第9話 天然水

 今日の冒険者達は怒り狂っていた。


 なぜなら、


「コンサートが中止になったから」


 だ。


 朝、起きるとクリュティエの様子が明らかにおかしい。

 普通な感じなのが、いっそう怪しい。


「マスター……、気持ち悪い」


 朝っぱらから俺をディスってやがる! と思ったが、気分が優れないらしい。

 いつものような笑顔がない。

 変態じみた行為もない。

 ただ、地面に横たわっているのは心配だな。


 しかも、コンサートにやってきた男達がこの様子を見てしまったのだ。


「こんな極悪非道なプロデューサーに、クリュティエちゃんは任せられねえ!」


「そうだ、そうだ。ブラック企業みたいに働かせたんだろ!!」


 この世界にもブラック企業という概念があるのか?

 十分ホワイトですがな。

 こいつは、歌って踊ってるだけだからな!


 あと、何度言ったら分かるんだ。

 俺はダンジョンマスターであって、プロデューサーではない。


 オタクとはいえ、そこは冒険者。

 すぐに、俺に襲いかかってくる。

 相手は10人。

 なかなかに大変だ。


「ミスティ! 敵を段差に誘い込め!」


 ミスティとは血まみれコウモリにつけた名前だ。

『おい、血まみれコウモリ!』じゃ、味気ないからな。


 体当たりで段差に追い込み、超音波を発する。

 超音波は冒険者の平衡感覚を狂わせるんだ。

 罠にかかりやすくなるって訳さ。


 バランスを崩した4人は、すぐにミスティに切り裂かれる。

 地味な攻撃だが、相手は防具もないため、すぐに無力化される。


「残り6人」


 次は角モグラだ。

 地面に掘った穴に敵の足を落とし、角で突くのだ。


「殺すなよ! お客様だからな」


 俺の命令で、致命傷にならない程度の攻撃をする。

 さらに3人が無力化される。


 残り3人のうち、2人は逃げだし、1人はその場に残っていた。

 ゼニスじゃねえか。


「いやあ、最近の客はマナーがなってませんな」


 明らかに怒っている。

 クリュティエファンなら、わきまえろと言いたいのだ。


「でも、ゼニス。クリュティエの具合が悪いのは確かなんだ」


「ふむ」


 ゼニスはウンディーネの特性から考えて、水に問題があると結論付ける。


「ダイスケはん。もしかして、新鮮な水をあげてなかったですか?」


「この通りのダンジョンの中だからな」


「多分それですわ。ウンディーネっていう妖精は、もともと水の中に住んでますからね。今まで我慢してきたんでしょう」


 そっか。

 変態じみたことをしていても、やっぱり無理してたんだな。

 すまん、マスター失格だな。


「ゼニス。綺麗な水を買いたいんだけど」


「おやすいご用でさ。クリュティエちゃんが元気になるような、いい水を持ってきまっせ!」


 こいつも修羅道を歩く男だった……。

 ついでに、専属契約を結ぶことも告げる。

 ゼニスは喜びながら、すぐに洞窟を出て行った。


 どれ、入口に「出演者の体調不良のため、コンサートは延期します」って書いておこう。



 その日、ダンジョンには誰もやってこなかった。



「ダイスケはん。いい水を用意しましたでえ」


 翌朝、荷車に大きな瓶をつんだゼニスがやってきた。

 さすがオタ。

 行動力が違うぜ。


「この瓶の水は、近くのエルプ山の天然水ですから、何杯でもすっと飲めるんです」


 おい、どっかの通販番組みたいな口調だぞ!


「今なら、初月無料! 1ヶ月、何と銀貨2枚でお届けです。お届け料も勿論、無料です」


 〇ャパネットかよ。

 それでも、新鮮な水には違いない。

 1週間に1回の契約にし、早速、クリュティエを水瓶の前に連れて行く。


「クリュティエ、好きなだけ飲めよ」


 クリュティエはすぐに、その瓶の中に飛び込んでいった。


「おい!」


 次の瞬間、一糸まとわぬ姿のクリュティエが、ざばあと立ち上がる。

 俺とゼニスさんは慌てて後ろを向く。

 そして、顔を見合わせて、ガシッと握手をする。

 俺たちはジェントルマン! そう目が語っていた。


「マスター。見ていいんだよ!」


 ダメに決まってるよ。

 モロ、条例違反じゃん。

 海外だったら身体にタグを埋め込まれてるぜ。


 20分くらい、俺とゼニスさんは石と化した。

 何も聞かない、何も言わない。

 動きもしなかった。


「もういいですよう」


 振り向くといつものように元気なクリュティエが立っていた。

 しかも、水の上にだ。

 さすが妖精だな。


「お礼に歌いますね」


 いや別にと言いかけると、隣のゼニスがガシッと俺の肩を掴んでくる。


「静かに聞きましょう、ね!」


 笑顔なのに、無言の圧がかかってくる。

 黙って聞け、と。


 クリュティエは、俺たちの方をまさに汚れのない笑顔で眺めてくる。

 汚れだらけのくせに、と思うのだが、となりのゼニスは既に涙を流している。

 そこまで?


 歌が始めると、ゼニスはごそごそと袋をあさっている。

 俺は、久々に黙って聞く。

 いつも歌っている歌とは違い、静かな愛の歌だった。


(いい声だし、いい歌だな)


 突然、横に松明が2本飛びだしてくる。

 ゼニスが涙ながらに、火をつけ、左右に振り出した。


「熱っ!」


 けれども、ゼニスの暴走は止まらない。

 炎が気になって、集中して歌を聴くことができなかったぜ。


 ミニコンサートが終わり、ゼニスが帰って行くと、クリュティエは片目を瞑って、人差し指で俺の方を指差す。


「わ・た・し・は、貴方だけのアイドルだよ❤」


 指でハートマークを作ってやがる。

 うざっ!

 復活させなきゃよかったぜ。 


「お~い、ミスティ! 俺と罠の場所を確認に行こうぜ」


 すぐにミスティが俺の側に寄ってきて、クリュティエを侮蔑の眼差しで見つめる。


「何? このケダモノ風情があ!」


 本性を表しやがった。

 怒るクリュティエを無視して、俺はダンジョンの奥へと急ぐのだった。


 無視!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る