豆腐

次の信号

豆腐



とある夜道

仕事帰りの男が一人、家路を歩いている

人通りはそれ程だけどこの道は何時も明るくて安心


と、ポケットの中でスマホが震える

取り出して相手を確認する男

ママ


「もしもし」

「今何処?」

「さっき駅着いたとこ」

「豆腐一個買って来てもらってもいい?」

「木綿?」

「そう木綿」

「はいよ」


電話を終えて暫く歩くと男は何時ものコンビニへ入って行く

右に曲がって左に曲がって真っ直ぐ行った突き当り

何時もの木綿をかごに入れて、ビールとつまみを物色する


「すみません」


と、横から男が声を掛けてくる


「それって今日食べます?」


「あ、その、お豆腐」

「あーはい、多分」

「もし良かったら譲って貰ったり出来ます?」

「あー、あ、え、もう無かったですか?」

「売り切れちゃったみたいで」

「あー」

「どうしても今日必要でぇ」

「あー、、、でもまぁ大丈夫か、はい、いいですよ」

「ほんとですか?」

「はい」

「ありがとうございます」


男は両手で豆腐を受け取ると頭を下げてレジの方へと走って行く

それぞれの家庭、それぞれの事情

男はビールと諸々の会計を済まし、仕方が無しとコンビニを後にする


「思っているより思った以上」

「思っているより思った以上」


知らないリズムで歌いながら、焼き芋屋さんが何処かを遠くへ過ぎて行く


「ほんとだよ」

「ほんとだよ」

「警察呼びますよ」


思わず振り返る男

確かに聞こえた女の声


「思っているより思った以上」

「思っているより思った以上」


気のせいか

男は耳を澄まして後ろの夜道をじっと見つめる

さっきすれ違った女だろうか


「?」


と、向うから誰か走って来る

両腕に豆腐を山盛り抱えた全速力のさっきの男

男は咄嗟に道を開けて走り去る背中を何事かと眺める


「ほんとだよ」

「ほんとだよ」

「焼き芋焼いたよほんとだよ」


入れ違いで向こうからゆっくりと焼き芋屋さんがやって来る

段々と大きくなる歌声

知らないリズムはもう覚えた

久しぶりだし、豆腐の代わりにでも買って帰ろうか



終わり













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