冷戦の山田
筆入優
冷戦の田中
クラスメイトの山田が剣を、田中が盾を携えて教室に入ってきたから、教室中がざわついた。山田は剣を持ったまま田中の席の前で田中の到着を待っている。数秒遅れて田中がやってくると、二人は無言で睨み合った。私は、昨日田中がクラスのグループチャットに貼り付けていたメッセージを思い出す。
『山田に攻撃されている』。田中は「助けてくれ」とも「どうにかしてくれ」とも言わず、『明日の山田との決闘を見届けてほしい』と告げたきり、その後は何も送ってこなかった。
クラスメイトは、私も含めて、事情を知らない。私達は今日が来るのを心待ちにしていた。詳細は不明だが、あの二人は数か月前にしょうもないことで揉めて絶交したはずだ。それが今度は『決闘をやる』と言い出したのだから、俄然興味が湧いた。
殴り合いでも始まるのだろうかという予想は見事に裏切られ、武器を用いた戦いが幕を開けようとしている。私はつばを飲み込んだ。山田と田中が凄まじい殺気を放つから、クラスメイトは誰も前のほうで観戦しようとしなかった。おかげで一番後ろの私も決闘とやらを見届けることができる。
「クラスのみんなには、まずこれを見ていただきたい」
田中は自分のスマホを天井のプロジェクタに接続した。黒板にうっすらと画面が映る。彼は黒板にスクリーンを下ろし、画面が見えやすいようにした。映っているのは山田と田中の個人的なチャットだった。山田が、口には出せないような罵倒をマシンガンの如く田中に送り続けていた。メッセージの吹き出しがいくつもある。
一方、田中のほうは何も送っていない。よく見ると、田中が山田をブロックしていることを表す文章が表示されていた。自分で言うのも恥ずかしいが、私は頭が良いので、その文章を見ただけで彼らが剣と盾を持っている理由を理解した。
「山内、お前、『わかった』って顔してんな」
隣の席の川島が話しかけてきた。
「もしかして、顔に出てた?」
「一人でニヤついてた。授業中に問題を理解したときと同じ顔」
物事を理解するとニヤついてしまう私のクセ。自覚してはいたが、誰かに悟られるほど露骨に出ていたとは思っていなかったので私は驚いた。
「わかってんなら教えろよ」
川島が急かす。
「後で話す」
こうして川島に押されている間にも、剣と盾の二人の状況は展開している。私は川島を押しのけ、彼らの様子を観察する。
「その盾を下ろせ!」
山田が叫ぶ。
「僕は山田にいじめられていた。ブロックしたのに、他のSNSでも攻撃を続けてくるから、こうして盾を持ってきたんだ。僕がこれを下ろしたら、山田は僕を刺すつもりだろう?」
田中は泣きそうになりながらも、冷静に言葉を紡いだ。
「これはいじめじゃない。大体、お前が悪いんだ。お前が佐藤さんを俺から取らなかったら、俺だってあんなメッセージを送らなかった!」
佐藤。たしか、山田の彼女だ。それをあの冴えない田中がとっただなんて、にわかには信じがたい話だ。
しかし、山田の表情を見るにどうやら真実だ。田中が責められても仕方がない。それにしても、クラスメイトの知らないところでそんなことが起こっていたなんて……。中学生にしては生々しい話だった。クラスメイトのお調子者が田中に対してブーイングをあげた。数秒もしないうちに教室中が暗い言葉で満たされていく。
両者が再び睨み合いに突入したので、川島に今のこの状況を説明してやることにした。
「この世界の人間関係は、二層ある。第一層はリアル。第二層はスマホの中。リアルの人間関係を絶ちたいなら、お互いに無視し合うだけでいい。鑑賞し合うのをやめて、そこで初めて、絶縁したことになる。でも、スマホの中もといインターネットの人間関係では、一方的にブロック─すなわち『防衛』することしかできないんだ。山田も田中も、それを理解していたから剣と盾を持っているんだ」
「それだと辻褄が合わない。山田が剣を持ってくることを田中は知らないはずだろう? ブロックしているし」
川島が首を傾げた。
「二人は小学校の頃から一緒にいた。山田がそういう奴だってことを田中は見抜いていたんだよ。だから、田中は山田が決闘を企てていることにも勘づいていた。それに、田中は冴えないけど成績は優秀だし」
一言余計だ、と川島が苦笑した。
「……しかし、わざわざ剣と盾を持ってくる必要はないだろ」
川島はまだ納得がいかないようだ。
「そこは彼らの意地ってやつだよ。山田はネットの関係をリアルに持ち込んで解決しようとしているんだ。問題を有耶無耶にしないために」
私はそこまで説明して、あの二人は馬鹿だと思った。いや、田中は山田に合わせて盾を持ってきているに過ぎないから、バカなのは山田のほうだ。
「ねえ、決闘って何?!」
突然、ドアのほうから甲高い声がした。反射的にそちらを振り向くと、元気いっぱいの佐藤が立っていた。
「ねえねえねえ! どうして剣と盾を持っているの?!」
佐藤はスクールバッグを床に放り捨てて、夢中で山田と田中に駆け寄る。私は、佐藤が底抜けに明るい人間だということを思い出す。
「いや、これは、その……」
山田がひどく狼狽し、「決闘はお預けだ」と言って自分の席へ向かった。
睨み合いの冷戦は、佐藤というミサイルの乱入によって幕を閉じた。
冷戦の山田 筆入優 @i_sunnyman
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