一本道が嫌いだった
自覚として、愚かだということは分かっていた。
自分自身を測る最高の尺度は、自分自身だと。身の丈を理解するのはとうの昔に済んでいたはずなのに僕は選んでしまった。
「ようこそ、国立御園原学園へ!」
電光掲示板に浮かび上がる文字とその前に並ぶ幾人もの生徒たち。
御園原学園前。
入学式に訪れる生徒は十人十色で反応が違う。ちなみに僕は今すぐにトイレに行きたい。
緊張ほど体を害する毒はないんじゃないかと思いながら出迎えの先輩方の横を過ぎて改札を通って駅を出る。駅から出るとそこからが学園の敷地になっていて、眼下がすべて学校だと思うと言葉を失う。
「止まらないでくださーい」
後ろで声がかかって慌てて足を進める。そのまま流れるような誘導の末に会場に着く。
そこからは早かった。あっという間に入学式は終わって、各クラスに入って説明が行われる。
初日ということもあって、その日はある一点の説明を除いて自由時間として解散となった。
「では、三年間の有意義な学生生活を望む」
担任の言葉はどこか他人行儀で、彼女の表情を覗くには一歩遅く靡いた髪だけが見えた。
肩を叩かれて振り向くと無邪気に笑う少女がいる。
「おはよう!」
「お、おはよう……」
「どうしたの?そんなに怯えて」
「いや怯えてるわけじゃ」
「よかったぁ。私、人との距離感間違えること多くてさ。そういえば自己紹介してなかったね。私は繰原伊予。普通に伊予でいいよ、なんてね。よろしく!」
「僕は駿河一夜。よろしく、伊予」
出された手をに握る。ひんやりとしていて気持ちいい、なんて感想はきっと間違っている。
「へぇ、ひとよくん。珍しい名前。でもいいね、なんかかっこいい!」
そう、よく言われる。”名前”はかっこいいんだよ。体が伴っていないのが悲しいところなんだけどね。
彼女はこの学園に一度訪れたことがあるらしく、初めて来た僕に学園の内部を案内すると言われて快くそれをお願いする。
「一夜くん。この学園はねえ、なんでも買えるんだよ!」
そう言って一夜の前で伊予は両手を広げた。その背後には多くの施設が立ち並んでいて、遠目から見てもそれが体育館や特別棟といった授業に関する施設じゃないのは明らかだ。
「なんでもって、なんでも?」
「そう、なんでも!」
コンビニ、映画館、スポーツ施設に各種総合施設。誰の趣味にも対応した幅広い専門店。
いうのであれば学園天国。それこそがこの学園の掲げる指針であり特典。
「だけど、それには条件があるの。これ見て」
支給された端末を彼女は開いて画面をスワイプする。ロック画面は聞いたことのあるバンドの人たちだった気がする。彼女はあるアプリを開くとこちらにその画面を傾けた。
そこには金額メーターのようなものが表示されていて彼女の持ち金は現在三十万らしい。
「これが自身のPPね。この学園では最初に決められた限度額までの入金が許されて、それを使って基本的に生活をするの。でも上限は三十万なの。PPはなくても生活はできるけど、これだけいろんなものがあると、ポイントを使わないっていうのは難しいよね」
試しに自分の端末で同じ操作をする。そこに示された金額は、もちろん0。こればっかりはうだうだ言っても仕方がない。
「ねえ、聞いてる?」
「もちろん聞いてるよ。それで、どうやってPPを手に入れるかっていうことだよね」
「ちゃんと聞いてるじゃんか。………そう、どうやってPPを稼ぐか。なんと、学力テストで成績に応じてもらえるの!私勉強得意だから絶対楽しく生活できると思うんだ!」
なるほど。だから彼女はこんなにも楽しそうにしているのか。僕みたいな平均的な生徒にも現実的なPPは支給されるのかな。
「ところで……一夜くんはPPを持ってないの?」
「ああ、見えてた?」
「いや、ちょっとだけ見えちゃったというか。わざと覗いたわけじゃないの、ごめんなさい」
「そんな謝ることじゃないよ」
別に僕は普通に生活できるならなんだっていいんだ。むしろここほど恵まれた環境にある学校なんてきっとどこを探しても見つからない。むしろ広すぎて他の生徒がほとんど見当たらない。それほどまでにここは広大だ。
彼女は頭を上げてくれたが、それでは納得がいかないらしく引こうとしてくれないのでコンビニでアイスを奢ってもらった。店内の商品は外とほとんど値段は変わっていなくて、PP制度のために端数が切り捨てられているということくらいしか違いがない。
アイスを桜の下で食べるのはなんだか贅沢してる気分だと、舞い散る桜を眺めながら思った。
「それじゃあ、私は荷物の整理しないとだから」
そう言うと彼女は女子寮の方へと向かう。途中こちらに振り返って大きく手を左右に振ってきたのでこちらもそれに応じた。人前でそれをするというのは勇気がいると思ったけどやってみるとそこまで恥ずかしくはなかった。案外、誰も自分のことなど見ていない。
翌日、最初の自己紹介。
担任はそれを口にすると黒板に大きく文字を書いた。
「それでは、今から自己紹介の時間にしたいと思うがその前に。君達は昨日、一人でもクラスの生徒と会話を交わしたか?」
なぜそんなことを聞くのか、それは答えるまでもなく彼女が配布した紙に書かれている。
「では、今から他己紹介をしてもらう。」
ざわめきが起こったが、それは担任が机を一叩きするだけでおさまる。
「私はこれでも温厚な性格だと自負している。この他己紹介において私語は慎んでもらう。もし喋った者がいたら、そいつは減点だということを覚悟しておくように」
五分後、先生は全員が書き終わったことを確認すると自分の懐から答辞を読むみたいに丁寧に包まれた縦長の紙が出てくる。それを丁寧に取り出して開いていく。
「最初に君たちに話させるというのはハードルが高いと思ったので、一応私の自己紹介を簡単に考えてきた。それから出席番号順に呼んでいくから、だれについての他己紹介なのか言ってから読んで欲しい」
そういうと、本当に彼女は自己紹介をはじめた。始めは困惑していた生徒たちだったが彼女の趣味の話をしたときは、緊張した空気なのに笑いそうになった。ギャップというのは恐ろしい。
「これで終わりだな。ということで以後私のことは本間先生か、三葉先生と呼ぶように」
名前順ということは、僕も伊予もわりかし早めに順番がやってくる。今のところ順調に進んでいる。
伊予の番はすぐにやってくる。緊張した面立ちで立つと紙を見ながらゆっくりと話し始める。
「私が紹介するのは、駿河一夜くんです。彼の名前は変わっていてかっこいいと思います。それと、顔が整っています。あとは、ええと、、左利きです!…………終わります」
みんなこんなもの。一日やそこらですることじゃない。顔を真っ赤にしながら伊予は席に着いた。だけど誰も彼女を咎めることはない。そうこうしているうちに自分の番が回ってきた。
「僕が紹介するのは、繰原伊予さんです。彼女の趣味は、ギターを家で弾くことです。特にアイソルトというバンドが好きで、よく聞いています。他には、、彼女に限った話ではないかもしれないですがお金持ちです。最後に………。すみません忘れました。これで終わります」
そうして僕の番は終わり、全員が他己紹介を終えた。
結果的に他の生徒を紹介することができなかったのは三十人中二人。四番、織戸孝也。そして三十番、四月一日一色だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます