都落ちギャル(血統書付き)に懐かれた話
夏秋茄っ子
都落ちギャル(血統書付き)に懐かれる
第1話 女王の没落
二度目の夏休みはこれと言って人に話すようなイベントもなく終わり。気がつけば二学期も始まり、そして一週間が過ぎていた。
洗面台に映る自分の肌は、とても夏休み明けとは思えないほどに白く。まだ寝ぼけた顔で気だるげに歯磨きをしている姿は、まるで二日酔いの残ったサラリーマンの朝の様である。知らんけど。
一度自室に戻り、壁にかけたシャツを取り袖に腕を通してからネクタイをゆるく結ぶ。そして、昨日帰ってから一度も口を開けていないカバンを手に取った。
リビングの机の上には今日もお袋の手紙と三千円が置かれていた。俺は手紙を読みもしないでお札だけポケットに突っ込んで家を出る。
外はからっと晴れた快晴で、一度もカーテンも開けずに家から出た俺は目を細めるしかなかった。今日も暑い一日になりそうだ。
午前の授業が終わると、お袋からもらったお金で購買部でパンを二つ購入した。
午後は昼食後の眠気に耐えながら授業を受ける。そうして帰りのホームルームは静かにやり過ごしながら席に座っている。
二学期が始まってから。やけにホームルームが長い。どうやら揉めているようだ。俺には関係の無い事だ。内輪の話は内輪でしてもらいたい。その輪の中にいない俺からしてみれば、ただただ早く終わらせて欲しかった――。
次の日に事件は起きた。
「あー、めんどくさい。こんなの適当に決めれば良くない? ほら、 山田さんとか実行委員に似合うんじゃない?」
「……いや、私は部活の出し物とかあるし……」
標的にされた山田という気の弱そうな女子生徒は小さな声で反論する。自分の意見を主張するというよりかは、誰かに言い訳でもしているような弱々しい声で。
「なに? よく聞こえなかったんだけど。てゆうか山田さん、バドミントン部だったよね。学園祭でやる事なんて無いでしょ」
学園祭の実行委員決め。これが最近のホームルームを長くする原因である。
俺の所属するクラスは声の大きな奴が多い。特定の複数人が勝手な意見を主張するので、これがなかなか決まらない。それに、クラスの出し物もまだ決まっていなかった。
学園祭は十一月の下旬に開催される。クラスの出し物の準備にはまだ時間的な余裕があるが、実行委員会は既に動き出している。各クラスから委員を一人選出するのが決まりであり、早急に決めなければならないらしい。
「で、どうなの? やるの? やらないの?」
威圧的に回答を求められた山田は小さくなりながら俯いてしまう。
そんな態度が気に入らないのか、声の主である藤堂は苛立った様子で机を爪で叩いている。
随分と勝手な発言だが、俺はどちらの味方に付くつもりはない。早く決めてくれればそれでいい。
そういった意味では、どちらの味方になるつもりはないと言ったばかりであるが、早く決まるのであれば藤堂のやり方は悪くない。……まぁ、これは自分が標的にならない前提の話ではあるが。他のクラスメートもまた俺と同じで、自分に火の粉が降りかからないように静かにしている。
山田も山田だ。やりたくないのであれば、はっきりと自分の意見を言うべきだ。そうやってモジモジしているから藤堂に押せばいけると思われてしまうのだ。
「みんなもそう思うでしょ。山田さんってそういう仕事に向いていると思わない?」
藤堂は立ち上がり、皆の同意を求めた。気が強くて容姿も家柄も恵まれている。そんな彼女がそう言えば周囲の生徒は頷くしかなかった。
そんな独裁的に同意を集めて、藤堂は満足気な顔をしていた。
実行委員は山田で決まりかな。そう思った時、反論の声が上がった。
「そんな決め方は良くないと思うわ」
「なに? 今、決まったところなんだけど」
二人の視線が激しくぶつかる。そして先に声を出した方が負けとでも言うように、互いに睨み合う。
うちのクラスにはリーダー格の人間が二人いるのだ。それもクラスを越えて学年でも存在感のある人物。そして、この二人は両極端な性格をしていて馬が合わない。これもうちのクラスの意見がまとまらない理由の一つだった。
「藤堂さんのやり方は好きじゃないわ。山田さんは部活の出し物があるって言っていたじゃない。そうなんでしょ?」
岩沢は優しい声で助け舟を出すと、山田は首を何度も縦に振って答える。
「だそうよ」
その淡白で挑戦的な口調と、山田の救われたような態度が気に入らないのか藤堂は苛立ちを隠せていない様子で、その長く伸ばされた綺麗な金髪を弄っている。
「そんな聞かれ方されたらそう答えるしかないじゃない。私が役を押し付けているみたいな言い方はやめて欲しいんだけど」
「違うの?」
綺麗な顔立ちの岩沢のとぼけたような顔に、藤堂のフラストレーションは益々溜まったようであるが、プロボクサー顔負けのカウンターを受けた藤堂が言葉を詰まらせていると、クラスのどこかでくすりと笑う声が聞こえた。
藤堂が笑い声のした方向を睨みつけると、また教室は衣擦れの音が聞こえるほど静かになる。
「私は単純に山田さんがこの仕事に向いていると思って推薦しただけ。みんなもそう思っているから同意したんじゃない。そうでしょ?」
藤堂は一人一人に視線を合わせるように見渡しながら問うた。岩沢と同じ聞き方をしたのは彼女なりの仕返しなんだろう。
それはともかく、この質問は山田が実行委員に向いているかどうかは既にどうでもよくなっている。これは一見民主的な方法で藤堂と岩沢のどちらに付くのか、その決定を求めているのだ。
藤堂はよほど自分に自信があるのだろう。豪胆にそして大胆不敵な笑みで自分が勝利するその時を待っているようで、惚れ惚れするほど堂々とした態度である。
この静寂の時が正確にどれくらいだったのかはわからないが、緊張感のある静けさの中、一人の男子が口を開いた。
「……俺は、岩沢さんが正しいと思う。やっぱりちゃんと話し合いで決めるべきだし、藤堂さんのやり方は平等じゃない」
教室が静かだったせいか、その男子生徒の声は小さかったがよく聞こえた。
いつもであればすぐにでも反論し反撃に出るところであったが、藤堂は驚いた顔をしてその生徒を見ていた。
「わ、私もそう思う」
反撃されないとわかってか、一人、また一人と我慢していた不満がこぼれるように、藤堂への批判を声にした。そして誰が発言しているのかもわからなくなる頃には、藤堂に向けられた批判は不満の言葉へと変化していた。
これは簡単には帰れないぞと、半ば諦めの気持ちをもって視線を三つ前の席に座る藤堂へと移した。
これは意外である。あの暴虐無人な藤堂の肩が力なく落ちている。
「はい。関係ない話になっているからいったん落ち着いて」
クラス委員長の北川が大きく手を叩いて場を整える。
「今は実行委員を決める場だ。みんな好き勝手言ってないでちゃんと話し合いをしよう」
「そうでしたね。藤堂さんもあなたなりに意見を出してくれていたのよね。ごめんなさい」
藤堂を哀れむ感情も同情する思いもない。今のみっともない姿が、さも当然かのように、岩沢は北川に謝罪すると藤堂を見ることもなく席に着いた。
「岩沢! 待ちなさいよ!」
勝手に話を終わらせるなとでも言うように、藤堂は立ち上がり声を荒げる。
「なに? 私はこれ以上、あなたと話すことなんてないんだけど」
岩沢はばっさりと切り捨てるような冷たい返事をすると、周囲からまた、くすくすと笑う声が聞こえた。隠すつもりのない挑発的な態度だ。
「私があるって言ってんの! 勝手に話を終わらせないでよ」
藤堂の表情は背中で見えないが、涙をこらえるような声色になっていた。その声にいつもの女王様のような自身も強さも感じられない。
「聞いてんの? 岩沢――」
「藤堂さん」
声を重ねるように北川が制止すると、続けて言った。
「これ以上、会議の邪魔をしないでくれるかな?」
この言葉がとどめとなり、以降藤堂が口を開くことはなかった。
結果としては、実行委員についてはクラス委員長の北川が兼任し、みんなで北川をサポートする形で落ち着いた。
ホームルームが終わり、それぞれが部活であったりばらばらに教室を出ていく中、目の前に座る藤堂は動かない。
今の哀れな彼女に声をかける人は誰もいなかった。
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