第12話 聞いて欲しい話
俺たちは事務所の奥の一室に案内される。
普段は休憩室として使用されているのか、簡素な部屋の真ん中にはシンプルな長机があり、一口で食べ切れるお菓子の積まれたカゴと観葉植物が置かれていた。店長がお茶を出してくれると京華は小さく会釈した。それから店長は仕事があるからと部屋から出て行ってしまった。
俺の隣には京華が座り、長机を挟んだ向かい側にりんごが座っている。部屋の中には俺と京華、りんごの三人きり。先程の一悶着が起因してか壁掛け時計の秒針の、時を刻む音がよく響いていた。
俺はこの気まずさに耐えかねて、誰か話し出してくれないかと二人に目配せを送るが、二人ともつんとした顔で無視されてしまった。
「えー改めて、という程ではないのかもしれないけど、お前に聞いてほしい話があるんだ」
仕方なく火蓋を切る。しかし、りんごは拗ねたそうにそっぽを向いている。
「俺と京華がお前に会いに来たのは……つまり、その、あのだな」
こんなに不機嫌なりんごは久しぶりだ。一度へそを曲げると面倒だから慎重に言葉を選ばないといけない。
「やめて。それ以上聞きたくないよ」
「それはダメだ。勝手かもしれないけど、最後まで聞いてほしいんだ。その上で、嫌なら嫌だと正直に言ってくれて構わない。この件は俺がちゃんと言葉にして伝えることに意味があるというか……」
「そんなのわざわざ私に言う必要ないじゃないですか。先輩の勝手にすればいいじゃん」
取り付く島もない。一人で壁打ちをしている気分だった。けれど、伝えなければならない。京華の思いに答えるためにも。
「……お前が必要なんだよ」
目的を達成するために。学園祭でライブをする為にも――。
「ん? えっ、どゆこと?」
「ん? だから――」
「あーもう焦れったいな。つまり私たちがあなたに会いに来たのは、私たちのバンドメンバーになって欲しくてお願いに来たの」
りんごはきょとんとした顔で首を傾げる。
「誠人から聞いたの。あなたがドラムやってるって。どこにも所属してないことも」
「なにそれ? 先輩はこの人と付き合ってるんじゃないんですか?」
俺に向けられた質問だった。京華は状況がよくわからないといった様子で首を傾ける。もちろん、俺もよくわからない。
「なんだそれ? 俺とこいつが付き合ってるわけないだろ。っ!」
京華に親指を指して言うと、不意に足を踏まれる。犯人である隣の京華は表情を変えることなく白々しく頬杖をついていた。
りんごは考えを整理するように手を顎に添えてしばらくうーんと唸っていると、やがて血色の良い唇がゆっくりと開かれた。
「……つまり先輩は、私をバンドに誘うために来てくれたんですか?」
「だから最初からそう言ってんだろ」
「言ってないだろ」
「言ってないです」
二人の言葉がユニゾンする。初めて波長が合ったように思えた。
兎も角こうして誤解も解けたところで、ようやく腰を落ちつたせた本当の会話が始まる。
特に険悪なムードを漂わせていた京華とりんごの二人も、打ち解けるまでは至ってないものの、これまでの経緯を説明できるまでは会話が出来るようになっていた。
ここまでのあらすじや、どうしてりんごが必要なのかを。
それらの事情を粗方説明し終わった頃。頂いたお茶は空になり、残った水滴がグラス伝って垂れ落ちる。
色々あったが最終的にりんごはバンドのメンバーとして加わることを、面白そうだと前向きな返事をしてくれたのだった。
そこからはブレイクタイムというか、本来の目的に関係の無い話に花が咲いた。
「なんだよかったー。先輩は私のものなんだから。ちょっかい出さないでくださいね」
一息ついて、ほっと胸をなで下ろしたりんごは友人を前にするような爽やかな笑みを浮かべ、その顔は京華に向けられていた。
「何言ってんの? 誠人は私のものだよ」
間髪入れずに京華が切り返す。
「いや、誰のものでもないんだが……」
俺に所有権があるとするなら、それはきっと両親だ。またしても張り詰めたような不穏な空気が流れるが、先程までの緊張感はなかった。
「あなたにはあげませんよ。話を聞いてくれて、困ったら助けてくれる。こんな都合のいい人、先輩以外いないんですから」
それは京華に向けられた挑戦的な言葉だった。
「あっ、それはわかるかも」
……共感しないで欲しかった。そしたら言葉通り、都合のいい人になっちゃうんですけど。優しいとか気遣いができるとか、もう少し言われて嬉しい言葉選びは出来ないものだろうか。
二人は不穏に笑うと、国家間の取り決めを首相同士が確認し合うような、意図の読めない握手が目の前で交わされた。
なんなの? 怖いんだけど……。
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