ダンジョンマスターなのに配下のモンスターが自由すぎる。早く現代に戻りたいんだけど。
ちくわ天。
第1話 ダンジョンマスターは告白する
「一番奥まで逃げるんだ!!」
薄暗いダンジョンの足元は軽くぬかるんで、泥から抜くたびにズボッという音を立てる。
足を上げるのも億劫で、息が切れて胸が苦しい。
けれども、走りを止めるわけにはいかない。
所々に燃やされている松明から離れた場所は薄暗く、それがいっそう恐怖を高めている。
後ろから、ビシャビシャという足音が迫ってくる。
捕まったら、もう二度と元の世界に戻れない。
恐怖で後ろを振り返ることすらできない。
俺を捕まえようと、手を伸ばしているに違いない。
あと、50m、40m……。
真後ろに気配を感じる! 明らかにそこに何かがいるのが分かる。
土と焦げた木のにおいが混じり合うダンジョン内に、そいつの匂いが微かに漂ってくる。
背筋が震え、凍りそうになる。
「くそう!」
もっと早く気付いていれば、こんな事にはならなかった。
神様……、どうか、無事にたどり着かせてください。
それに触るのと、後ろの手が俺を掴んだのは同時だった。
「うああああ!!」
§
「うああああ!!」
俺は、いつもの万年床から跳ね起きて、周囲を確認する。
ダンジョンじゃ、ない。よかった……。
さっきから耳元で俺のスマホが鳴り響いている。画面を見ると親友のリョータからだった。
「もしもし」
「おい! ダイスケ、お前、時間見ろよ!!」
壁の時計に目をやると、短い針がちょうど9を示すところだった。
「お前、告白のためにミズキさんを10時に呼び寄せてるのに、遅刻とかシャレにならねえぞ!」
「サンキュ、リョータ! 助かったよ」
「すぐ来いよ!!」
電話を切ると、俺は観音開きのクローゼットを開ける。
そこには、昨日リョータと一緒に選んだ勝負服が入っていた。。
そうは言っても、全てヤニクロだけどな。
頭を洗い、歯を磨くと、時計は既に9時30分を過ぎていた。
「やば!」
つんのめるように靴を履き、ドアに鍵をかけて、アパートの階段を駆け下りる。
ダッシュだ! 専門学校までは20分の道のりだ。
俺の名前はダイスケ。専門学校でITエンジニアコースを学ぶ2年生だ。
告白は目下3連敗中のモテナイ寄りの普通人……だと思ってる。
専門学校の入口では、リョータがそわそわしながら待っていた。
階段の上を指差しながら、大声で叫んでいる。
「ダイスケ! ミズキさん、もうPCルームに来てるぞ! 早く行け!」
「愛してるよ、リョーちん」
俺は専門学校の階段を駆け上がり、さらに2階へ続く階段を駆け上る。
PCルームはすぐそこだ。近くの鏡で髪のチェックをし、大きく深呼吸をする。
そしてPCルームのドアを開いた。
そこには、空色のチュニックブラウスを身にまとったミズキさんが、手を前に組んで立っていた。
俺は挨拶もそこそこに、いきなり本題を切り出した。
「ミズキさん、好きです。俺と付き合ってもらえませんか」
「えっ?」
誰もいない学校のPCルームは、ブーンという低音が絶えず響いている。
背景の黒い衝立の後ろのライトが、ちょっと眩しい。
パソコンの横に立つ二人の影が短いのが妙に気になる。
告白はベタベタなテンプレートみたいな台詞になってしまった。
俺のような非モテの陰キャは、どうやればスマートなのか全く分からない。
ネットでも本でも成功への道筋は書いてあるんだけど、そんなに上手くはいかないよなあ。
俺は白のハーフスリーブシャツとカーゴパンツという登山スタイルで、この場に相応しいかどうか判断できない。
「あ、あのね、ダイスケくん。告白、すっごく嬉しいよ」
ああ、やばい。
この手の「嬉しい」とか「ありがとう」はNGワードだ。
お断りの枕詞なんだよ。
瞬殺は俺のメンタルがもたないぜ。
ところが、意に反してすぐにお断りの言葉が返ってこない。
というか、赤くなって若干うつむき加減じゃん!
これは、どっちなの? いけるのか?
でも、返事は焦らない計画だ。
良くても悪くても、俺のメンタルがもたないからな。
「ミ、ミズキさん、返事は俺がフランスから帰ってきてから……で、いいかな」
「えっ? ダイスケくん、フランス行くんだ! 凄いね」
「いやあ、別に趣味の大会に参加するだけだから」
「わあ、私もフランス、行きたいなあ」
ミズキさんは胸の前に軽く握った手を添えている。
こんなときは、すぐに退散するのが吉だ。
「じゃ、じゃあ、帰国してから」
俺は逃げるようにPCルームを後にした。
廊下横のガラス張りのレッスンスタジオにも人気が全くない。
こんなに人がいないのも珍しいな。
正面玄関の白い階段を下りる時、革靴がタンタンタンと軽快な音をたてる。
もうリョータはいない。
スマホを見ると、「先に帰ってるぞ! グッドラック!」とメッセージが来ていた。
気遣いの男、リョータ。本当にありがとうな。
初めての告白は、する前はめちゃくちゃ動揺してたんだが、終わってみるとこんなものか……感で気が抜けていた。
明日は朝早く起きて、成田空港までいかない。
俺は、ゆっくりとアパートに向かって歩き出していた。
§
エールフランス航空エアバスA350のエコノミー席は、俺が思っていたよりも足元が広く、思わず靴を脱いで足を伸ばしたくなる。
ここ3日間、俺はろくに寝ていなかったせいか出発後すぐに眠りに落ちていた。
こんなエールフランス機に乗ってる訳は、TTRPG(テーブルトークPRG)の世界大会に出場するためなんだ。
そのゲームの名前はD&F(ダンジョン&ファイターズ)。
これはダンジョンマスターが制作したダンジョンを参加者が攻略するボードゲームなんだ。
今回の世界大会での優勝条件は、プレイヤーが「面白い」って評価してくれること。
東京大会3連覇は伊達じゃないし英語だって勉強したよ。
思い切り手足を伸ばし、欠伸しながら左手首の時計を見ると、出発してから14時間ほど経過したことを示していた。
キュッキュというタイヤ音とともに、ドスンと身体に軽い衝撃を感じる。
機内アナウンスが聞こえ、どうやら目的地のシャルル・ド・ゴール空港に到着したらしい。
バスに乗り換え、田園風景の中をゆっくりと走ると、大会の開催場所となっているディズニーホテルニューヨークに到着する。
チェックインを済ませルームカードを受け取ると、部屋に入るのと同時にトランクを開く。
明日の大会に向けて、ああでもない、こうでもないと試行錯誤しているうちに、気がつけば外が明るくなっているのだった。
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星の数ほどの作品がある中、この作品の第1話を読んでいただき、
ありがとうございます<(_ _)>
ダンジョンマスターのダイスケは、これから大いに苦労します。そんなダイスケくんを応援してやってください。
これから面白くなってほしいと思った方は、
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