第13話 りんご
最低限、バンドを名乗っていいと言えるメンバーが揃ったことで、学園祭ライブに向けて一歩前進といったところか。
無事に仲間が増えたところで、そろそろりんごについて、紹介しようと思う。
茶戸りんご。目の前に座る女の子。それが新たに加わったバンドのメンバーであり、担当はドラム。
俺たちの出会いはとても幼い頃。親同士、つまり俺の両親とりんごの親父は同級生で、今も時々一緒に食事に行くような関係だ。りんごが生まれてから直ぐに顔を合わせ、一緒に遊ぶことも多かった。だから初めてあった日のことを覚えていないし、俺たちの関係はいわば兄弟のようなものだった。
それでありながら俺の事を先輩と呼ぶのは、りんごが中学生になった辺りか。中学生になると嫌でも上下関係を学ぶもので、いつしか俺に対して敬語を使うようなり、呼び方もまこ君から先輩に変わった。
そのような関係でありながらどうして俺が京華と合わせることを戸惑ったのかは、京華と相性が合わないと思ったからだ。
俺たちはこの辺りでは名のある進学校に通い、京華に至っては幼稚園からのエスカレーター組だ。京華とりんごには生まれた時から周囲の環境に大きな違いがある。
例えばの話、勝手な想像の話だけど、音楽でいえば生まれた時から家で流れているジャンル。ロックを聴いていたりんごに対して京華はきっとクラシック音楽を聴いていたのではないだろうか。表現もりんごは聴いてた。京華は嗜んでいた。……かもしれない。
容姿についてもまた、うちの学校にはいないタイプだ。
昔はそれこそ小柄で日本人形のような真っ直ぐな黒髪が似合う可愛らしい女の子だった。それから成長し大きくなるにつれて、その見た目もまた大きく変貌していった。高校に入ると、まぁ今年の事なんだけど。自分の好きな姿であることが許され、自分の趣味を見た目にそのまま投影したかのように、絵にかくようなバンド女子へと変化していった。ただのバンド好きというかはサブカル系? それか、地雷系と呼ばれるタイプである。知らんけど。
黒髪であることは変わりないが、さっぱりショートからツインテールになった。そしてその尻尾の一束を赤色に染めている。また、耳や舌にピアスを何個もつけていた。
服装もそれなりで、目の前のりんごは学生服から着替えて今は私服だったので説明するうえで丁度いい。
白黒のストライプのロングTシャツの上に海外のメタルバンドのアルバムジャケットがプリントされたTシャツを重ねて着ている。黒色のミニスカートには、ひらひらとフリルが装飾されていて、シルバーのウォレットチェーンやチョーカーと細かなアイテムも満遍なく装着していた。太ももが露出したかと思えばまたストライプのニーソックス。そしてパンク色の強いシルバーが目立つブーツを履いていた。
この見た目である、服でも脱がせてみて、身体のどこかにタトゥーが入っていたとしても俺はきっと驚かないだろう。
育ちが違いすぎる。外に出て恥ずかしくないマナーを幼い頃から仕込まれてきた京華と比べると、俺も含めてりんごは極めて一般的に、自由に育ってきた。だから京華の価値観として今目の前に座っているりんごを理解し許容できるのか心配だった。
まぁ、京華もそれなりに態度や口は悪い。でもそれは自然と身についてきた話し方と言うよりかは彼女なりの反発の形だということは俺も薄々わかってた。
横に座る京華はあまりそういうのを気にするタイプではなかったらしく、りんごと普通に接し会話をしているのだから俺が余計な気を回す必要は全くなかったということだろう。
「ねぇ。りんごちゃんはなんでチャドって呼ばれてるの?」
京華は頬杖をつきながら興味ありげに質問すると、りんごは眉をひそめてから答える。
「チャドって呼ばないでください。これは先輩が勝手に言ってるだけですよ」
答えとして曖昧な返答に不満なのか、京華は補足説明を俺に求めた。チャド呼びはある意味彼女に対するちょっかいのようなもので、それについて俺が答えていいのか返答に悩んでいると、りんごは自ら話し出す。
「私の苗字って茶戸じゃないですか。海外のバンドにチャドって名前のドラマーがいて、それで呼んでくるんですよ」
「かっこいいじゃんチャド……」
「嫌ですよ。あんなおじさん」
りんごは不貞腐れたように拒む。
「昔はかっこよかったんだぞ」
「昔って、おじさんみたいな言い方……。先輩、一つしか違わないじゃないですか」
そんなやり取りを見て京華はくすくすと笑うと、俺も話しすぎたような気がして恥ずかしくなってきた。
「なるほど。ようやく理解ができたよ、でもりんごだっておじさんじゃん」
「それは言わないでください。でも、りんごの方が可愛いからいいんです」
それはご都合解釈と言うやつでは……。りんごだって髭だし。
「誠人。私、この子を気に入ったわ」
京華はいつの間にかりんごの背後に回り込んでいた。そして後ろから両腕で抱き着く。りんごは無邪気な子供に抱かれた猫のようにその手から離れようともがいていたが、次第に慣れたのか諦めたのかりんごはその腕の中に大人しく収まっていた。
りんごのどこを気に入ったのか俺は単純に気になって質問する。すると小さくて可愛いからと答えた。適当すぎる。
「スタジオに空きが出来たから少し使うかい?」
開いたまま固定されていたドアがノックされると、店長がいた。俺たちは互いの視線を確認すると、誰が言うわけでもなく立ち上がった。
京華はスタジオがどこにあるのかわからない。そんな彼女をりんごがリードし連れて先に部屋を出ていった。
「誠人」
俺も二人の後を追うと、店長に呼び止められて振り返る。
「誠人。ありがとう。りんごを誘ってくれて俺は嬉しいよ」
どんな感情なのか、その声音と表情からは読み取ることができない。それは喜びと哀しみ、寂しさ、例えるなら玉虫色のような曖昧さがあり、色々な思いが入り乱れたようで何を考えているのか、俺には汲み取れなかった。
「感謝すべきは俺の方です。このままじゃメンバーが揃わなかったので」
どうやら店長の期待した答えから少し外れていたようだ。肩をすくめると相槌と変わらないような言葉が返ってくる。少し先で立ち止まっていた二人から早く来るように急かされて、俺は店長に小さく頭を下げて、二人の後を追いかけた。
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