第2話  藤堂と岩沢

 振り返れば、俺が藤堂の存在を知ったのは入学式のことである。


 まだ中学生の未熟さを残した新入生の中で、彼女は一際大人びて見えた。周りと比べ身長が高く、肩の下まで伸ばした金色の髪は、その美しい髪が靡く度に人々の視線を惹きつけていた。


 圧倒的な容姿と、この土地に古くから歴史のある名家の生まれ。普通の家庭に生まれた子供が、一度は妄想してしまうような過剰なキャラ設定を持っていた。そんな彼女の放つオーラは自信と力を具現化している様であり、派手な印象も重なって独特の存在感と近づきがたさがあった。 


 初めは皆、そんな彼女の魅力に惹かれ親しくなろうと近づいた。しかし、結局のところ誰も彼女とは対等になれなかった。


 生まれ持った違いなのか、彼女が他の生徒の一段上の存在となるのに、そう時間は掛からなかった。圧倒的な器の違いと強気の姿勢も相まって、気が付けば彼女に意見するものはいなくなり、誰もが彼女のご機嫌を伺うようになっていた。


 

 そんな藤堂をトップとする人間関係が変わり始めたのは二年生になった頃、年度の変わり目に岩沢が転入してきた。


 彼女もまた、藤堂と変わらぬ恵まれた才と容姿を持ち合わせていた。しかし、二人には決定的な違いがあった。岩沢は藤堂のように上下の関係ではなく、誰とでも平等に接し、不正を許さない揺るぎない正義の心を持っていた。そんな二人が同じクラスになれば、考え方の違いから意見が衝突するのは明らかだった。


 絶対的な存在としてクラスカーストのトップに君臨する藤堂に、堂々と意見できる岩沢の存在は皆に勇気を与えた。藤堂の影響力はゆっくりと弱まり、次第に岩沢を陰で支持する声は日に日に強くなっていった。


 そうして起こったのが先日のホームルームでの出来事。


 岩沢に言い負かされ、今まで従えていたクラスメートには裏切られ、藤堂は涙を流した。


 この事件が起こるまで、誰も藤堂に弱い一面があることを知らなかった。彼女の涙を見て、彼女の正体もまた一人の女の子であると気が付いてしまった。その噂は瞬く間に広がり、誰もが驚いた。また様々な尾ひれ、背びれをつけながら、まるで特効薬のない未知の病のようなスピードをもって噂は拡散していった。


 最近の藤堂と言えばすっかり大人しくなっていた。今までは休み時間になるとクラスの上位カースト達に自分の席を囲ませて、このクラスは自分の物だと言わんばかりに騒いでいるのが日常であったが、あの日以来、彼女の周りには誰もいない。慣れというのは本当に怖いもので、今まで散々ご機嫌を伺い、彼女の顔色ばかり気にしていた取り巻き立ちも、今ではすっかり調子に乗り、藤堂をいじり始める者さえ現れていた。


 それでも藤堂は変わらず毅然としていて、クラスのお調子者にちょっかいを出されても相手にせず無視を決め込んだ。しかし、結果的にこの対応は失策だった。


 反撃されないとわかるや否や、他の生徒も右に倣えで今までの鬱憤を晴らすべく次々と嫌がらせを始めた。そして、それが徐々にエスカレートしていったのは想像に難しくないことだろう。


 

 この事件のきっかけともいえる岩沢は、藤堂への最早いじめになり始めている嫌がらせに対して一切の関与もせず、終始無関心であった。それがまた、藤堂が一人勝手に転落していくような印象を与え、周囲には痛ましく惨めな姿に映った。

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