第6話 頑固者の本音

 清人が動いた気配を察知して、直桜と護はソファに飛び乗った。

 ごろりと横になり、寝たふりをする。

 扉を開けて出てきた清人の視線を感じる。


「わかり易く寝た振りすんなぁ。あと、盗み聞きは行儀が悪いぞぉ」


 言い捨てながら、清人が玄関に向かい歩いていく。

 直桜は飛び起きた。


「清人は、このまま諦めんの? まだ何も、頑張ってないよね」


 振り向いた清人の顔は、何時になく険しい。


「お前が知らない十年間で結構頑張って……、まぁいいや。他人様の事情に首突っ込まないよーに」

「俺には脈ありとしか思えないんだけど。なんで押さないのかなと思っただけだよ」


 帰りかけた清人が戻ってきて、直桜の鼻を思いっきり摘まんだ。


「お前は何でそんなにしつこく絡んでくんだぁ? ちょっと前まで他人になんか興味がない不貞腐れたガキだったろうが」

「今でも興味ないよ。でも、紗月は、俺とはちょっと違うから」

「はぁ?」


 清人が、訳が分からないといった顔をする。


「普通を求める動機とか、人を遠ざける理由とか。清人は紗月の傍にいるべきなんじゃないの?」

「今しがた拒絶されたばっかりだ。盗み聞きしてたんならわかるだろう」

「だからさ、結局、陽人が悪いのであって清人が悪いわけじゃないよね?」


 盗み聞きしながら、隣で護が当時の事件のことを教えてくれたので、少しは理解した。13課では暗黙の了解で触れてはいけない、大変有名な事件であるらしい。


「陽人さん一人が悪いわけじゃねぇし、俺が悪くない訳でも……てか、何で俺は直桜とこんな話してんの?」

「陽人が一人で全部、悪役を背負い込んでいるんなら、清人がやるべきことは紗月の傍にいることなんじゃないの?」


 目を見開いた清人が、直桜から手を離した。


「人の気持ちは、そんなに単純じゃねぇだろ。紗月は、普通じゃない俺なんか、求めてないんだから」


 背中を向けた清人の襟首を掴む。

 後ろに引かれて、清人の体がソファに倒れ込んだ。


「で、どこの誰とも知れない普通の男に紗月さんを持っていかれても、耐えられますか?」


 護が清人を覗き込む。

 普段の護にはあまり見られない、攻めの姿勢だなと思った。


「アイツは結婚なんかしねぇんじゃねーの? そもそも人間好きじゃないっぽいし?」

「誰のモノにもならなければ、それでいいんだ? 遠くから眺めているだけでいいんだ?」


 清人が面白くなさそうな顔で直桜を睨んだ。


「お前ら、今日は何なワケ? 他人の色恋になんか、普段は興味ねーだろ、二人とも。俺が告って振られる姿、覗き見るとか、いつもならしねぇだろ」

 

 直桜は護と顔を見合わせた。


「アレって告白なの?」

「ただの勢い、ですよね」


 清人が両手を伸ばして、直桜と護の頬を掴んで引っ張った。


「うるっせーんだよ。運命的な恋人と番ってる奴らに俺の気持ちがわかって堪るかよ」

「清人と紗月も充分、運命的だと思うけどね」


 直桜の言葉に、清人が手を止めた。


「直日が紗月の中に、何かを見付けた。紗月の霊元が、わかるかもしれない」

「紗月さんがここにいてくれる一カ月の間に、なるべく傍にいて正体を突き止めたいと思っているんです」

「それが、反魂儀呪が紗月を狙う本当の理由にも、繋がる気がしてる」


 直桜と護に矢継ぎ早に話されて、清人が息を飲んだ。


「清人と枉津日の神子を産ませる存在を囲うため。最初はそう考えてた。でも、それだけじゃ、ないのかもしれない」

「なん、だよ、それ……」


 清人の表情が徐々に驚愕に染まる。


「紗月さんほどの能力者なら、清人さんに宛がって神の子を産ませたいと、陽人さんなら考えるんじゃないかと。ならば反魂儀呪も紗月さんを欲しがります」


 二人を押しのけて、清人が勢いよく起き上がった。


「そんな理由で? 好きでもない男の子供、孕めって? どれだけ碌でなしだよ。そもそも先代の惟神は、それで死にかけて、枉津日を剥がされてんだぞ」

「やっぱり清人は、自分が神子の子孫だって、知ってるんだね」


 清人は何も言わない。

 枉津日神が剥がされた経緯を藤埜家が語り継いでいるのなら、先代の惟神から神子が生まれ、自分が神気を受け継ぐ者であることも知っているはずだ。


「だからって、俺の事情に紗月を巻き込めないだろ。そんなのは、アイツが一番望んでない結果だ。それに、紗月は……」


 紗月が子供を産めない体質であることを、清人も知ってる。


「俺は正直、子供が出来ても出来なくても、どっちでも良いって思ってるよ。ただ、紗月を一人にしたくないだけ。清人に隣にいてあげてほしいだけ」


 清人がのっそりと振り返った。


「なぁ、本当に何なの? なんで直桜はそんなに紗月に構うワケ? らしくねぇぞ」

「清人が思ったより頑固だから。あと、なんか。紗月が俺より、護に似てるから、かな」

「え? 私ですか?」


 突然、話を振られて、護が意外そうな顔をする。


「人当たり良い感じも、嘘ついてまで突き放す感じも、全部、怖いから、なのかなって。人を傷つけたり傷つけられたりするのが怖くて、逃げてるように見える」

「あー、そういわれると……、心当たりがありますね」


 護が納得したような顔をしている。


「嘘? 嘘って何だよ。直桜は昨日、紗月に会ったばっかりだろ」

「だから、清人との会話だよ。紗月は清人のこと、かなり好きだよね。どっちかっていうと、紗月の方が清人を巻き込まないように嘘ついて突き放しているように聞こえたけど」


 清人の顔が見る間に赤く染まっていく。


「え? もしかして気付いてなかったの? なんで?」


 清人の手が伸びてきて、直桜の髪をわしゃわしゃと掻き回した。


「盗み聞きした会話を堂々と語るんじゃねぇよ、クソガキ!」

「うわ、本気で痛い。清人、マジ無理、やめて」


 割と本気で嫌がっても、清人は手を止めない。

 二人の姿を護が笑って眺めている。

 こんな風に男同志で話しながらじゃれているのは、もしかしたらかなり久しぶりかもしれない。

 

「紗月さんが留まる一カ月間、私たちは護衛の任を貰うつもりでいます。でも、呪いの雨の対処中は、多分、外すので」


 護がちらりと直桜を窺う。


「その間は、俺たちの代行で清人に護衛を振ってもらうように、忍に頼んでおくよ」


 清人の手が、ぴたりと止まる。

 大きく息を吐いて、清人が項垂れた。


「あーぁ、大きく強く成長してくれて、統括としては嬉しいよ。直桜はたったの三ヶ月で別人みてぇになったなぁ。護、直桜に何か盛った?」

「してませんよ、そんなこと」


 清人が疲れた顔で笑う。

 その表情は、何かが吹っ切れたようにも見えた。


「ここまできて、今更諦める気にも、なれねぇしな。十年以上も想い続けるとか、俺って結構、一途だろ?」


 照れ隠しの軽口が、今日一番の本音に聞こえた。

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