彼女は戦争で父親を亡くしていたのだ。それでもいつもの彼女らしく、気丈に振る舞うため、嗚咽を漏らしながらも決して声はあげないでいた。他のみんなも、彼女の頑張りに感化され、必死に悲しみを堪えていた。戦争は悲しみを引き起こす物だと分かっていたとしても、生き残るためには必要であると、割り切ったのだ。
ただ一人を除いてである。「先生、本当に戦争をなくす方法はないのでしょうか。僕はそのためなら、何でもやるつもりです」
マー君だ。いつも周りの目を気にして消極的な彼が、この時ばかりは溢れんばかりの情熱を胸にし、クラスの長である先生と、周りの観衆がある中、一対一での対談を望んだのだ。何人かの同級生たちは、今度は英雄を見るような視線を彼に向けていた。すると、先生は突然ニヤッと笑い、ドンっと二本の手で机を叩いて、勢いよく立ち上がった。
「よし、お前のその熱意は十分に受け取った。辛い現実を前にしても、理想を夢見るその気持ち、先生、痛いほど分かるぞ。だから、最近思いついた、とっておきの作戦をお前に託すことにする」
みんな、続々と顔を前に向け始めていた。これから先生の言う希望を、一言も聞き漏らさないためにだ。
「いいか、現在この世界は全部で数百の国に分かれているよな。そして、我々の数は全体で数億いて、みないずれかの国に属している。その国内部では、みんな明日を生きるために、手を取り合って協力している。だけども、それが国同士になるとだ」
先生は二本の手を使って一つずつ握り拳を作り、それらを互いに衝突させ、弾けさせた。
「このようにバァーンだ。生き残るという大義名分を掲げてね。でも、片方がどれだけ一方的だったとしても、もう片方を完全に消滅させることは難しいだろ」
床に散らばっている先生の肉塊。左側の方がより欠損していたが、少し時間が経つと、どちらも同じように元通りに再生していった。
「こうして元通りになって、また同じことを繰り返す。負の連鎖は続いていくんだ。終わりのない地獄だよ」
マー君は全ての手をギュっと強く握った。
「だけども、おかしいと思わないか、どうして国内ではみんな協力しあって生きていけるのに、それが国同士になった途端、殺し合いになってしまうことに。きっとそれは、一つの国が生きていく資源を得るために一致団結する必要があったからなんだ。つまりは簡単な話で、この星全員が一致団結しなければいけないようなことが起これば、自ずとみんなが、協力しあい戦争は無くなるというわけだ。」
クラス中にどよめきがはしった。確かにそんなことが起これば戦争は無くなるなと、幼いながらも理解することができた。アリスちゃんは意気揚々と語り出した。
「それじゃあ先生、現在どこの国も枯渇した資源を欲しがっています。だから、その資源を増やす研究を世界中で協力して行うよう呼びかけるのはどうでしょうか」
しかし、先生は首を傾げて
「うーん、良い案だと思うが、それはちょっと厳しいかもしれない。何せその研究が本当に成功する確証がない。そのレベルじゃ、他国も提案をのんだりはしないだろう。じゃあ、我々の国がその研究にかかりきりになって、それでうまくいかなかったら、その隙を他国につけいられてしまう可能性がある。そしたら全ておしまいだ。もっと、確実性のある物じゃないと」
と言った。
アリスちゃんは一瞬肩を落としたものの、すでにめげることなく次の作戦を考え始めていた。他のみんなも、アリスちゃんほどではないが自分なりの考えを必死に探し始めた。先ほどまで、どんよりとした重い空気にクラス全体が包まれていたが、それが嘘だったかのように普段通りの明るい活気のあるクラスに戻っていた。途中から、作戦を立てるという範疇を大きく超えて、自分の将来の夢をかたりだす物まで現れた。先生もそんなクラスを見て、満足そうな表情を浮かべている。
「よし、みんな色々考えてくれてありがとう。クラスが一致団結する姿を見ることができて、先生すごく嬉しかったぞ。ただ、先生はこの任務をマー君に託したいと思っているんだ。クラス全員が、いや正確には一人除いてか、そのことばかり考えていると、国の戦力が落ちてきてしまうからね。みんな、マー君が素晴らしい作戦を思いつくのを信じて、日々訓練に励むように」
「はいっ」
とクラス一同大きな声で返事をした。
その後すぐに、先生は「それじゃあ、今日は解散だ」と号令をかけたのち、マー君の方に駆け寄ってきた。
「マー君、何をこれからやるべきか理解したかい」
優しくそう言って尋ねた。
「え、えっと、先生たちがなんて言っているのかよく分からなかったけど、とりあえずなんか凄いことを起こしたらいいんだってことは分かりました。あと、あ……」
先生はそれだけ聞くと、さっとその場を去って言った。ただ、より満足そうな表情を浮かべていた。他のクラスメイトたちは、さっさと荷物をまとめ、訓練場へと向かい始めていた。
「ちょ、ちょっと待ってよ」
急いで荷物をまとめようとしたが、焦っているせいで、一つ、また一つと荷物を床に落としてしまい、逆に散らかしてしまった。みんな、教室を出るついでに、「マー君まじで頑張ってくれよな。俺死にたくないから」「私、ゲンキ君と将来結婚したいと思っているの、だからゼッタイ任務遂行してね。応援してる」などとそれぞれマー君に励ましの言葉を投げかけていった。アリスちゃんだけは、マー君を酷く睨みつけて出ていった。
気づいた時には、教室に自分だけ取り残されていた。胸元に目をやると、そこには父親にもらった、青いペンダントが明るく輝いている。
『これは、隣国から極秘に入手したペンダントだ。こいつには、世界を変えられるだけの可能性が秘めてある。未知の技術だ。本国にも渡すわけにはいかない。必ずここに帰ってくるから、その時までお前に預かっておいて欲しい』
そう言ってから、もうしばらく父の顔は見ていない。ペンダントに水滴が落ちる。
「僕はただ、おとうさんに会いたいだけなのに」
明るい日に照らされ、キラキラとペンダントが輝いていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます