Autumn ≪アキ≫
前編
「ハッピーハロウィンえぶりわん!」
十月三十一日にもっとも関わりのあるイベントと言えば、大抵の人は『ハロウィン』を思い浮かべるだろう。
お化けやらに仮装してカボチャのランタンを片手にお菓子を求めてさまよい歩く行事と言えば、大抵の人は『ハロウィン』と答えるだろう。
「トリック・オア・トリート」と言えば、お菓子をあげるのが『ハロウィン』である。
しかし残念ながら、俺はハイテンションなシニガミにあげるお菓子など持ち合わせていなかった。ってかシニガミ(仮装ではないガチのほう)からお菓子をねだられるとは思いもしなかった。
「えぇ……。お菓子ないのー? かわいい子供たちのためにお菓子を用意しとくのが、大人の役目やん……。理不尽な世の中だなぁ……」
「ガチのシニガミがお菓子貰えなかったくらいでガチで落ち込んでんじゃねーよ」
「せっかく張り切って、仮装までしたのに」
「あ? 仮装だ? 何の?」
「見ればわかるっしょ?」
「わかんねーよ」
真っ黒な布で身を包み、巨大な鎌を持っている。
いかにも『シニガミ』って格好だ。定番中の定番とも言える。
ただし髪は水色のボブ。髪切ったのか?
「もーう! シニガミの仮装だよ!」
「わかんねーよ!?」
真っ黒な布で身を包み、巨大な鎌を持っている。
そのまんま『シニガミ』じゃあねぇかよ!
シニガミがシニガミの仮装してどうするんだよ。年中ハロウィンかよ。
あと逆切れしてんじゃねぇよ。
「ほら! ここ見てよここ、ガイコツの靴! ちゃんと見てよね!」
「カップルあるあるしてんじゃねぇよ。これはいつも思っていたことなのだが、女性はもう少し分かりやすく生きたほうが得だぜ? きっと」
「はーあ。これだから男という生き物は……。いい? あなた。女はね、見てほしい生き物なのよ?」
「それは男だって同じだぜ? よく、男と女は別の生物だと言われるけどよ、実はそんなに大差はないんだぜ? 同じ人間なんだからよ」
「でもー?」
『男女は分かり合えない』
最後は一文字間違うことなく、二人(猫一匹とシニガミ)の息はぴったりだった。
男女が唯一分かり合えた瞬間である。
ちなみに、現在地は
ピンポーンと呼び出し音がなったので勝手に開けたらシニガミが「トリックオアトリートメント!」と言いながら鎌を振ってきたのである。
危うく死ぬところだったな。
そして、死ぬことなく今に至るっつーわけだ。
「てか、今日ハロウィンだっけか?」
「いや、今日は十月三十日やけん、明日がハロウィンなのだよ!」
「んじゃあ、なんで今日来たんだよ」
「シニガミは猫と違って多忙なのよ。人間がイベントで盛り上がる日は、特にね。そのうえ、ハロウィンとなると……」
「ハロウィンとなると? そういやあ、ハロウィンって元々は死者が家族の元へと帰って来る感じの行事だったな。お前、交通整理でもやるのか?」
「いやいや、交通整理が必要なほど混むわけではないね。そもそもの話、3Rしとるから、帰る死者自体がそうそういないのよ。問題は……『死んでいない者』だね」
少し思ったのだが、こいつ、ちょくちょく方言が混じるよな。
『死んでいない者』って何だ?
死んでいる幽霊よりも生きている人間の方が恐ろしい、みたいな話か?
「いやいやいや、人間じゃなくって、だから――『
「あ? それって、ゾンビとか、吸血鬼とかか?」
「人魚とか、サキュバスとか、もね。仮装の集団に紛れて本物がいることがあるからね。アンデットは――シニガミの宿敵なのよ」
「宿敵? ……死なないから?」
「限りなく惜しいけど、残念ながら不正解だね。アンデットは――死を拒む力を持っているの。シニガミを拒絶する力。だから『
「ふーん……なんだかファンタジーっぽい設定が出てきたな」
「ま、拒絶されたところで容赦なくブチ殺すけどね」
「
「あはは。だって、シニガミだもん」
さて、シニガミの怖さが改めて分かったところで……。
本当にいるのかよ、アンデット。
俺はてっきり、そういうのは漫画や小説やらのフィクションの話だと思っていたのだが、まさか実在するとはな。吸血鬼か……会ってみたいものだ。
アンデットが持つ死を拒む力って、どんな感じなんだ?
少しばかり興味が湧いてきた。
「個別にもよるけど、基本的なものには『シニガミを視認できる』『シニガミと会話できる』『シニガミに触れられる』などがあんね。何気に『シニガミに触れられる』が一番やっかいかな。やられる前にやっちまえーってするヤツ、ごくまれにおるし」
「そんな馬鹿なヤツがごくまれにいるのか……ん?」
シニガミを視認できて、シニガミと会話ができて、シニガミに触れられる……?
あれ?
それってよ。
それって……俺じゃね?
「せやね。無理やり分類すれば、化け猫ってことになるね」
「せやったのか!」
わいアンデットやったんかいな! しかも化け猫かいな!
微妙だなぁおい!
しかも無理やり分類するってなんだよ。
やべぇ、どうしよう。怪異の専門家に狩られてしまう。仮に出くわすならアロハ服のおっさんがいいなぁ……。中立だし。
「ほら、色だって、ある程度は見えるでしょ?」
色?
「普通の猫は、人間と比べて、認識できる色が限られているんよ。でもあなたの場合、化け猫なんやから結構普通に見えるんじゃない?」
「んー、そうでもないな。確かに、近づけば色はある程度分かるけど、遠くから見たらモノクロにしか見えないし」
「へえ……」
「へえって、おいおい。人間の頃と比べたら不便極まりねぇんだぜ?」
「いやぁ、てっきり、普通に人の言葉を話しているから、化け猫は人間寄りなのかなーって。案外そうでもないんかいな」
言われてみたら、そうだな。
なんで俺、普通に会話ができるんだ?
猫の声帯と人間の声帯じゃあ、だいぶ違いはあるだろうに。
「いやぁ、しかし、まさか化け猫とはな……。関東生まれだと思っていたら、実は関西生まれだったような気分だぜ」
「大して違わないよね、それ」
「化け猫で、アンデットねぇ……。ん、ってことは俺、頑張れば冬に死ぬことなく、もう少し長生きできるってことになるのか?」
「…………」
「あん? どうしたんだよシニガミ」
先ほどまでは清々しいくらいに明るい表情だったシニガミが――急に、今まで見せたことがなかった真顔となって、沈黙した。
これは心理学の話なのだが、沈黙には、相手に沈黙の意味を考えさせる作用があるそうだ。
その作用に従い、俺は何故シニガミが沈黙したかを考えてみる。
「…………あ」
そういうことか。
俺はとんでもない失言をしていた。
アンデットの力を使い『頑張って長生きする』ということは、『シニガミを拒絶する』ということになる。俺はシニガミに戦前布告をしたようなものだ。
沈黙の意味は――敵意だ。
シニガミは――巨大な鎌を構えている。
「違う違う! 今のは可能性の話であって、実際にそうするわけじゃあねぇよ! 冬に死ぬ運命ならば、俺はその運命に従う! お前らを拒絶するつもりは全く全然ねぇよ! 嘘じゃねぇぜ!」
「…………」
「……嘘、じゃねぇぜ?」
「…………」
「…………本当だぜ?」
「…………」
「…………」
「…………」
沈黙。ただただ沈黙。
沈黙。ただただ沈黙。
大袈裟ではなく、化け猫である俺の生死に関わる沈黙。
しばらく真顔で沈黙をしていたシニガミは、やがて
「……あふ、あふふふ、あはっははは!」
笑った。それも大爆笑だ。
なんだなんだ? デブ猫のシニガミ宛に送られた宣戦布告がそんなに
「あははっ! あふっ、あはははは!」
「お、おい、シニガミ。何が、そんなに可笑しいんだ?」
「だって、だってだって、猫さん必死やもん! あっはは! そんな必死にならんでもええのに、あふふ、そんなに心配しなくっても、決められた日以外で、冬のあの日以外で殺すつもりはないからさ!」
「……本当か?」
「本当本当。シニガミは猫と違って嘘ついたりしねぇべ。あふっふふ、あは。あーあ、面白かったぁ」
「……そりゃあよかった」
なんだかなぁ、俺だけ慌て拭いてバカみてぇじゃねぇかよ……。
いや、バカなんだけどさ。
……俺は本当に死ぬのか。冬の日に。
陽気なシニガミを前にしても実感が湧かねー。どのように死ぬのだろうな、俺。それをシニガミに聞くつもりは微塵もないが。
「いやーほんと、猫さんは嬉しいこと言ってくれるねー」
「あ? 嬉しいこと? どの部分が嬉しかったんだ?」
「それを言うつもりは微塵もございませーん。さてと……もうすぐ
「だと思うぜ。え? お前、狗尾を知っているのか?」
「んー? そりゃあ、知ってますとも。狗尾ちゃんは私の大事な大事な妹ちゃんですからねー」
「さっそく嘘ついてんじゃねーよ。ってか、どっちかというとお前のほうが妹っぽいだろ」
「えー? そう?」
「胸も狗尾のほうが大きいしよ」
「胸は関係ないっしょ。私はこう見えてそこそこありますぜ? この服のせいで分かりにくいだけであって……。
最後らへんはうまく聞き取れなかった。そういうことにしよう。
「そんじゃ、この私、シニガミは帰りますねー。狗尾ちゃんとばったり遭遇すると色々とマズいんだよねー」
「え? おいおい、シニガミさんよ。お前マジで何しに来たんだ?」
「気まぐれだよ。気、ま、ぐ、れ。私は自由で自由主義な自由人なのだよ」
それはシニガミとしてどうなんだ?
シニガミとしての本質が問われるぜ。いやだから、シニガミの本質だなんて猫である俺なんかには分かるわけないけれど。
「明日は他のシニガミ達も連れて来るから、お菓子いっぱい用意しといてね!」
「まじかよ」
「まじでまじまじ」
「マジかよ……。友達か?」
「友達というよりは……家族かな? ま、その時に紹介しないよ」
「しないのかよ……」
「シニガミを理解するとシニガミになっちゃうからね」
「マジで!?」
「猫さん、さっきから“マジ”が多いね。語彙力涸れちゃった?」
「だとしたらそれは作者が悪い」
「シニガミを理解したらシニガミになる――という、謎の定理があるんだって。あとは……世界を認知しなかったらシニガミになる、という定理。お姉ちゃんの先輩の先輩から聞いた話によれば――『
世界の定理、か。
……なんだか、何の工夫もないありきたりな名前だな。『3R』やら『アンデット』やら『世界の定理』やら、どれも中二病が好みそうな名前だ。
こういうのって、誰がどうやって名付けてんだ? 分かりやすさ優先か?
アンデットはすっげー分かりやすいし(分かりやすいよな?)、世界の定理もとりあえずすごいってことは伝わるけれど(伝わるよな?)、3Rは変に分かりにくくねーか?
記憶を消して、無作為に、転生。
シンプルゆえに分かりにくい。
俺の理解力の問題か?
俺の場合、Resetがうまくいかなかったらしいが……。
もっとも気になるのはRandomだ。
俺は本来、猫に転生するはずではなかったそうだ。
しかしよく考えたら、俺は別に猫に転生しても問題ないはずなんだ。だってRandomだ。Random,Reuseだ。無作為に転生。なのに、「猫に転生するはずではなかった」って、どういうことだ?
まるで俺だけ、転生先が決まっていたみたいじゃあねぇか。
「うん。そうだよ」
俺は無意識に独り言ちていたのか、それとも見透かれたのか、シニガミはそう答えた。
「あん? それってどういう――おうん?」
シニガミは俺を両手で持ち上げて言う。
「それも含めて、明日の夜、説明するよ。シニガミによる猫のための説明会。又は――謝罪会やな。明日はハロウィンだからねー。満月になるといいなぁ、ハロウィン」
しばらくシニガミは、俺の――猫の、首、横腹、お腹、背中、口、鼻、頬、耳、両腕両足、肉球、しっぽを存分に堪能し、俺を床に降ろした。満足したらしい。
そんじゃ、お菓子期待しとるよ、大人さん――シニガミはそう言い残し、去っていった。歩いて。その動作にシニガミらしさは皆無だった。シニガミなのに。
シニガミの後ろ姿をぼんやりと眺めながら、俺はどうでもいいことを思い出す。
そういやぁ、明日は、狗尾の高校――文化祭だったな。
部活の出し物をするそうだ。
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