闇を照らす光

 ルナの精神状態は悪くなる一方であった。

 屍の悪夢を見る回数も増えている。

 しかし、それを決して周囲に悟らせないルナは、いつものミステリアスで上品な笑みを浮かべている。

(妊娠中はホルモンバランスの影響で精神に影響をきたすことが分かっているわ。きっとそのせいね。だけど、絶対に飲まれるわけにはいかないわ)

 不安や恐ろしさと必死に戦うルナであった。

 しかし、ふとした瞬間自分のような人間が本当に子供を生んで大丈夫なのかと疑問に思ってしまうのである。

 即位した頃よりも国は落ち着いている。それにもかかわらず、即位時以上にルナは気を張ることが多くなっていた。

 まるで延々と続く闇の中を一人で歩いているような感覚だ。


 そんなある日。

「ルナ様、今日はもうお休みになってください。と言うか、しばらくお休みしましょう」

 シャルルに書類を奪われ、公務を止められてしまうルナ。

「シャルル様、どうして……?」

 やや強引なシャルルに戸惑うルナ。今までシャルルがここまで強引にルナを止めることはなかったのだ。

「以前言いましたよね? ルナ様がご無理をなさっていると感じたら、力ずくでもお止めすると」

 シャルルのサファイアの目は、真っ直ぐルナを射抜いている。

「最近のルナ様は……ずっと苦しそうですよ。放って置けません」

 ルナの身を本気で案じているのがひしひしと伝わって来た。

「どうして……? 誰にも気付かれていないと思っておりましたのに……」

 俯いてため息をつくルナ。

「貴女の夫ですからね。妻が妊娠していて一方的に命のリスクに晒されているですから、僕だって何もせずにはいられませんよ。ましてやルナ様はこの国の女王。何かあれば大変ですから。と言っても、男の僕に出来ることは限られています。ですので、せめてルナ様の体調の変化くらいは早めに気付いて無理をさせないように、公務をおこなう代理の者を連れて来ました。これで安心してお休み出来ますよ」

 シャルルがそう言い、連れて来た者達をルナの執務室に入れる。

 全員、ルナが信頼を置いている者達だった。

「ルナ様、休みましょう」

 シャルルはサファイアの目を優しく細めた。まるで闇を照らす光のようである。

「……ありがとうございます。では、お言葉に甘えて」

 ルナの心は少し軽くなるのであった。

「後は頼みましたよ」

 ルナは代理の者達にそう声をかけると、皆頼もしそうに頷いた。






♚ ♕ ♛ ♔ ♚ ♕ ♛ ♔






 王宮の、ルナとシャルルの寝室にて。

「シャルル様は以前仰っておりましたよね。新たな命が育まれていくのは凄いと、立派な親になれるよう頑張ると……」

 俯きながら、ポツリポツリと話し始めるルナ。

「ええ。その気持ちは今も変わっていませんよ」

 シャルルは優しくルナを見つめる。

わたくしは……新たな命を育む資格も、親になる資格もありませんわ」

 ルナは俯いたまま、膝の上で拳をギュッと握る。その手は微かに震えていた。

 シャルルは黙ってルナの手を握る。

わたくしは、国を守る為とはいえ、悍ましい手段を幾度となく取って来ましたのよ。取りこぼしたものも多いですわ。そんな人間が、子を生み親になるなど……」

 ルナは言葉に詰まる。アメジストの目からは一筋の涙が零れた。

 シャルルは黙ってルナを抱きしめる。

 ルナはシャルルの胸の中で、ひたすら体を震わせて涙を流していた。

 弱さを見せないようにしていたルナだが、ダムが決壊したように涙が止まらなかった。

 アメジストの目から流れる涙は、まるで水晶のようである。

「ルナ様は……ずっと助けを求めていらしたんですね。きっと即位なさってからずっと……。気付くのが遅れて申し訳ないです」

 優しく穏やかな声が頭上から降って来る。

「それならば、僕がルナ様の取りこぼしてしまったものを拾い上げます。どうか、僕を頼ってください」

 穏やかで凛として、そしてルナを包み込むかのような声である。

「シャルル様……よろしいのですか?」

 ルナは不安げにシャルルを見上げる。

 するとシャルルはゆっくりと頷く。

「もちろんですよ。ルナ様お一人には絶対に背負わせたりしません」

 頼もしい表情であった。

「ルナ様はご立派です。今の状態で自信を持つことは難しいかもしれませんが、ルナ様はきっと生まれて来る子を深く愛し、慈しむことが出来ますよ。やり方はどうであれ、きちんと国のことを考えて動いていたのですから」

 シャルルはルナの涙を拭い、その頬に優しく唇を落とした。

 まるで甘い蜂蜜が溶けたホットミルクを口にしたような感覚だ。甘く温かなものが、ルナの心に染み込む。

「ありがとう……ございます」

 ルナは再び泣きそうになった。

 シャルルの言葉により、今までの、そしてこれからの自分まで救われたような気がしたのだ。

 ルナの心の闇は、シャルルという光によりすっかりと晴れたのであった。

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