叛逆の追放王女 アンジェリカは愛機と旅をする

リズ

第1話 追放されたので叛逆しますわ〜

「アンジェリカ。お前を国外追放とする」


 この国の第四王女、アンジェリカ・リア・ブレシアが戦場から戻った翌日のこと。


 彼女はこの国が定めた成人となる十八歳の誕生日を迎えた記念すべき日に、突然父である国王に呼び出され、玉座の間にて兄や姉、弟や妹の面前で追放を言い渡された。


「理由をお聞きしてもよろしいかしら。お父様」


 ピクリとアンジェリカの眉が動くが、彼女は無表情で言い放つと玉座に座る父を見上げる。


「しらばっくれよるわ。先の戦い、いや、その前も。お前は殲滅出来る敵を見逃しよった。更には昨日の作戦中、お前は敵に背を向け尻尾を巻いて逃げ出しておる。我がブレシアは常勝無敗の最強国家。お前のような臆病者はいらん。昔は武芸と魔法、ソーサリーアーマーの操縦に長けていたお前が、堕ちたものだな」


「過剰な戦力で敵を飲み込むのはもはや戦争ではありません。ただの虐殺ですわ! そんな戦場に誉はありませんことよ! 何より、わたくしが楽しくありませんわ!」


「黙れこの恥晒しが! 弱者はこの国にはいらぬ! とっとと出ていけ! お前のことなどもう娘とは思わん! 二度と顔を見せるな!」


「はあ〜? そういうこと言いますのね⁉︎ 結構ですわ! こんな国、こっちから出ていってやりますわよ!」


 そう言って、このあと予定されていた演習の為に軍服を着て玉座の間に来ていたアンジェリカは、自慢の長い金髪を自分で鷲掴みにすると、指を鳴らして風の魔法を発動し、風の刃で髪を切って足元の赤い絨毯に叩き付けた。


 そして中指を立てて父親である国王に向け、そっぽを向いて足早に去っていく。


「不敬罪も追加だなあアンジェリカ」


「結構ですわ! 焼くなり煮るなりしてくださいまし。出来るなら、ですけれど」


 後ろから聞こえてきた国王の声に振り向くことなく答えると、アンジェリカはアタフタと慌てた様子の玉座の門の前に立つ近衛を押しのけ、身体強化魔法で腕力を強化した両手で扉を勢いよく開いて、重い木の扉を蝶番ごと破壊する。


 そして、本来なら荷物をまとめるために自室へ向かいそうなものだが、アンジェリカは自室へ向かわずに愛馬ならぬ愛機が保管されている格納庫へと向かっていった。


 一方でアンジェリカと国王が立ち去った玉座の間では、アンジェリカの兄や姉たちが困った様子で立ち話の真最中だ。


「とうとう、やってしまったねえお父様は」


「どうされるのです? お兄様」


「このままでは、アンジュは必ずこの国に牙を剥く。その前に匿いたいけど。無理だろうなあ。まあ、とりあえず手は打つよ」


 曇天の空に稲光が走る。

 その稲光はアンジェリカがやって来た格納庫も照らした。

 

わたくしSAソーサリーアーマー、ラヴィーネ出しますわよ! 総員退避なさい!」


「え⁉︎ アンジェリカ様⁉︎ どうされたのです! 演習まではまだ時間があります。出撃命令も出ていません」


「そんな事は分かっていますわ! 死にたくないなら直ぐに離れなさい!」


 片膝を付き、頭を下げるように並ぶ量産型SAの前を早足で歩きながらアンジェリカは声を上げる。


 そんなアンジェリカに作業着を着用している整備士の一人が話掛けるが、アンジェリカの剣幕にたじろぎ離れていってしまった。

 

 そしてアンジェリカは格納庫の最奥に座する愛機の前に到着する。

 量産機とは違い、側頭部に羽根を思わせる飾り角が付いた頭部の、女性を思わせる流線型のパーツで纏められた細身の甲冑のような人型兵器。ソーサリーアーマー。


 片膝を付いた状態で主人を待つ、アンジェリカ専用の白を基調に塗装され、青で装飾されたSA、ラヴィーネの足元で、アンジェリカが風の魔法を発動し、操縦席への搭乗口がある胸元まで跳躍したのを見て、只事ではない事を察して、整備士の一人が警鐘を鳴らした。


「おはようございますマスター。本日は出撃はおやすみだったのでは? ああ、演習があるんでしたか」


 張り出した胸元の搭乗口に滑り込み、操縦席に座って操縦席の肘掛け先端に嵌め込まれている丸い魔石に手を置いたアンジェリカの耳に聞こえてきた落ち着いた若い女性の声。


 その声は操縦席の側面に嵌め込まれている菱形の魔石から聞こえていた。


「お父様、いや、もうあんな奴お父様でもなんでもないですわね。ブレシア国王、ガレアスに追放を言い渡されました。なので私はこの国を出ます。ついて来てくださる? ラヴィーネ」

 

「もちろんですマスター。私は貴女の剣。貴女だけの剣なのですから」


「ありがとうラヴィーネ。魔動炉心に火を入れなさい! 行きますわよ!」


 操縦席の目の前にある操作盤に嵌め込まれた丸い魔石に手をかざし、アンジェリカが魔力を送りこむと魔石が光を放ち、同時に薄暗かった操縦席に外の様子が映し出された。


 それと同時に操縦席の肘掛けの先端に嵌め込まれていた丸い魔石が浮き上がる。

 

 そして、操縦席の耐衝撃ベルト二本を体の前で交差して止めると、アンジェリカは浮遊した魔石に手を乗せた。

 次に、手を乗せた魔石を押し出してアンジェリカはラヴィーネを立たせる。

 

 半円状の操縦席に映し出される人間の視界とほぼ同じ、前面約二百度の外の景色に、アンジェリカは研磨中だったラヴィーネの剣四本を取り上げ、背面に二本、両の腰に二本ずつ装備して機体を前進させた。


 全長約十二メートルのラヴィーネの歩みを、ただの人間の整備士たちが止められるはずもなく。

 アンジェリカは格納庫をあとにするとラヴィーネを走らせ、王城と城下町を繋ぐ大通りを進んでいく。

 

 その非常事態が国王に知らされないわけもなく。


「なに? 精霊憑きを奪って逃げたのか⁉︎ あの馬鹿はどうでもいい! 精霊憑きは、ラヴィーネは取り戻せ! アンジェリカは殺しても構わん!」


「し、しかし陛下。アンジェリカ様は」


「これは命令だ!」


 伝令の兵に叫ぶ国王ガレアス。

 そんな彼の元に別の伝令が血相をかえて走ってやって来た。


「へ、陛下!」


「なんだ⁉︎ ラヴィーネの事なら聞いておるわ! 奪われたのだろう?」


「いえ、あの、はい。そのラヴィーネなのですが、先程城門を守っていた近衛機二機を中破させたのち、城下を下ったという情報が防壁守備隊から送られて来まして。それで」


「それで? それでなんだ⁉︎」


「ラヴィーネは城下町の外周防壁を飛び越えて、外に出た、と」


「馬鹿な! 外周防壁の高さは二十五メートルだぞ⁉︎ SAでそんな跳躍出来るはずなかろうが!」


「いえ。アンジェリカ様なら、跳べます」


 その伝令の言葉を聞いて、ガレアスは閉め切っていた自室の窓のカーテンを乱暴に開いた。


 そして、城門付近に倒れている近衛兵の専用機体が二機と、恐らくアンジェリカの駆るラヴィーネを止めようとして撃破されたのであろう、大通りに沿うように倒れている頭部や足、腕のない機体群を遠巻きに見て、ガレアスは顔を真っ赤にして怒り、アンジェリカが去ったであろう方角を睨んだ。


「お、おのれぇえ! アンジェリカァアア!」


 王城にこだまするガレアスの叫び声。

 

 そんな声が聞こえるはずもないのに、王都の外に出たアンジェリカはラヴィーネの操縦席で満足げに笑っていたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る