第16話 京華の家に①
タクシー運転手は迷いのない運転で俺たち二人を運んで行く。静かな車内。座席の裏に取り付けられたスクリーンにはビジネスマン向けの広告が流れていた。それは学生の俺にとってちっとも興味を惹かれない内容だった。
クラウドで管理? よくわからない。だけど、タクシーに乗り慣れていない俺は落ち着かなくてただただそれをぼんやりと眺めていた。
京華は隣で紙袋の中を漁っている。俺は行き先を敢えて聞く事はしなかった。それは本人に直接聞かずとも、京華が旧藤堂邸前までと運転手に伝えていたのでおおよその検討はついていたからだ。
旧藤堂邸。この辺りに住んでいてその場所を知らない者はいない。そこは常に観光客で賑わうような場所ではないけれど、この地域の発展に関わってきた藤堂家が明治時代に建てた屋敷である。
それ故にここらでは有名だし、現在でも手入れの加えられた庭園は四季折々様々な花が咲く。その写真を撮るために遠方から尋ねる人もいるのだとか。ソースはお袋。
「どこに行くか聞かないの?」
「⋯⋯別に」
きっと旧の近くに新があるのだろう。それにしても、自分の家までの案内をこんなに簡単に済ませることが出来るのはこの街でも藤堂家くらいなものだな。
「そう? まぁいいか」
京華は窓の縁に肘をついてそう言うと、大きなあくびをしてそっと目を閉じた。
「着いたよ」
肩を揺さぶられて俺は目を開いた。つられて俺も眠ってしまったらしい。既に会計は済んでいるようで俺は背中を押されながらタクシーから降りる。
「持って」
扱いが乱暴だなと思いつつ、俺は紙袋を手にする。意外と重量があった。中身が気になるが緩衝材で保護されていて何だかはわからなかった。家電の類だろうか。
「ついてきて」
私の背中の後ろを歩けばいいと言わんばかりにかつかつと歩き出し、俺はその後を追った。
知らない道ではなかった。タクシーは指示の通り旧藤堂邸の正面入口に停車して、俺たちはそこからその外周を回るように迂回した。塀の所々から内部の様子を覗けた。西洋文化の影響を受けた煉瓦や石造りの洋館。一方でそれを囲う庭園は和の色が強かった。樹木の葉も色を変え始め、いよいよ秋になるのだなと少し寂しい気持ちになった。
夜温はすっかり落ち着いたが、晴れれば日照りは強く、歩いていると背中はじわりと汗ばんだ。
裏手に回るとおよそ庶民的ではない高級住宅街が広がる。そこを進んでいくとひと際目立った繊細で美しいデザインの両開きの門扉が見えた。車がすれ違える程の幅があり、関心していると京華はその前で立ち止まった。その門扉の脇には人が通る為の扉もまた存在していて、カメラ付きのインターホンを押すと、間もなくがちゃりと鍵の開く音がした。
自分の知っている世界とは一段上の格式の違う門構えに気後れする。二の足を踏んでいると京華は「どうしたん?」と振り返り、手招くように顎をあげた。
玄関が遠い。玄関の正面には円形の植木があり、車寄せと言うのか、ぐるりとそれを回ってホテルのように玄関前で車の乗り降りが出来るようになっていた。感心して眺めていると、玄関の前に女性の立つ姿が見えた。
柔らかな笑顔で迎えてくれたその女性はきっと京華の母親なのだろう。そう思ったのはやはりどことなく京華の顔立ちと似ているから。長く伸びた綺麗な金色の髪の毛を一つに束ね、肩から前方に掛けている。肌は雪のように白く、綺麗な二重瞼が彼女の眼球をはっきりと露出させ、ガラス玉のような虹彩がこちらを覗いている。ビスクドールのようなに美しく端正な顔立ち。それでも何となく日本人を感じるのは、きっと違う民族の血が混ざった混血なんだと思った。
「こんにちは」
余裕のあるゆっくりとした口調だった。
「ママ。わざわざ外に出なくたっていいのに」
なるほど。家ではこんな感じなのか。しかしこうして屋敷の前で、美しい金色の髪の女性が話していると、まるで物語の中に入ったような日常ではない気持ちになる。
「だって、京華がお友達を連れて来るなんて初めてだから」
「こいつはただのポーターだっつーの」
荷物持ち。あながち間違ってない。実際本当にここまで荷物を持たされていただけなのだから。
「こらっ、ちゃんとした言葉を使いなさい」
京華は口答えせずにごめんなさいと謝る。それを見ながら俺は日頃の言動を録音して聞かせてやろうかなんて意地の悪い事を考えた。からかう母にあたふたとする姿は普段見られない光景で新鮮なものがあった。京華の耳は赤く染まっていた。
「初めまして。清水と申します。突然お邪魔してしまってすみません」
京華の母は手で口元を隠して上品に笑うと、「そんなに畏まらなくたっていいのよ」と言った。そして家の中へと案内された。
広い玄関だった。資産のある家はどこもこんなものなのだろうか。家族写真が靴箱の上に飾られている。おそらく全員揃った写真だろう。写真には五人映っていて顔立ちや背丈から察するに京華には兄と妹がいるようだ。
「遠慮しなくていいのよ」と優しく招かれる。京華の母は正面のドアを開けて言う。肩身の狭い思いでついて行く。
「誠人。相手しなくていいからこっち来て」
「えー。私も誠人くんとお話したいんだけど」
「いいからママはあっち行っててよ。つーか、こいつ無口だからどうせいても話さないよ」
京華は俺を指さして言う。
「京華。お友達にこいつなんて言ってはいけません」
母がまた言葉遣いを指摘する。京華もそれに反論しなかった。よくある事なのだろう。面白がって眺めていると目が合い、京華はやりづらそうにそっぽを向いた。そして、きまりが悪いのか先に行ってしまった。
京華の母は京華をからかいたかったのだけなのだろう。それ以上無理に誘ってくることはなかった。最後に好きな飲み物とお菓子を聞かれ、俺はお気づかいなくと答えた。
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