1.生きる伝説

第1話 連続爆破事件

 いつの間にか、九月も下旬となっていた。

 枉津日神の荒魂事件で惟神になった清人は、その後問題なく過ごしている。唯一の心配事は、枉津日神がなかなか顕現しないことらしい。直日神曰く、魂が馴染まないと神が顕現するのは難しいのだそうだ。

 生まれた時から直日神と一緒だった直桜には、わからない悩みのようだった。


 このまま、しばらくは反魂儀呪も静かにしているだろうと思っていたのだが。関東各地で相次ぐ大小含めた爆破事件に反魂儀呪の関与の疑念が浮上したのは、つい数日前のことだった。


「爆炎に妖気やら呪力やらが混じってんのよ。こんなの、普通じゃ有り得ないだろ?」


 事務所に来た清人が持ってきた数枚の写真を、直桜はじっと見詰めた。

 その隣で、護が清人に疑問をぶつける。


「爆炎にそんなもの混ぜて、どうする気でしょうか。呪力や妖気を拡散させたいとか、ですか?」

「さぁねぇ、俺の方が聞きたいけど。何か意図があるのは、間違いないよなぁ」


 言いながら、清人が直桜に視線を送る。


「これ、只の呪力じゃない。術式が刻まれてる。爆発は結果でしかないよ。儀式を失敗してるんだ」

「失敗? 随分派手な……」


 驚くというより呆れた顔をする護とは裏腹に、清人が珍しく真面目な面持ちになった。


「妖気が混ざった煙があるのは、妖怪を贄にしてるってことか?」

「可能性は、高いよね」


 清人の言葉に直桜は頷いた。


「妖怪を贄にした儀式で、失敗すると爆発するって、一体何を目的にしているんでしょう? 召喚術とかですかね?」

「「正解」」


 直桜と清人の声が被った。


「しかも、ソコソコの大物を呼び出したいんじゃないのかな。世間に名前が知れているような妖怪じゃない?」

「だろうな。知名度が高い方がメディアに晒す価値がある」


 清人の言葉に、護が首を傾げた。


「今回の一連の爆発事件は大きいモノならニュースになってる。今では連続爆破事件として、類似の小さい爆発もワイドショーのネタになってるだろ。衆人環視の下拵えができてんのよ」


 更に首を傾げる護に、直桜が続ける。


「神様の神力が人の信仰を力にしてるのと同じで、妖怪の妖力って人間の記憶が大きく関わるんだよ。人の記憶に残っているほど、妖力が大きい妖怪が多いんだ」

「ああ、成程。九尾の妖狐や天狗、とかですかね」


 護が納得して手を打つ。


「同じ理由で、都市伝説から生まれた妖怪もソコソコ強い。口裂け女や人面犬、最近だと八尺様とか、か。一瞬で消えるとそうでもないけどな、長く語り継がれるほど存在感が増すんだよな」

「召喚した妖怪が一瞬でもテレビに映ったら、妖怪が力を増すってことですか?」


 護の問いかけに、直桜と清人が頷いた。


「まぁ全部、陽人が揉み消すだろうけどね。ネットで拡散されたりは、するんじゃない?」

「充分すぎるプロモーションだよなぁ。話題にさえなれば御の字、何なら自分たちで仕掛ければいいわけだし?」


 如何にも槐らしいやり口だなと、直桜は思う。

 清人が珍しく頭を抱えた。


「でもなぁ、妖怪を贄にしている以上、ソコソコ真っ当で強いヤツ召喚したがってんだろうなぁ。しかも首都圏で儀式している以上、この辺りに所縁のある妖怪だろ? 直桜、なんか思いつかねぇ?」


 ちらっと視線を送られて、直桜は頭を捻った。


「俺、滋賀の出身だし、関東の方はあんまり詳しくないよ」

「私も、京都ですしね。京都なら、妖怪は山のようにいますが」

「いやいや、京都で同じ儀式してたら、逆に失敗しないだろ。狙ってたヤツじゃなくても、適当なの釣れるって」


 苦笑する清人の顔を直桜はじっと見詰めた。


「もしかして、わざと失敗してるのかな」


 ぽそりと零れた直桜の言葉に、清人が表情を改めた。


「わざと失敗して関東一円に妖気と呪術を蔓延させる。目的の儀式に備えるために、てことか?」

「可能性はあるかなって。だとしたら爆発させるのが目的になるけど」


 あの槐のことだ。その程度の時間と手間をかけることを厭うはずがない。

 清人の顔が、曇った。


「前に似たような事件があったな」


 呟いて、清人の目が鋭くなった。


「その時も、妖怪の召喚術だったの?」


 清人が首を横に振った。


「爆発でも妖怪でもない。只、関東地方一帯に呪術と妖気が充満していたのは、同じだった」

「それって、十年前の……?」


 護の顔が、清人と同じように真顔になった。


「反魂儀呪と肩を並べる反社だった集魂会しゅうこんえが行っていた儀式。その土地で最も強い力を持つ生き物を召喚したかったらしいが」


 清人が不自然に言葉を切った。

 護が清人と同じ表情で俯く。


「同じなら、また……」


 二人の言葉を待つ直桜に向かい、清人が顔を上げた。


「あの時、召喚されたのは、人間だ。神様も背負っていない、妖怪にも刀にも憑りつかれていない、霊力が多いだけの只の人間」

「それって」


 清人が頷く。


「霧咲紗月。二十年以上、警察庁でアルバイト扱いになっている警視正、13課の生きる伝説だ」


 清人の言葉に、直桜は只々息を飲んだ。

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