第10話 足りないもの
放課後のこと。
「無事に受理された訳でありまして、私たちは覇道を進むことになります」
何を改まって、というか意味がわからない。
サラダのドレッシングのせいか、京華の唇は妙に色っぽく、艶やかに光っていた。彼女はストローをゆっくりと咥え、小さな気泡がポツポツと浮かぶメロンソーダを一口飲む。その様子は、どこか目を奪われるような美しさを醸し出していた。
俺たちは駅前にある庶民的でリーズナブルな完成度のレストランで学園祭ライブに向けて作戦会議を行っている。参加者はもちろん、俺と京華の二人きり。
京華はテーブルの上にノートを広げ、話したことを忘れないようにメモを残していた。こういう所に育ちが出るんだよなと感心されられるが、肝心のメモ書きはボーカル私、ギターボーカル誠人としか書かれていなかった。
グラスの水滴がノートに垂れると、インクがじわりと滲む。
「私たちにオリジナル曲なんてないから、基本はコピーだよね」
「まぁ、そうなるな。それそりさ」
呑気にソーダを飲んでいるところ悪いが、俺達には明確に足りてないものがあった。京華はきょとんとした顔で俺の言葉の続きを待っている。
「バンドって言ったよな。ジャンルもそうだし、何より楽器隊がギターしかいないってヤバくない?」
ほけーとした顔で京華は少し考えると、はっと理解したように肩が上がった。
「確かに打ち込みでもいいけど、折角なら人揃えたいよね」
「当てはあるのか?」
京華は顎に手を置いて考える。まぁ俺よりかは知り合いが多いはずだ。うちの学校は生徒が多い。今はこんなんでも一人や二人くらい手を貸してくれる人もいるんじゃないだろうか。
「……」
京華は決まりの悪い顔で黙り込んだ。
「お前……友達たくさんいたじゃん。どんだけ嫌われてたの?」
「それ以上言うな。マジで傷つく」
こちらを睨みつけると、その瞳に宿る冷ややかな光が心に突き刺さった。息をのむほどの殺意に全身の筋肉が緊張した。 怖っ。なんて目をしてるんだ。殺されるの?
ごほんと咳をして、俺は話を元に戻す。
「……最低でもあと二人だな。それくらいいないと形にならん」
「しれっと話を戻しても誤魔化されないかんな。あっ、私ベース出来るよ」
「マジで?」
京華は他にも、ピアノとバイオリンができると言った。基本のスペックが高いことを忘れていた。
勉強にスポーツが出来て音楽もいける。それに加えて容姿も良いときた。これだけの物を持っていたら自分に自信があって当然だ。同性であったらきっと俺も嫉妬していた。才能や態度が鼻について嫌がらせをされるのは、ここまで来れば有名税みたいな物なのかもしれない。
「つまり、足りないのはドラムか」
「本当は、歌に専念したいところだけどね」
ベースボーカルか、確か難しいとどこかで聞いたことがある。しかし京華ならそれをやってしまいかねないと思った。
「はぁー……。当てが無いのにもほどがあるな」
よりによって俺たちみたいなはぐれ者に協力してくれる奴なんて。学校の外の人でもなきゃな……。あっ――。
「あっ、誠人。今なんか思いついたでしょ」
「……」
いや、でもな。
「隠してもわかるんだから。今の誠人は何か思いついた顔してるよ」
京華が前のめりになると耳にかけていた髪がさらりと垂れた。
「いや……。でも、全く関係のない奴だぞ」
「だったらそんな顔しないでしょ。いいから白状しろ」
さらに圧をかけられると、ほのかにメロンの香りがした。近頃、思ったことがばれるようになってきた。これからはもう少し気をつけなければ。
「学校が違うんだよ。部外者はステージに出られないんじゃねーの?」
あくまで学校行事。学校に関わりのない人が来場することはあっても出し物には参加出来ないんじゃないだろうか。
「去年、何を見てたの? 卒業生が大学のサークルを連れてきて、吹奏楽のコンサートをしていたじゃない」
知らない。聞けばお笑い芸人や近くで活動する大道芸人なんかも毎年参加しているそうだ。去年は途中で抜け出して、外で時間を潰してから終わる頃に戻ってきたので知らなかった。それにクラスではコスプレ喫茶と、まるでアニメのような出し物で、俺のような生徒が関わる余地なんてなかったし、何なら雑務すら頼まれず、完全に蚊帳の外だったので学園祭の記憶なんて殆ど残っていない。
そう考えると、自分の学校の学園祭について全然知らないな。ライブは屋外ステージなのか体育館なのか。何人くらい集まるのか。そんな単純な事さえ分からなかった。
「で、誰なの?」
昨年を振り返りながらしばらく黙り長考するが、これ以上俺を一人の世界に入らせまいと京華はしつこく問い詰めた。
出来れば別の人が良かったが、諦めてはくれないだろう。そいつは俺たちの通う学校にはいないタイプだ。エスカレーター組の京華が普段関わることの無いような奴だし、気が合わなくて別のメンバーにしようなんて言い出さないだろうか。
「楽器屋の娘だよ。一つ下のな。多分上手くいかないよ」
音楽性の違いどころか文化の違いでな。
「高校生なの? だったら話は早いじゃん」
京華はばたばたと机の上に散らかした私物を鞄に片付け始めると、俺にも出る準備を促した。
「よし、今からそいつに会いに行こう」
本当にこの行動と決断の速さたるや。もう少し考えてからでもいいんじゃないでしょうか。
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