真実の理(しんじつのことわり)

@kiyu_mitsuwaka

第1話 マッチングアプリ

◆第1話 マッチングアプリ


 ー 2023年8月11日(金曜日・祝日) 東京 ー


『ミーン、ミンミンミンミー』乾いた蝉の鳴き声が街の中を響き渡っている。


 季節は夏。例年通り非常に暑い夏だ。毎年毎年、「今年は冷夏だそうです」という言葉を耳にするが、この暑さでどこが冷夏なんだ・・?でたらめな暑さだ・・。




 そう独り言を呟きながら、今川聡(25歳)は徒歩10分圏内のスーパーからの買い出しから帰宅した。


「あちぃ・・。エアコンエアコン・・。」この猛暑のために僅かな時間の外出でも滝のような汗が湧き出し、意識が朦朧とするほどで、聡は帰宅後一直線にエアコンのリモコンに向かい、非常に機敏な手先の動きでスイッチをオンにした。


「ふぅ・・。暑すぎて倒れるかと思った。」そう小さく呟くと、乱雑に物が散らかっているワンルームの床に力なく座り込んだ。


「(あー、生き返る。しばらく汗が引くまでじっとしていよう。)」そう考えながら徐に右ポケットにしまっていたスマートフォンを取り出した。


「今日も『マチリク』(マッチングリクエストの略)と『マッチング』(相手が『マチリク』を受け入れてマッチングが成立すること)件数は0件か・・。はぁ、鳴かず飛ばずとはまさにこのことだな・・。」そう溜息と落胆の言葉を漏らしながら聡は最近男女の出会いの場として流行している『マッチーズ』というマッチングアプリの画面をぼんやりと眺めていた。


『マッチーズ』を始めたのは、ちょうど1週間前の職場の同僚達との居酒屋での飲み会がきっかけであった。同僚たち曰く『普通に』プロフィールを書き、『普通に』メッセージングのやり取りをすれば、彼女ができるという話を思い出していた。




<2023年8月4日(金曜日) 新宿@某居酒屋(回想) >


 太田先輩(30歳)「おぅ、今川・三浦、お前らは彼女とかいるのか?もしいなかったら、俺が紹介してやるぜ!」その大柄な体躯の右手には、飲み干された特大のビールジョッキの取っ手が小さく収まっていた。


 三浦(25歳)「今は『特定の』彼女はいないっすね。そういえば太田先輩、去年ご結婚されてましたよね。その後、新婚生活は満喫されてますか?」


 太田先輩「おうよ、家庭を持つってのは中々いいもんだな。家に帰っても明かりが灯っていて、温かい手料理も用意されている。最高だぜ?そんでもって来月には新婚旅行予定だ。それにしても三浦、『特定の』彼女がいないって、お前またとっかえひっかえ女と遊んでる感じなのか?」


 三浦「まぁ、そこそこです。俺の周りの女は寂しい女多いんで。それに付き合ってあげているだけです。あ、先輩は新婚旅行どこに行かれる予定なんです?」


 太田先輩「クゥゥ~。これだからモテる男ってのはいけ好かねぇんだなぁ。そろそろちゃんと結婚を見据えた真面目な付き合いをしたほうがいいんじゃねぇか?女の子側もお前に色々期待しちゃう部分が出てきちゃうだろうし。あ、ちなみに新婚旅行先はハワイ予定な!」


 三浦「そうっすかね?自分はちゃんと一線は引いているつもりなんで、相手には期待させないようにしてるつもりです。後、自分結婚とかあんま興味ないんで、多分一生しないと思います。新婚旅行ハワイっすか。いいっすね。お土産よろしくお願いします。」


 太田先輩「おまえってやつはなぁ、、女心がまるでわかっとらん!しかも結婚は興味ないって言ってられるのも、若いうちだけだぞ~。まぁ、『特定』の彼女ができたらまた教えてくれや^^。ハワイ土産の件はまかせとけっ!」


 三浦「先輩が女心語りますかね・・。まぁとりあえず、お土産げ楽しみにしときます。」


 太田先輩「そんで今川、お前の方はどうなんだ?今付き合っている彼女とか、いい感じの子いたりするのか?」


 俺(今川)「どっちもいないっすね・・。何せ出会いがなくて・・。後、基本インドア派で、休日は家で漫画読んだりアニメ見たりして過ごしていることが多いので、女性受けもあまりよくないというか・・。それでもまぁ、彼女は欲しいとは思ったりするんですが、それが叶うビジョンが全く見えなくて・・。」


 太田先輩「なんだなんだ、ずいぶん弱気だなぁ。今度俺の友達で彼氏募集している子紹介するよ!あとさ、最近はマッチングアプリで出会って付き合うカップルも大分増えてるみたいだから、そういうのどんどん活用していけ!確か最近流行ってるのは『マッチーズ』だったかなー。」


 俺(今川)「『マッチーズ』ですか。ちょっと家帰ってからアプリ検索してみようと思います!でもああいうのって、僕みたいな人間でも相手にされるんですかね・・。なんかすごいイケメンとかハイスペックの人たちがいっぱいいるイメージなんですが・・。」


 太田先輩「大丈夫大丈夫!俺たちの勤め先はまぁシステム会社としては世間様に中堅企業として名が通っていると思うし、それに年収も平均よりは上だ!だから『普通』にプロフィール書いて、『普通』にメッセージングのやり取りをしていれば問題なく女の子と出会えると思うぞ!それに、『蓼食う虫も好き好き』なんて言葉もあるしな!ガハハハッ」


 三浦「先輩、最後のナチュラルにディスってますよ。後、飲みすぎなんじゃないっすか?」


 太田先輩「あぁ、すまんすまん。まぁまずは登録してみることだな!行動あるのみ!それに今川、もう25歳何だろ?『クリスマスケーキと何ちゃらは25まで』っていうくらいだから、今から活動しておいて遅きに失することはないぞ!ガハハハッ」


 俺(今川)「(先輩完全に出来上がっちゃってるな・・。それに昨今の風潮からするとさっきの発言は完全にアウトだ・・。周りのお客さんの目が怖い・・。)先輩、アドバイスありがとうございます。あ、そろそろ自分終電時間近いので今日はこの辺で自分は失礼しようと思います。」


 三浦「あ、自分も終電時間そろそろなんで店出ます。」


 太田先輩「なんだなんだぁ、つれねぇなぁ。そんじゃ今日のところはこれでお開きにするかぁ」


< 回想終了 >




 それにしても、1週間経ってもほぼ全く『マチリク』も来なければ、手あたり次第こちらから送っている『マチリク』に対する『マッチング』も0件。唯一来たマチリクは、写真もプロフィールも何も登録されていない所謂『サクラ』、いや、『サクラ』にすら不十分な冷やかしのために登録されたと思われる会員からのみだった。


「『普通』にプロフィール書いてれば女の子と出会えるんじゃなかったのかよ・・。俺のプロフィールの何がいけないんだろ・・。」


 そう答えにたどり着けそうにない問いについての考えを巡らせながら、検索エンジンには『マッチングアプリ マッチングさせる方法 男』というキーワードが入力されていた。


「なになに・・。『マッチングの確率を上げるには、プロフィールの記載内容よりも写真が重要です。あなたの顔がしっかりわかるような写真を載せましょう。また、自撮り写真よりも他人に撮ってもらった自然な感じの写真の方が好感度は高いでしょう」・・と。確かに、俺のプロフィール写真は、かなり遠巻きに取ってもらった写真一枚を載せているだけで、俺の顔とかは全然わからない代物だったな。(そもそも顔にそんな自信あるほうじゃないし。。)かといって、友達も少ないから他人に撮ってもらった写真なんて全くないしな・・。しょうがない、とりあえず今から家で自撮りしてそれをアップロードするとするか・・。」


 --


 ニックネーム:Satoshi


 年齢:25歳


 お住まい:東京都


 職業:システムエンジニア(SE)


 身長:172cm


 年収:400万~500万


 趣味:漫画読書、アニメ鑑賞


 初めてのデート代は?:男性が少し多めに払う


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 ー 2023年8月12日(土曜日) 東京 ー


 午前11時50分


「ファーァ、よく寝た。」聡はベッドで両手を広げ大きく伸びをした。


「やっぱり休日はお昼頃まで寝るに限るね。やることないから二度寝でもしようかな。あ、でもまだ今週分の新規でアップされたアニメで見てないものがあるのと、そう言えば週間少年コミックスもまだ読んでないんだった。お菓子でも食いながらゆっくりと鑑賞するとしますか~。」


「(うーん、やっぱこの時が至福の時だなぁ)」聡はチップス菓子を頬張りながらタブレットに映る電子書籍を眺めていた。


 〔ピコーン!〕


「ん?」スマートフォンから聞き慣れない通知音が鳴り響き、すぐに手を伸ばして画面を開いた。


『Satoshiさんに新規マチリクが届きました!!』スマートフォンの通知バーには輝かしい文言が映し出されていた。


 青年はこみ上げる期待と一抹の猜疑心を胸に抱きながら、いつも押し慣れているスマートフォン上の通知バーを小刻みに震える指でぎこちなくタップした。


「う、うぉっ!めっちゃ美人!!」思わず聡は声をあげた。画面には、芸能人並みのルックスとスタイルを持つ美女が映し出されていた。


「こ、こんなことが本当にあるのか?あるとしたら、神様が与えてくださった千載一遇のチャンス!!日頃の行いの良さが実を結んだのかな・・!」青年はこみ上げる笑顔を抑えることができなかった。次の画面を見るまでは・・。


『こんにちは!私は東京で宝石業の経営者してます。もしよかたら、いいお店私紹介するから、メッセージください。』


 〔スッ(さらに画面を下にスワイプした音)〕


『このユーザは過去1か月間で3回以上の違反報告を受けています。メッセージングのやり取りをされる際にはくれぐれもご注意ください。』


「は、ハハハッ・・・。そうだよな、やっぱり、そうだよな・・・ハハ・・。」青年の口からは乾いた笑いが漏れ出していた。否、この状況をどうにか自分に納得させ、期待という砂上の楼閣の崩壊から目を背けようと乾いた笑いを無意識に出していたのかもしれない。


「くだらないな・・。マッチングアプリ。俺には向いていない。これ以上まともなマッチングが無いようなら、やめようかな。」聡は再び元の電子書籍を読んでいた体制に戻り、読書を再開した。


「んー、この漫画のシーンのセリフ、痺れるなぁ。」あれから2時間、聡は現実から逃避するかのように読書に耽り、この頃にはすっかり平静を取り戻していた。


「このシーンをスクショして、ツイスタグラムにアップしよっと」聡は手慣れた手つきでお気に入りのシーンのスクリーンショットを撮り、『このシーンマジで痺れたっ!まだ読んでない人いたらぜひ読んでみて!』というコメントを添えてSNSへアップロードした。


「俺のツイスタグラムフォローしてくれてる人なんてほとんどいないけど、大学時代の漫画研究会の奴らはきっと見てくれてると思うから、シェアしなくっちゃなー」そんな軽い気持ちで始めた投稿であったが、いつからか自分のお気に入りのシーンを撮り、同友へシェアすることがすっかりと習慣になっていた。


 〔ピコーン!〕


「またか・・。」青年はこの聞き覚えのある音に対して、今回はさほど興味を示さなかった。むしろ関心があったのは、同友がツイスタグラムで勧めている新しい漫画の方であった。


「へぇー。これ面白そうな漫画だなぁ。絵柄も割と好きな感じだし、1~3話まで無料だから試しに読んでみるかぁ」


 聡は1時間ほど同友が勧めている漫画に耽った。「これ面白いなぁ。続き気になる。4話以降も電子書籍で買っちゃおうかな」


 タブレットが暗転したー。『バッテリー残量は残り10%です』


「あ、そろそろ充電しなくちゃだな」聡は充電器のケーブルを取りに徐に立ち上がった。その際、テーブルに置かれているスマートフォンにふと目が行った。


「あ。そういえばまたマッチーズから通知が来ていたな。新規の『マチリク』か。まぁ今回もどうせ『サクラ』か『いかにも怪し気な美女』だろうし、どうでもいいや。」青年はむしろこの通知音を、否、このアプリそのものを煩わしく思うほどになっていた。


「ん、?この人、写真はあるが、遠巻きで顔がよく見えない・・。ハハ、これじゃまるで1週間前の俺自身みたいだな。まぁ、最も俺は至って真面目にそのプロフィール画像を選定したわけなんだが。」


『Satoshiさん、初めまして。Sachiと申します。私も漫画やアニメがとても好きで、趣味が合いそうだな、と思いましたので、マチリクを送らせていただきました。もしよろしければ、メッセージングで色々お話させていただけますと嬉しいです。』


「Sachiさんね。今回はやっとそれっぽい手の込んだ『サクラ』が来たのかな。まぁ漫画やアニメが好きだというなら、『サクラ』だとしてもちょうどよい暇つぶしの話相手になってくれるだろうから、損はないか。」青年は『マチリクを受け入れる』ボタンをツイスタグラムに投稿するかのような手つきでタップした。


 --


 ニックネーム:Sachi


 年齢:24歳


 お住まい:東京都


 職業:メーカー事務職


 身長:158cm


 年収:200万~300万


 趣味:読書


 初めてのデート代は?:お相手と相談して決める


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 ー 2023年8月19日(土曜日) ー


 〔ピコーン!〕


『Satoshiさんは、少年漫画系がお好きなんですね。最近面白いな、と思われたアニメや漫画は何かございますか?私は『アイドルの子』というアニメに今はまっておりまして、初めはアニメから入ったのですが、続きが気になって漫画の方も購入しました^^』


「『アイドルの子』かぁ。最近アニメ化されて話題になってるやつね。そういえば同友からもめちゃくちゃ勧められてたけど、まだ観れていなかったんだ。」


 マッチングが成立してからこの1週間、Sachiさんとメッセージングのやり取りを行った。お互い仕事があるため、やり取りは基本的に朝と夜のみで、1日1~2通程度であった。


 メッセージングのやり取りを行っている中で、Sachiさんについていくつか判ったことがある。


 1つは、大の読書好きで大衆小説から古典文学、漫画(しかも少年・少女漫画ともに)まで幅広いジャンルの書籍を読んでいること、休日は主に読書をして過ごすことが多いらしく、あまり外出が好きではないインドア派とのこと。後は、意外なことに俺しか知らないと思っていた隠れた名作漫画についても知っており、読んでいるとのことでかなり驚いた。もしかしたら俺と趣味が合うのかもしれないー。


『最近面白いと思ったアニメか漫画ですかー。ちょっと古いマイナーな作品ですが、『美醜の復讐』という少しグロい感じの漫画があるのですが、最近改めて読みなおしたらかなり面白かったです!しかもまだ連載が続いてるんですよ!最後がどうなるのかめっちゃ気になってます!『アイドルの子』もかなり面白いみたいですね!僕の友人からも聞いていまして、自分は実はまだ読めていないので、今度読んでみたいと思います!


 あの、Sachiさん。もしよろしければなのですが、一度お会いしてお茶でも飲みながらこのお話の続きをしませんか・・?あ、まだ知り合って1週間程度ですので、もう少しお互いを知ってからお会いしたほうがよければ、もっと先でも全然大丈夫ですので!』聡はこの時に限り敢えて無心を心がけて送信ボタンをタップした。


「マッチングアプリで知り合ってから会うまでのメッセージングのやり取りの期間ってどの程度が一般的なんだろう?少し直接お会いするお誘いはまだ早かったかな・・。」




 ー 2023年8月20日(日曜日) ー


 〔ピコーン!〕


 青年は通知音が鳴るとともにすぐにスマートフォンに手を伸ばした。通知バーをタップする指は微かに震えていた。


『Satoshiさん、こんにちは。今日もとても暑い日ですね。外出される際はお体には気を付けてくださいね。実は私も『美醜の復讐』存じ上げております^^。一見してルッキズムを風刺するような漫画と見せかけながら、善悪の道徳観や人間にとって大事なものは何かという大きなテーマがメッセージとして隠れているように思えておりまして、読んでいてとても面白かったです。


 お会いするご提案をいただきました件、とても嬉しく感じております。是非とも私もSatoshiさんと一度お会いして直接お話をさせていただきたいです。』


 青年の指は通知をタップする前よりもはるかに震えを増していた。ただ、この震えを生み出している元の感情は180度変化していることを本人はよく自覚していた。


 そして、タップダンスのような非常に軽快な手つきで返信文を入力し始めたー。

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