10年間の片想い!

崔 梨遙(再)

1話完結:約2400字

「先生、お腹が痛いので保健室に行きたいんですけど」


 修也が授業中に手を挙げた。先生も同級生も、“またか”という顔をする。修也が保健室に行くのは日常茶飯事だ。実際、修也は腸が弱い。過敏性腸炎なのだ。先生も生徒もそれを知っていたし、修也の成績は上位だったので好きなようにさせてもらっている。その時も、


「行ってよし」


の一言で、先生から許可された。



 腸の弱い修也だが、保健室に行くのには目的があった。保健室の先生、理子に会いに行きたいのだ。理子はとても小柄で、かわいいというよりも美人だった。白衣姿が凜々しい。そう、修也は理子に恋い焦がれていたのだ。それは修也の初恋。それで、1年の頃から保険室に通っている。


「また修也か」

「また修也です」

「また、お腹が痛いんか?」

「はい、お腹が痛いです」

「少しベッドで横になる?」

「はい、ベッドで横になります」

「暖かいお茶でも淹れたろか? 少しお腹を暖めてみる?」

「はい、いただきます」


「あーっ! 日本茶は落ち着きますね」

「早く、お腹が良くなったらええなぁ」

「でも、お腹が痛くなると理子先生に会いに来れるから嬉しいです」

「私と会っても何もええこと無いやろ?」

「先生、僕と付き合ってくださいよ。結婚を前提に」

「あんた、何を言うてるの? あんた14歳やろ、私28歳やで」

「そう考えたら非現実的ですけど、僕が二十歳の時に先生は34歳、現実的に思えませんか?」

「修也が大学を卒業したら23歳、私は37歳やで。修也が社会人になる頃、私はオバチャンや」

「僕は理子先生と結婚したいんです。僕は諦めませんからね。去年、入学してからずっと好きだったんです。告白するのに1年もかかったんですよ。僕は理子先生以外とは付き合いませんから!」



 翌年、修也が3年生の時に理子は高校の時の同級生と結婚した。同窓会が“きっかけ”で付き合うようになったと聞いた。修也は絶望して、ただひたすら勉強ばかりした。結果、かなり偏差値の高い進学校に入ることが出来た。


 そして、毎年、暑中見舞いと年賀状だけは出す。修也が19歳の大学1年生の時、変化が起きた。今まで旦那様と理子の連名で暑中見舞いや年賀状が届いていたのだが、理子だけの名前に戻っていたのだ。しかも旧姓に戻っている。


“離婚したのかもしれない!”


 修也は理子に電話した。卒業アルバムに(今は個人情報なので書いてないだろうが)理子の実家の連絡先が書いてあったのだ。


「はい、如月ですけど」


 如月というのは、理子の旧姓だ。旧姓を名乗った。ということは、やっぱりマジで離婚したのかもしれない。


「修也です!」

「え! 修也?」

「はい、おぼえていますか?」

「おぼえてるよ、どうしたん?」

「暑中見舞いが旦那様との連名になっていなかったので、もしかして離婚したのかと思いまして。しかも旧姓に戻ってたし」

「鋭いなぁ、うん、離婚したで。それが何か?」

「僕とデートしてください! もう理子先生を誰にも盗られたくないんです」

「修也君……今、もう大学生?」

「はい、1年です。もう19歳になりました」

「そやなぁ……ほな、1回だけデートしてみる?」

「はい! バイクで湖岸一周とかどうですか?」

「あ、バイクええなぁ、私、乗ったこと無いねん」

「じゃあ、今度の日曜、10時に〇〇駅前でいいですか?」

「うん、ええよ」

「やったー!」



 ツーリングは楽しかった。洒落たレストランでランチを楽しみ、その後、修也は“ホテルへ行きたい”と言ったが、理子に拒否された。


「いつになったら、理子さんを抱けるんですか?」

「うーん、ほな、修也の二十歳の時に、修也の“初めて”を奪ってあげる」

「約束ですよ!」

「でも、3年以上も会ってなかったから、私、老けたやろ? 魅力も無くなったんとちゃう? こんなに年上でもええの?」

「理子さんはキレイですよ。結婚を前提に付き合ってもらいますからね。僕が社会人になったら結婚してもらいます」

「わかった、わかった。その時、まだ修也が同じ気持ちやったら結婚するわ」

「今日はこれだけ受け取ってください」

「うわ、指輪やんか、ええの?」

「僕もお揃いの指輪をつけますから」

「へー! こういうのがあると、結婚に対して現実感が湧いてくるかも」

「うちの大学の文化祭、来てくださいね」

「えー! それはやめた方がええで。修也がこんなオバチャンと付き合ってるって噂が広まってしまうで」

「僕の花嫁になってもらうのに、そんな噂は気にしませんよ」

「私、何歳に見える?」

「若く見えますよ。33歳には見えません。そうですね、20代後半に見えます」

「それでも19歳には釣り合わへんやんか」

「いいから、文化祭に来てくださいね。それから、毎週デートしてもらいます」

「修也、押しが強くなったなぁ」

「先生が結婚した時、僕がどれだけ泣いたか? 先生は知らないんですよ」

「わかった、付き合おう。毎週デートでええで」

「そうこなくっちゃ」



 約束通り、修也の二十歳の誕生日に修也と理子は結ばれた。やがて、修也は社会人になった。就職が決まった時点で婚約して、いよいよ挙式と披露宴だ。修也の両親も理子の両親も、“本人がそれで良ければ”ということで反対はされなかった。


 初夜、修也は理子をお姫様抱っこして寝室に入った。



 それから十余年、修也と理子は子宝にも恵まれていた。男の子だった。聡史という名だ。聡史は中学に入るとボーッとすることが多くなった。


「理子さん、聡史、きっとアレだよ」

「修也、男同士、あの子の相談に乗ってあげなさいよ」

「理子さんから聞いた方がソフトだよ」

「ほな、一緒に聞いてみましょうよ」

「ああ、そうだね」


「聡史、あんた、恋してるやろ?」

「よくわかるね。そうなんだ。こんな気持ちは初めてで……」

「相手は誰?」

「それが……保健室の先生なんだ。今、24歳」


 修也と理子は顔を見合わせて、それから同時に言った。



「頑張れ! 応援するで!」







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10年間の片想い! 崔 梨遙(再) @sairiyousai

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