気持ちごと いつか忘れる 古日記

気持ちごと

いつか忘れる

古日記ふるにっき





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 寝たくない。

 だけれど、起きたら痛みがひどくて。

 まるで、ずっと溺れるているようで。本当に息がつらい。

 

 でも、貴方が手を握ってくれているから。

 それだけで、少し楽になる気がする。


 日記帳に手をのばす。

 ずっと、書いてきたけれど。

 最近、とても書くことができない。


 目が覚めた時に、ちょっとだけページをめくる。

 それに気付いたあなたは、音読をしてくれたよね?


 私の綴った想い出に対して、小さく。短く。

 私の耳元で囁いてくれたの――本当に嬉しかった。



 もう見られないと思ったのに。

 間に合わないと思ったのに。


 あの子のウェディングドレス姿を見ることができたのも、本当に嬉しかったなぁ。


(ごめんね)


 本当は式場であげたかったでしょう?

 私のことなんか、本気にしなくても――。


 泣かないでよ。

 あなたは、パパに似て本当に泣き虫なんだから。


「……」


 言葉にできたか、言葉にできなかったのか。それすらも分からないくらい。自分でも、そう思うくらい、掠れた声だった。


 それなのに、貴方は。

 私の声に耳を傾ける。


 ――私のこと、ちゃんと忘れてね?


 足枷にはなりたくない。

 邪魔したくない。

 貴方の人生は――。


「そんなの無理」


 貴方ははっきりとそう言った。

 反論しようとする私に、貴方が唇を重ねる。


 私、かさついてるでしょ?

 一気に、おばあさんになったみたい。


 私は本当に、何もかもが枯れてしまった。朦朧とした意識のなか、そんなことを思う。

 艶やかな――貴方の感触を感じれば、なおさら。


「先に待っていて。もうちょっと時間がかかるけれど、いつか行くから」


 だから、ね。

 彼は言う。

 私にだけ、聞こえるように。



 ――君の日記帳、俺が書き続けるから。




 眠い。

 意識が微睡む。

 でも、貴方の言葉を灼きつける。


 そういえば。

 亡くなった後も、魂ってしばらくその場に残っているんだっけ?

 誰がか、そんなこと言っていたよね。



「12月31日、23時50分。ご臨終です」


 先生が頭を下げるのが見えた。

 その瞬間、爆ぜるように貴方が泣く。なく。泣いて、慟哭する。ただ、ひたすらに泣く。


 知っているよ、貴方は泣き虫さんだもんね。

 だから、最後にもう一回だけ言うね。




 ――大好きだよ。



 睡魔に引きずられそうになりながら、私が呟いた言葉は――風となって、彼の頬を薙ぎ。そして、消えたんだ。






 ※季語は古日記でした。 


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